第17話 「目指すものと求めるもの」


「…………」


 わざと聞こえるように大声でいうリン。それに触発されたのか岩を押し除け、無言で立ち上がるケイス。その全身は血まみれで、見ただけで相当なダメージが窺える。


「ま、流石に今の一発でやられちゃくれないか……でも、そんだけ──」


「黙れ」


「っ……!」


 今ままでよりもさらに、底冷えし体の奥に響くような声。それに気押されリンは口を閉じてしまう。


「なんか……」


「ああ。雰囲気が、変わった」


 その異常を確かに感じ取る二人。


「はぁ……お前らごときに……いや、認めよう。俺に本気を出させるその実力を‼︎」


 ケイスがそう叫んだ瞬間、辺りを黒い霧が包み込む。その一瞬後、黒い霧が弾けるように晴れる。そして、その中心にいたケイスは姿を変質させていた。


「なんだ、あれ……?」


 一言で表すなら……まさに悪魔。頭からは二本の角が生え、背中には蝙蝠のような翼、肌は赤黒く変色し、きちっとした服もボロボロにちぎれ逆に禍々しさを醸し出している。


「それが本来の姿って事?」


「ああ、そうだ。貴様ら人間ごときに真の姿で戦うことは、俺にとっては恥の様なものだ。だが、そうも言えない状態になったなら仕方ない……残念だったな、色々と奮闘していた様だが、今度こそお前らに勝ち目はない!」


 そう叫んだ瞬間、ケイスの姿が消える。


「え? どこに──」


「リン‼ 悪い‼︎」


「うあっ⁉︎」


 隣にいたアースから横に突き飛ばされるリン、その直後……ズガァンッ‼︎ と、つい一秒前までリンのいた地面が爆ぜる。その原因はケイス。彼の手が地面を抉っていた。


(嘘……全く動きが見えなかった。それに何あの破壊力⁉︎)


「くっ、このおおお‼︎」


 リンと違い、その動きを捉えていたアースはケイスの向かって剣を振るが。


「ふんっ!」


「なっ、ぐぎぎ!」


「はあっ‼︎」


「づっ! うわあああああっ⁉︎」 


 攻撃を簡単に受け止められたどころか、腕力だけでそのまま易々と吹き飛ばされる。


「アース!」


「人の心配をしてる場合か?」


「っ! 飛包の青炎ツアルバースト‼︎」


 自分を睨みつける禍々しい悪魔、その姿に流石にリンも怯んだが、その恐怖を跳ね除け魔法を撃ち込む。それは見事命中するが。


「ふはは、こんなもの効くか‼︎」


 魔法を掻き消す能力が戻ったわけじゃない、ただ純粋にリンの魔法の威力を上回る防御力を今のケイスは持っていた。


「死ねぇ‼︎」


「くうっ‼︎」


 近距離で放たれる風の刃、それはリンの髪を掠めていくがギリギリで躱すことに成功……いや、それすらも相手の手の内だった。


「脇腹が空いているぞ」


「ぅあ……!」


「うおおおお‼︎」


「ぐ……ぁ……あああああああああああぁぁぁぁっっっ‼︎‼︎」


 ただでさえ傷が開きかけていたリンの脇腹、そこに真の力を解放したケイスの本気の蹴りが打ち込まれる。喉が枯れるほどの絶叫、明滅する神経回路、眼球が裏返りそうなほどブレる視界。


