第16話 「ぬるい」
「そうなの? じゃあ一旦別行動ってことで、おじいさんお話ありがとう! あ、あと多分今日は帰るの遅くなると思います」
セリカの祖父から村に伝わる伝説を聞いた後、アースと別れリンは走り出す。そうして向かった場所は。
「ごめんくださーい」
「はいはい、ん? お前さんは」
「どうもお婆さん。回復魔法の件はありがとうございます」
セリカが尋ねたのは、回復魔法をかけてくれたお婆さんの家だった。
「かなり深い傷のはずだったが、もう動けるのかい」
「ええ、おかげさまで」
「う、うーむ……そこまでの回復魔法ではないと思うのだが……まあよいか。それで、一体どうしたんだい?」
「あの、助けてもらった上で図々しいとは思うんですけど、お願いがあるんです」
「お願い?」
「はい。お婆さんは回復魔法や支援魔法が得意だって聞きました。だから、私に支援魔法を教えてください!」
「支援魔法を……?」
リンのお願いが予想外だったのか、お婆さんは目を丸くして驚く。
「確かにお前さんは魔法使いのようだが、なぜ私に? 自分の師に教えて貰えば良かろう」
「師匠とかはいません。今ままでは独学で覚えたので」
「な、本当か⁉︎ その年でありながら、独学とは……いやはや、流石に驚いたな」
「けど、支援魔法は自分じゃ中々覚えられなくて。できれば今日明日中に使えるようになりたいんです」
「ふむ。教えるのは構わんし、才能もあるようだが……それだけの期間ではなぁ。そんなに焦らんでもよいのではないか?」
「そうかもしれませんけど……あいつすぐ無茶するから何が起こるか分からないんです」
リンは一度顔を俯かせるが、力強い目で続ける。
「多分、次の戦いじゃ私はあまり役に立てない。だから、少しでも力を貸して助けたいんです。いや、次に限らずともちゃんと私が支えてあげなきゃ、アースは何しでかすか分からないから」
「……ふふふ、アースというのは一緒にいた男の子かい。大切に思ってるんだね」
「え? あ、いや、別にそういうわけじゃ……」
お婆さんの言葉に若干頬を赤く染め、気まずそうに目をそらす。
「『魔法はその本人の写し鏡』、素直じゃないようだがその心があればすぐに覚えられるかもしれないね。しょうがない、その代わりみっちりといくからね」
「はい!」
♢♢♢♢♢
ふと昨日のことを思い出したリンだったが、同時に気恥ずかしいことも思い出し頭を振て忘れようとする。
「まあ、あれよ。昨日さ一旦別行動したでしょ? その時にお婆さんから魔法を教えてもらってたのよ」
「あー、なるほど。そういや、俺が付いていっても意味ないって言ってたよーな……」
「……昨日まで、か。見たところ、それなりに習得が難しい魔法のようだが、それを一日でだと……?」
「悪いわね。私、天才なの」
リンの煽るような口調。今まであれば、ケイスも鼻で笑い馬鹿にしていただろうが、今は鋭い視線でリンを見据えている。
「もし、本当だとすれば……なるほど、思ったより厄介だな貴様」
「それはどうも」
「助かったぜ、リン! これならいける!」
「ええ、感謝し尽くしなさい!」
リンのそんな言葉を受けながら、アースは再びケイスに攻撃を仕掛ける。
「うおおお、らあ!」
「ぬおおおお!」
リンの支援魔法を受けたアースは先ほどよりも、力強くキレのいい動きを見せる。そしてケイスも、その動きについていき二人はここに来て同等の撃ち合いを見せる。
「確かに先ほどより強いが、元の力量差、傷による体の鈍り、それらが埋まっただけだ!」
「は、十分だろ!」
「そうね。でも、もし足りないって言うなら……もう一押し追加してあげる‼︎」
そう言って再び、アースに杖を向けるリン。そしてある魔法を唱える。
「
次の瞬間、アースの剣の刃の部分がひと回り大きい炎で包まれ、剣の形をなしていく。
「何だと⁉︎ づおっ!」
撃ち合っていた剣が急に炎に包まれたことで、ケイスに動揺が生まれる。
「そこだっ!」
「ぐうっ! 重い……!」
その隙をついてアースは風の剣を払いのける。ケイスは炎の力が加えられた攻撃に耐えきれず、バランスを崩して無防備をさらす。そこに。
「うおおおおおおおお‼︎」
「グオああああああっっ⁉︎」
炎の熱と剣の斬撃、致命傷とまではいかずともケイスはその胴に大きなダメージを受ける。
