第18話 「形勢不安定」


「はぁ……はぁ……」


 アースに休むと言って別れたリン。だが、実際にはその身を休める事なく岩場を歩き回っていた。


「早く、見つけないと……私の推測が正しければ、近くにあるはず……」 


 そう呟きながら、さらに歩いていくリンだがその顔には嫌な汗が浮かんでいる。本来、動き回れるような状態ではない体。それでも休む事なく、リンは何かを探し続ける。


「っう……どこかにあるはず……あ」


 不意にリンの視線があある場所を捉える。


「見つけた……きっとあそこだ!」


           ♢♢♢♢♢


「うおおおお‼︎」


 ケイスに向かって勢いよく剣を振るうアース。


「ふん、無駄だと言っているだろうに」


 ケイスの言葉通り、アースの攻撃は簡単に受け止められた後、軽く弾かれる。


「くそっ、参ったな。本当につえぇや……」


「速攻で終わりにしてやる‼︎」


 ケイスの手から放たれる風の刃、それはアースが剣と木の枝を使って受け止められなかった威力のものだ。それが再びアースに迫り


「うおおおりゃああ‼︎」


「‼︎」


 それを、今度は剣だけで弾いてみせるアース。


「どういうことだ……俺の魔法の威力が落ちてるわけじゃない……なら」


「ああ、さっきのはいきなりでびっくりしたからさ、どんなもんか分かってりゃ心構えだってできるだろ」


「心構えだと……そんなもので……」


 詰まるとこと、アースが言っているのは精神論。だが、この状況でこそアースの真価は発揮される。


「さあ、まだまだいけるぜ俺は!」


           ♢♢♢♢♢


「……」


「あの二人の勝利を願っておるのか? セリカ」


「おじいちゃん……」


 岩場から少し離れた、村の中のボロボロの祠を前にセリカは両手を合わせ願っていた。


「願ってたのは別のこと。ただ少しでも無事に帰ってきて欲しいって……」


「無事で……か。確かに、勝利よりもそちらを願う方がいいのう」


「うん、勝つのは願わなくていいんだ」


「ん?」


「だって……約束してくれたから……」


           ♢♢♢♢♢


「ぐ、あああああああっ‼︎」


「っ⁉︎」


 アースの剣が、ケイスの剣を弾く。圧倒的な力量差があるはずのその剣を。


(どうなっている⁉︎ ここにきて、なぜ力が上がっている! 着実にダメージは与えている……いや、それがおかしい。本来こいつと俺との実力差じゃまともな勝負なんてできないはずだ! なのに!)


 確かに、アースの傷は増えている、体力だって減ってきている。それでも。


「う、ああああ!」


「ぐおっ⁉︎」


 剣を弾いた瞬間、ケイスの胸ぐらを掴み自分の方に引き寄せる。そして、そのまま。


「ぐぎぃ……!」


「あぐあっ……⁉︎」


 思い切りぶつかる二人の頭、片方はしてやったりと、片方はイラつきと痛み……そして困惑を浮かべる。


「ふざけるなあああ‼︎」


 アースの手を振りはらい、風の刃を放つ。


「くっ、うおおおあ⁉︎」


 いきなりの攻撃に今度は弾くことができず、剣で受けたまま吹き飛ばされる。


「はぁ……はぁ……まだまだ!」


 それでもなお、笑みを浮かべながらアースは立ち上がる。


(なぜだ……なぜ……こいつの目は死なない!)


           ♢♢♢♢♢


「はぁ、はぁ……ぐっ」


 脇腹の痛みに耐えながら、ただ走る。暗がりの中を光で照らし、ただ走る。


「アース……」


 ふと今も戦ってるであろう少年の名を呼ぶ。どこか不安げに。だが。


「いや、アースなら大丈夫! だから私も少しでも早く!」 


 ただ、自分の使命を果たそうと走り続けるリン。


「あ、ここ……やっぱりそうだ。これって……」


 冷たい壁に触れる。そこに描かれてるものを見る。


「なら、後はあれが書いてあれば……!」


 必死に壁を見つめ、何かを探していく。まるで何かを読み進めるように、そして。


「っ、これ……! 間違いない!」


           ♢♢♢♢♢


「はぁ……はぁ……」


「まだ、倒れぬのか……」


 ケイスとアースの激戦は続いている。押しているのはどう見てもケイス……のはずだが。


(またこれだ……確かに勝っているはずだ。少しずつだが、流石のあいつもまた動きが鈍り始めている……なのになぜなんだ? なぜ、全く勝っている気がしない⁉︎ なぜ、押し切れない⁉︎ なぜ、倒れない⁉︎)