「ふっ」


「っ! ぅあ……!」


 そのままケイスは足を振りぬき、リンは受け身も取れず地面を転がる。


「ふっ……くあぁ……うぅぅぐ……!」


 必死に脇腹を押さえ、涙を流しがら痛みに耐えるリン。もはや意識を手放していないのが奇跡的とも言えるだろう。


「リン‼︎ お前……‼︎」


 その光景を見ていたアースは激情に駆られ、猛スピードでケイスに迫り剣を振り下ろす。


「うおおおおおおおおおっっ‼︎」


 間違いなく渾身の一撃、それは。


「なっ、片手で……⁉︎」


 アース渾身の一撃は、片手で受け止められる。そして、ケイスは空いているもう一方の手でアースの頭を掴み地面に叩きつける。


「ぐあっ、がっ……!」


「言ったはずだ。もう貴様らに勝ち目はないと!」


「うる、せえ……っ!」


 なんとか頭の手を振り払い、拘束から逃れるアース。だが、体勢を立て直そうとしたのも束の間、いつの間にか目の前には風の刃が迫っていた。


「っ⁉︎」


 剣と木の枝、その両方で防ごうとするが。


「‼︎ なんだこれ! さっきまでとは段違いに、重い‼︎ ぐわあっ‼︎」


 結局、弾き返すこともできず押し負けて、リンと同じように地を転がるアース。


「ぐうぅ……はぁ……はぁ……」


 それでも口の血を拭いながら、すぐに立ち上がる。


「本当にタフだな貴様……まあ、そっちの女はそうでもないようだがな」


「うるせぇ‼︎ リン、しっかりしろ!」


 いまだにリンは蹲ったままで、細く小さい苦悶の声を漏らしている。


「っ……はぁ……うっ! く……はぁ……はぁ」


「リン……!」


「は、はは。だい、丈夫よ。蹴られる前に、合わせて跳んだから、ほんと、ギリギリ完全には傷、開いて、ないから……」


 言葉とは裏腹に、話は途切れ途切れで、その辛そうな表情はとても大丈夫そうには見えないものだった。

 それでも言っている事は一応本当なのか、少しずつ呼吸が落ち着いていく。


「くそっ……」


「これで分かっただろ? 今の一瞬でこの体たらく、もう貴様らには『死』あるのみだ」


「うるせぇ、勝手に決めんな。お前の動き自体はまだギリギリ捉えられる」


 圧倒的な力量差を見せつけられたにも関わらず、アースは再び剣を構える。


「はぁ……ほとほと理解できんな。なぜ、そうまでして俺に抗う?」


「お前があの村のみんなを苦しめてるからだろうが」


「そうか、つまりあの村のためと……ならば質問変えよう。なぜ、そこまでしてあの村を助けようとする。結局はお前たちとは無関係だろう?」


「決まってんだろ、そんなもん」


 剣をケイスにむけ、堂々と言い放つ。



「俺が勇者になるからだ‼︎」



 一縷の迷いもない宣言。それを聞いたケイスはあ一瞬呆然としたが、次第に顔歪める。


「く、ははは、くはははははははは‼︎ お前たちは俺を何度笑わせる気だ! 勇者だと? それはあれか、人間どもが崇め奉っている……あの伝説の勇者のことか!」


「……」


「俺も知っているぞ。なんでも、どこにいようと全ての人間を救ってくれる存在、それが勇者らしいな。はははは! 本当に人間というのは理解できないな、こんな存在を本気で信じて救ってくれると思っているんだからな! 勇者なぞ、人間が作り上げた空想の存在でしかないだろうに!」


「はぁ……」


「おっと、勇者を信じてきってその勇者になろうとしているお前には、嫌な話だったかな? それはすまなかったなぁ」


「ちげぇよ。ひじょーに不服だが、お前と同じ意見なのが嫌だったんだよ」


「は? 同じ」


「ああ、俺だって勇者なんざ信じていないよ」


 勇者のなろうとしているのに、勇者を信じていない。そのあからさまに矛盾している発言にケイスは困惑の顔を浮かべる。


「人間は理解できんと言ったが、その中でもお前は一番理解できんな。もしやさっきの攻撃で頭がイカれたか……まあいい。どうであれ貴様は勇者になぞなれんだろうしな」


「だからお前が決めんな! 俺はなるんだよ!」


「ふん! 俺に勝てないお前ごときに何ができる! 全ての人間を救えるのか? いや、いいさ。もし仮にお前が勇者になったとしよう、そうしたら人々はお前にこう言うだろう」


「っ! やめなさい!」


 ケイスが何を言おうとしているのか、それに気づいたリンは痛みを置いて声を張リあげる。


「ああ、勇者様なぜ……」


「耳を貸しちゃだめ! アース‼︎」


「なぜ、もっと早くにお救いしてくれなかったんですか? あなたが現れないせいで何人もの人間が死にましたよ! とな」


「っ……!」


 それは、リンが気づいていながら黙っていたことだった。たとえアースが勇者を信じていなくても、アースが勇者となった場合他の民衆はアースこそが伝説の勇者だと信じるだろう。そして、そうなった場合今まで救われてこなかった命、その責任は全てアースが背負うことになると。


(気づいていながら言えなかった……どう伝えていいか分からなくて、ずっと目を逸らしてきた……)


 それを今、敵の口から言われてしまった。問題はアースだ。アースがこれを聞いた時、どうするのか。それでも勇者を目指すと罪を全て背負うのか、それとも勇者の道を諦めるのか……アースの答えは。