「はぁ……はぁ……リン! なんだこれ!」
「あんたの剣に炎属性を付与したのよ。これもお婆さんから教えてもらったの! 正直こっちの魔法はあいつに当たる前に掻き消されるだろうから、今後のためにと思ってたけど……覚えておいてよかったわ!」
「は、ははは、すげぇなリン‼︎」
「まあね! けど、その炎も支援魔法も今の私じゃ長く続かないし、消費魔力も大きいから何度も使えない! だからさっさとケリつけるわよ!」
「おう‼︎」
「この、くそがっ……!」
初めて大きなダメージを負ったケイスは、恨みが籠った目でえ二人を睨みつける。だが、それに怯むことなくアースは攻撃を続けていく。
「うおおああ! どうやら、本当に勝ちの目が見えてきたな!」
「う、ぐぐぐぐっ……!」
支援魔法と炎の付与で今度こそケイスの上をいくアース、そこにリンからの魔法攻撃も加わり、完全に形成は逆転した。
「お前も動きが鈍ってきてるぞ!」
「うぐおっ⁉︎」
アースからの重い一撃を剣にうけ、それによって体ごと大きく後ろへ飛ばされるケイス。
「ぬうううううっ……まさか、ここまでコケにされるとは! 絶対に許さんぞ貴様ら‼︎」
アースはさらに追撃を仕掛けるため、ケイスに向かっていく。それを見て、ケイスは両手をバッ! と横に広げる。
「?」
動きの意図がわからず警戒するアース。その直後だった。
「なっ⁉︎」
突然、アースの両脇から風の刃が生まれそれが迫ってくる。
「うっ、ぐあっ⁉︎」
なんとか体を捻り直撃は避けるが、風の刃はアースの腕と脚を掠めていった。
「なんで、いきなり横から……!」
「うるおおおおあああ‼︎」
「やばっ⁉︎ うああ‼︎」
突然の出来事と傷を受けたことで隙を見せたアース。ケイスの風の剣を受けたのはよいものの、大きく吹き飛ばされ地面を転がる。
「アース!」
「ふっ!」
「‼︎」
それに駆け寄ろとしたリンに向かって、先ほどと同じようにケイスが片手を振る。今さっきの流れを思い出し、自身の両脇を警戒するリンだったが。
「リン! 上だ!」
「えっ⁉︎」
アースの言葉に従い上を見れば、そこから風の刃が迫っていた。
「うっ……! っぁ!」
アースからの呼びかけで、後ろに倒れ込むように飛び間一髪命を繋ぐ。
「大丈夫か⁉︎」
「う、うん。なんとか……でも、どうして急に横や上空から魔法が……」
近くまできたアースが手を取り、よろよろと立ち上がるリン。そんな二人のすぐ足元に、上から何かが落ちてくる。
「ん? なんだこれ?」
それはビー玉ほどの大きさの丸石で紫色に輝いていた。アースは心当たりがなく首を捻るが、リンはそれを見た瞬間驚きの声を上げる。
「! それ、魔封石⁉︎」
「なんだ知ってんのか?」
「ええ。それは言ってしまえば、魔法を入れておける石よ」
「魔法を、入れる?」
「その石には魔法を入れた時、入れた本人とその石の間にパスができるの。そして、そのパスを通して再度魔力を注いだ時、あらかじめ入れておいた魔法が発動するのよ」
「ん……んん? よく分からんけど、これから魔法が出るんだよな。ってことは」
「さっき急に風の刃が出てきたのはそれのせいってことでしょうね」
先ほどのケイスの腕を振るという妙な動き、ケイスはあの時に魔封石を投げ、そこから風の刃を生み出していた。
「いきなり嫌な小細工してくるわね」
「俺とて貴様ら相手にこんな手は使いたくなかったがな……まあいい。この魔封石と俺の魔法は相性がいいんでな」
不敵に笑うケイスの手には、じゃら……と音が鳴るほど大量の魔封石が握られている。
「おいおい、まさか……」
「カラクリがバレたとしても、この量を防ぎきれるか‼︎」
リンとアースに向かって投げられる大量の魔封石。それは瞬時に怪しく輝き始め、それら全てから風の刃が放たれた。
「ぐ、ああああああっっ⁉︎」
「うあっ……づあ……‼︎」
リンとアース、共に全霊を持って風の刃をどうにかしようとするが、防げるのはせいぜい半分程度。残りの半分は対処しきれず二人の全身を斬り裂いていく。
「う、ぐ……がはっ!」
それでもなんとか致命傷だけは逃れ凌ぎきるが……。
「随分と時間をくれたな!」
「⁉︎」
両手を上に掲げているケイス、その手の間には荒ぶる風の球体。
「しまっ──」
「もう遅い!