 勝っているはずのケイスが苦しげな顔を浮かべ、負けているはずのアースが笑みを浮かべているこの不可解な状況。


「なぜなんだ⁉︎ なぜ貴様は倒れない!」


 今までは心の中で留めていた疑問、それを押さえきれなくなりついに口に出す。


「約束したからな」


「約束だと?」


「ああ。セリカとリン。だから負けられない! だから死ねない!」


 すでに満身創痍のはず、だがそんなことを微塵も感じさせない速度でアースは走り出す。


「くっ……!」


 ケイスも構えを取り、真正面から突っ込んでくるアースを薙ぎ払おうとする。


「うおおお、っ⁉︎」


 だがその直前、ケイスの横凪が当たる直前でアースはその身を引く。そして、足を強く踏み切り、剣をバットのように構える。


「はっ⁉︎」


「くらええええ‼︎ 『風刃斬』‼︎」


 いまだアースの剣に残る炎。それが斬撃となって飛んでいく。


「ぐおおおおおっっ⁉︎」


 普通なら避けられただろう、だがこの不可解な状況に惑わされケイスは攻撃をくらう。


「ぐうううっ……!」


 そして、よろめきながら恐怖が混じった目でアースを見やる。


「どうした? 俺はまだ戦えるぞ!」


「っ……!」


           ♢♢♢♢♢


暗い……水の下。そこで少女は願う。自らの魔力を地に流し。


「────」


 そして何かの言葉を口にする。言葉は響き、染み込み。


 あるべきものをあるべき場所へ。


 もうそこには、何もない。だから少女は立ち上がる。


「よし、これで……アース、まだ生きてるでしょうね!」


 そして、今再び少女は駆け出そうとする。


          ♢♢♢♢♢


「づ……うあ……」


「いい加減、限界だろう……」


「だから勝手に決めんなって……」


 アースの足取りはフラフラで、すこしでも気を抜けば倒れそうになる。ケイスとの一騎討ちが始まってからすでに三十分以上が経っている。

 脅威の粘りと根性で、生き残るどころか善戦すらして見せたアースだったが……ついにその体が限界を迎えた。精神は死んでなくとも、体がついてこない。


「ぐ……はぁ……はぁ」


「正直、驚いた。いや、恐怖すら感じた。今のこの俺にそう思わせたこと、素直に賞賛しよう……だが、もう終いだ」


 そう言って、ケイスの手から放たれるのは、もはや見慣れた風の刃。


「ぐ、あああああ‼︎」


 アースは最後の力を振り絞りそれを弾くが。


「う、あれ……?」


 自然とその足から力が抜け落ち、地面に膝をつく。そもそもここまで戦えたことが奇跡。限界……なんてとうに超えている。それでも最後まで折れずにアースは戦い続けた。


「これで、今度こそおしまいだ……さらば!」


「っ……!」


 一歩も動けないアース、そこに迫る風の刃。もはや、アースにそれを防ぐ術などない


閃舞透刺ランドフルーク‼︎」


 だが、アース以外なら話は別となる……。


「うおっ⁉︎」


 目の前で弾ける風の刃と光の槍。アースはそれを知っている。


「ごめん。ちょっと……遅くなったわ」


「リン‼︎」


「全く、楽勝とか言ってた割に随分ボロボロじゃない」


「貴様、戻ってきたのか……ん?」


 ケイスはリンを見て不思議そうな顔をする。それもそのはず、なぜなら……。


「どういうことだ? 俺の記憶が確かなら、貴様は休むと言ってこの場を去ったはずだが……なぜその時より消耗している」


 そう、どう見てもリンはここを去る前より疲れていた。ケイスに蹴られた脇腹の痛みこそ引いているものの、息は途切れ途切れで顔色も悪い。脇腹の血の滲みもさらに広がっている。