「いや、なんの話してんだ?」



 これだった。


「……貴様、理解力が乏しいにも程があるだろ」


「いや言ってること分かるよ。伝説の勇者が現れないから、誰も救われないってことだろ」


「そうだ! だから貴様が勇者になった時、その負債を──」


「うん、やっぱり俺関係ないじゃん」


「は……?」


「……」


 アースの言葉に困惑しているのはケイスだけでなく、リンでさえも困惑している。


「なんか、勘違いしてないか? 俺は別に伝説の勇者は目指してないぞ」


「何を言っている……?」


「それこそさっきお前が言ってたろ。全ての人間を救えるのか?って……あのなぁ、んなことできるわけないだろ! 一人の人間に!」


「……?」


「勇者なんて俺が一番信じてないし、現れないことなら俺だって怒ってるよ。それをずっと信じてる奴らにもな!」


「待て……待て、ますます分からん! お前は勇者を目指してるんだろう」


「ああ、そうだよ! どうせ今俺が勇者なんていないって言っても、誰も耳貸さないだろ! だから勇者になるんだ!」


 ますます困惑の色を強くするケイス、だが、それとは対照的にリンはだんだんとその真意を理解し始める。


「いいか。俺は勇者になって……勇者の伝説を否定する‼︎」


「アース……」


「勇者自身が言えば、誰も何も言い返せないだろ」


「勇者の存在を否定するために、勇者になるだと……いや、やはり分からん! 思い切り矛盾してるだろう!」


「矛盾っていうなら今の状況もそうだろ! いない勇者に助けを望んでるんだぞ! だからこのままじゃダメなんだ! 今必要なのは下向いて助けを願うことじゃない! 自分の目で前を向くことだろうが‼︎」


(っ‼︎ やっぱり、そういうことなのね……今やっと理解できた。アースの言っていることを、アースのやりたいことを! アースは勇者を信じてる人に怒ってるって言ってたけど、それは信じてる事に対してじゃないんだ。アースは人の力を信じてるから、だからこそ自分自身で道を切り開かなきゃいけないとそう感じてる。だから、勇者に囚われてこの世界を否定したいんだ! アースの目指す勇者は、ただ人を助けるんじゃない。人を助け、その『先の道を示す』それが、アースの目指す勇者なんだ……)


 そもとして、仮に伝説の勇者がいたとして、その人物に全ての責任をおしつけるのはきっと間違っている。だからアースは勇者を否定する。



 今の『世界が求めている勇者』を否定する。



「っ、ぐうう!」


「リン! 無茶すんな!」


「アースの無茶に比べたらこれぐらいマシよ」


 いまだに脇腹からは激痛が走っているが、それを耐えながらリンは立ち上がる。


(ほんと、世界の認識を変えようだなんて無茶もいいとこだ。でも、アースの目的は変わったわけじゃない。勇者になって、世界の認識を変えて、そうしてみんなを助けようとしてるんだ! 私だって同じだ、目的は変わってない! 私の目的はそのアースを助けること! なら考えろ。ここで終わっていいわけがない、この状況で勝つ方法を考えるんだ!)


 リンの中で急回転する脳。そこには様々なことが浮かんでくる、あらゆる作戦、あらゆる攻撃、あらゆる可能性、今まで培ってきた全てを総動員して。

 だから……だろう。別に特別な気づきがあったわけじゃない。ただ、今まで培ってきた……今まで積み重なってきた『違和感』が不意に線として繋がった。


「あ…………そっか、そういうこと……それなら全てに説明がつく」


「リン?」


「ええい、もういい‼︎ やはり貴様の言ってることは何一つ理解できん! とんだ無駄話だった。今すぐ貴様らを──」


飛包の青炎ツアルバースト‼︎」


 話の途中で放たれる炎弾。それを魔族の男は顔色ひとつ変えず受け止める。


「貴様も耄碌したか? お前の魔法は効かん。それにさっきよりも威力が落ちている。もうお前に戦う力などない」


「ムカつくけど……その通りかもね」


「? ふっ、虚勢をはるかと思ったが、いよいよ受け入れたか」


「そういうわけで、ごめんアース。脇腹の傷も痛むし、少しだけ休む時間が欲しいの。その間……一人であいつの相手を頼める?」


「!」


 アースは知っている……リンが簡単に諦めるような人間じゃないことを。

 アースは見る……リンの瞳には、何一つ絶望はない。今も闘志が燃えていることを。 


 だから、アースは……。


「超楽勝!」


 そう笑顔で答える。


「そっか。じゃあ頼むわよ。邪魔にならないよう離れとくから……死ぬんじゃないわよ」


「ああ……だから、そっちも頼む」


「ええ」


 そこで会話は終わり、リンはその場から離れていく。残されたのはケイスとアースのみ。


「あの女休むと言っていたがお前を置いて逃げたんじゃないか?」


「かもなー」


「ふん、どちらにせよあの傷じゃそう遠くへはいけまい。お前を瞬殺して、追って殺してやろう」


「お前、その相手を舐めてかかるのやめたほいがいいと思うぞ」


「ん?」


「だから、お前は甘く見過ぎななんだよ。リンも、俺も!」


「……ふん、愚かな」

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