「っ……⁉︎」
「リン! くそっ! う、ぐおおおおおおおお‼︎」
少し前に受けた足への傷、そして今し方受けた全身の傷。それらによって動けなくなっていたリン。アース自身傷ついた体でリンを抱き上げ、直撃のラインから逃れようとする。
「づ、く……うああああああっ⁉︎」
「直撃は逃れたか……」
ギリギリで避けはしたが、それでも完璧とはいかず、余波を受けて脚に複数の傷を負いながら転がっていくアース。
「はぁ……はぁ……大丈夫か、リン?」
「っ、ごめん。また……」
「気にすんな、お前の支援魔法のおかげで前よりは軽傷だ」
そう言って、笑顔で立ち上がって見せるアース。
「ふぅ……タフなやつだ」
「それが取り柄でもあるんでな!」
と、気丈な態度を見せるアースだがその手に持つ剣からフッと炎が消える。
「あ……!」
「思ったより消えるのが早いわね……覚えたばっかだし、上手くできてなか、づぅ⁉︎」
「おい、リン⁉︎」
話しながらたちがろうとしたリンだが、急に言葉が途切れガクッと膝をつく。さらに手を地面につくが、その腕は震えていた。よくよく見てみれば、リンの脇腹には大きく血が滲んでいる。
「お前、まさか傷が開いて……!」
「大丈夫……少しだけよ。脇腹だけは攻撃を受けないように気を張ってたから、完全に開いてはないわ」
「でも……」
「それより前!」
「え? うおっ⁉︎」
アースが振り返るとすぐそこに風の刃が迫っていたが、それを持ち前の反射神経でなんとか弾く。
「チッ……」
「くそぉ……ポンポンと際限なく撃ってきやがって」
「悔しかったら、貴様もやってみたらどうだ? ああ、すまない。お前は魔法が使えなんだよな。ははは!」
などと、高笑いをしながらバカにしてくるが。
「ふむ、なるほど」
アース自身は感心したように頷き、軽く剣を振る。
「確かに、最初見た時からいいなとは思ってたんだよ」
「? 貴様何を言ってる?」
ケイスの言葉を無視して剣を強く握って構えるアース。そして、一歩足を強く踏み出し。
「飛んでけえええ‼︎」
刀身が霞んで見えるほどに早く振られる剣。そこから……斬撃が飛んでいく。
「なに⁉︎」
「は⁉︎」
ケイスもリンもその常識はずれな攻撃に目を剥く。
「ぐうおっ⁉︎」
驚きながらも咄嗟に風の剣を構え、攻撃自体は防ぐがその衝撃で少しだけ後ずさる。
「速い上に強い……なんだ今のは⁉︎ 魔法……ではないはずだが」
「ああ、ただ剣を振っただけだよ。お前の風の刃見てから、なんとなく思いついてさ。やってみりゃできるもんだな!」
ただ剣を振り、その衝撃波を斬撃として飛ばす。言葉だけ見れば……いや、言葉だけ見ても馬鹿げた攻撃。いくらリンの支援魔法で身体能力が向上しているとしても、体はボロボロなので差し引きゼロ。つまりほぼ素の身体能力で今の攻撃をやってのけたアース。
「うーん、そうだな。『風刃斬』。うん、シンプルだけどそう名付けよう!」
「……」
「……」
呑気に技名をつけるアースに対し、二人は呆然としていたが。
「はは、あはははは‼︎ 全く、いつまで経ってもあんたには驚かされるわ……」
リンは笑いながらも、杖をアースの剣に向ける。
「
「おお、さっきの!」
アースの剣が再び炎に包まれ、それと同時にリンも立ち上がる。
「アースのおかげで元気出たわ。さあ、勝つわよ!」
「ああ、もちろん‼︎」
炎の剣を一振りして、ケイスに向かっていくアース。
「なんだ、この妙な感じは……」
優勢になっているはずのケイス。だが、なぜか押されているような感覚に陥り、冷や汗を流しながらも風の剣を構える。
「「うおおお‼︎」」
ぶつかり合う両者の剣。勢いがあったのはアースの側。
「どおおりゃあ‼︎」