「まあ、ちょっと色々あってね……本当に辛かったわ、この状態で走り回るのは」


「?」


「リン、やっぱりなんかしてきたんんだな?」


 ケイスと違い、予め何かを察知していたアースはリンの様子を見ても驚く素振りはない。


「ええ、それはもうバッチリね」


「ふむ、どうやら何か企んできたようだが、もはや手遅れだ。そこの男はすでに戦えない。お前も先ほどより消費してるんじゃ話にならん」


「それはおあいにく様。企んできたんじゃなくて、もう終わってるのよ。正直、私がいない間にアースをやれなかった時点であんたの敗色濃厚よ」


「ほう、相変わらず威勢だけはいいな。ここからどう勝つというんだ?」


「すぐ分かるわ。多分……そろそろだから」


「? 何を──」


 不意に余裕そうに話していたケイスの言葉が止まる。何か信じられない物を見たように目を見開き、わなわなと震えている。


「ど、どいうことだ⁉︎ なぜ、なぜ⁉︎」


「あら、本当にちょうどだったわね。最高のタイミング」


「貴様……貴様が何かしたのか⁉︎ だが、どうやって……⁉︎」


「? なんだ、何がどうなってんだ?」


 突然激昂するケイスとそれがわかりきっていたかの様なリン。その状況が飲み込めずアースは疑問符だらけになる。


「なあ、リン。お前何してきたんだ?」


「そうね……見せてあげる」


 そういうとリンは、おもむろに杖をケイスに向ける。


飛包の青炎ツアルバースト!」


 そして放つのはなんの変哲もない炎魔法。すでにこれがケイスに効かないこと知ってるはず、消耗してる今のリンならなおさら。


「ん?」


 だが、おかしかった。何が? 決まってる。


「っ……!」


 ケイスの様子がおかしかった。先ほどは眉ひとつ動かさずに受け止めた魔法、それなのに今はひどく動揺している。そして。


抉り飛ぶ風刃クレンスライド‼︎」


 お得意の風の刃を放つ……が。


「づ、ぐおあっ⁉︎」


 それはあっさりと押し負けてケイス自身もダメージを負う。


「…………は?」


 その光景を見ていたアースにはそんな言葉しか出てこなかった。もし、今の状況を端的にわかりやすく表すのであれば。


「あいつ……めちゃくちゃ弱くなってる?」


 これが正しいだろう。そして、


「ピンポーン。そのとーり」


 事実もまた至極単純だった。


「つ、つまりあれか? 理屈はわかんねぇけど、リンはあいつを弱くさせる何かをしたってことか⁉︎」


「それは少し違うわ……私は元の『あるべき姿』に戻しただけよ」


「え?」


「要は今の弱いあいつ……あれがあいつ本来の力なのよ‼︎」


「は⁉︎ まじか⁉︎」


「ええ。あいつはある方法で強くなってたに過ぎない。それも……反吐が出るくらい最悪な方法でね」


 リンが今までにないほどに、敵意をむき出しにしてケイスを睨みつける。


「貴様ぁ……!」


 そして、ケイスもまた起き上がりながらリンを睨みつける。


「説明しろ! 貴様何をした‼︎」


「いいわ、説明してあげる。あんたの最低な部分を包み隠さずね。まず最初に、私はあんたと会った時から……いやもっと前から、さっきここを離れるまで『違和感』を持ってた」


「違和感だと?」


「ええ、それも一つじゃないわ。大量にね。それが折り重なった結果、今回の全てが繋がったのよ。まず何よりも一番大きな違和感……それはあんたがあの村を支配してたことよ!」


「え? それなんかおかしいか?」


 リンと違い全くそこに関して違和感がないアースは首をひねる。


「おかし過ぎるわよ! だってそうでしょ、わざわざ支配するってことは、そこに何かの価値を感じてるからでしょ。でも、言ったら悪いけどあの村に目ぼしいものなんてないし、この付近だってただの森ばっかりで、支配する必要性なんてほぼないでしょ?」


「なるほど、言い方はともかくとして、確かにその通りだ」


「んでもって違和感二つ目。これはあんたに言われたことが関係してるわ」


 そう言ってリンはビシッとケイスを指さす。


「俺の言葉?」


「そう。あんた私と最初に会った時言ったわよね、『人間など生かしておく必要はないがな』って、なのにそんなこと言っておきながら村の人間は生かしてる。これっておかしいと思わない?」


「チッ……」


「もし村自体に何かあるなら人間なて全員殺した方がいい。でも、それをしなかったって事は村の人たちには生きててもらう必要があった。そういう事でしょ」


「村のみんなを生かす理由か……」


「まあ、普通なら労働力とか他に下衆なこととか浮かぶけど……こいつの場合はそれを一切しないどころか、わざわざ少し離れたこんな所に居を構えて、なんならできるだけ関わりたくないみたい。つまり、こいつのとって村の人は生きてさえいればよかったのよ」


「ふーむ……理由が全然わからん」


「それならまず一つ目の違和感について解いていきましょ」


 一つ目の違和感、それはなぜケイスがあの村を支配しようしたか。


「リンの話だと、あいつにとって何か欲しいものがあったんだろ」


「ええ、そうね。じゃあそれって何?」


「え? それは……」


「まあ、どうせアースじゃ答えは出てこないだろうから言っちゃうけど、村を支配した理由それは……この地一帯が霊的な力に優れていたからよ!」


「霊的な力って……あ、じーさんが言ってたやつか!」


「そうよ。ここら辺を支配するなら間違いなくそれが狙いだと思ったのよ。だって他になさ過ぎるし。とまあ、それが分かったところで第二の違和感が繋がってくるのよね」


「それって村のみんなを生かしてた事だよな? 繋がるかそれ?」


「バリバリに繋がるわよ。いい、ここで大事なのはお爺さんから聞いた話よ。その中にあったでしょ、この地の霊的力と生きている人に関係することが。さらに言えばもう一つ重要なのはあいつが村人を殺し、その無念の魂が物に紐づいてこの地に残ってるかもって話」


「霊的力……生きてる人……無念の魂……」


 言葉を呟きながら、お爺さんの話を思い出すアース。そう確かにその中には……。


「あ、そうだ。生きてる人と魂が同時あったら冥府の空気とかいう邪悪な力が漏れ出てくるって!」


「ええ、まさにその通りよ」


「そうか、あいつはその邪悪な力を使ってパワーアップを……」


「それは違うわ」


「あ、違うの?」


「ここまで話の主軸はあくまで村を支配した目的だからね。つまりなんのためかは知らないけど、あいつはその邪悪な力が目的であの村、ひいてはここら一帯を支配したのよ! そしてその力が漏れ出るためには生きてる人間と無念の魂が必要になる、だからあいつは一定数の村人を殺し、残りを生かしたのよ」


「……!」


 リンの言葉に悔しそうな顔をみせるケイス。もはやことの真偽を問いただすまでもないだろう。


「なるほど……それは分かったけど、結局何であいつは強くなってたんだ?」


「あいつが邪悪な力を狙ってきた以上、お爺さんの言ってた伝説もきっと本当よ。なら、お爺さんが案じてた……殺された無念の魂が物に紐づいてまだ留まってるていうのも本当になる。そもそもそうじゃなきゃ、邪悪な力ってやつは漏れ出てこないしね」


「つまり、あいつの強さはその無念の魂が関係してるのか?」


「関係っていうか、そのものよ。またお爺さんの話に戻るけど、こうも言ってたでしょ、魂はすまじいエネルギーを持ち、それは生身の人の力にもなるだろうって」


「え、それって……」


「そうよ、あいつは自分が殺した村人の魂。それを無理やり使って自分を強化してたのよ‼︎」

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