アースは剣を振り切りながら、ケイスの剣を弾いてそこから即座に剣の方向を変えて下から上へ剣を振り上げる。
「こ、のおお‼︎」
ケイスもなんとかそれを受けて、横なぎに剣を振るうが屈んで避けられる。その低姿勢の状態でアース脚に向かっては攻撃を仕掛け、それをケイスは跳んで躱す。
「やるな!」
「黙れ‼︎」
空中にいるケイスだが、そこからアースの顔面に向かって蹴りを放つ。
「なんの‼︎」
だが、それに合わせてアースも屈んだ状態から後ろに手をつき蹴りを放ち相殺する。
「づぐっ……どうなってる⁉︎ 剣も動きも、なぜそれだけ傷ついているのに、先ほどと変わっていないんだ⁉︎」
「根性‼︎」
「〜〜〜〜‼︎ これでもくらえ!」
アースは大真面目だが、おちょくられた様に感じたケイスは怒り、両手をバッと振るう。それは先ほども見た動き。直後、アースの左下と右上から風の刃が生まれる……が。
「こんなの……!」
迫ってくる風の刃。アースは片方を木の枝で受け、片方を最小限の動きで躱してケイスに肉薄する。
「馬鹿な⁉︎」
「あの石から魔法が出るんだろ! それがわかってれば、避けるのなんて難しくないね!」
なんて無邪気な笑顔をしながら、強く足を踏み切り剣をバットのように構える。
「っ、まさか……!」
「早速、もういっちょ行くぞ! 『風刃斬』‼︎」
先ほどよりも、至近距離しかも今度は炎の剣から放たれる……飛ぶ炎の斬撃。
「うがああああおおおぁぁぁっっ⁉︎」
虚をつかれた事もあり、満足の受けきれず炎に焼かれながら、地面を跳ね転がっていく。
「うぐ……馬鹿な。この俺が人間に……しかも『1』《ファースト》のガキに‼︎」
「うおおおお‼︎」
「⁉︎」
蹲り恨み言を吐くケイスだったが、真正面から振られるアースの剣をなんとか受け止める。
「……アース、すごい。完全に押してる!」
その戦況は、側から見ているリンもはっきりと分かるほどだった。
「私も援護しなきゃ……!」
震える足を押さえ、杖をケイスに向けて魔力を込め始めるリン……だったが。
「うぁっ⁉︎」
その途中で再び膝をつく。苦しそうな顔で視線を送るのは血の滲む脇腹。そして、その瞬間を……ケイスは見逃さなかった。
「うぐるああああああっ‼︎」
「っお⁉︎ なんだ、いきなり! うわっ⁉︎」
渾身の一振り、そこからさらに風の刃を放ちアースを吹き飛ばす。そしてすぐさま、リンの方を向き腕を振り上げる。
「もう魔法も打てんか! 厄介なお前から潰してやる‼︎」
ケイスの振り上げた手が七色に輝く。
「あれって……まずい! リン‼︎」
それは、リンの脇腹を切り裂いた時に使用した『空間斬り』。動けないリンにとって致命的
「ここ!」
なはずだが、リンの目が鋭く光り。ケイスが腕を振り下ろすと同時に走り出し、何もないところでスライディングを仕掛ける。
「⁉︎」
その行動にケイスは驚きの顔をするが、すでに振り下ろす腕は止められず。完全に振り切ったところで、リンの姿が一気にケイスの直前に迫り結果としてケイスの足元にスライディングを繰り出す形になる。
「っうおおお、貴様⁉︎」
咄嗟の事で攻撃するでもなく、跳んで避けてしまう。
「本当間抜けね‼︎ あんだけ手痛い思いしたんだから、同じ手を食うわけないでしょ! それと……!」
リンはケイスの下を潜って後ろに抜けたところで急停止し、杖を逆手に持ち背後に向ける。
「私は魔法を打てなかったんじゃない……溜めてたのよの‼︎」
杖の先、そこに灯るのは青い『崩炎』。それはためが長すぎる故、実戦では扱いづらい魔法。それをリンは先ほど溜めていた。
「っ、やめ──」
「
放たれた炎は着弾すると同時、大爆発を起こしケイスを岩盤にまで吹き飛ばし崩落を起こす。
「うぅ……ぐ!」
「おっと⁉︎」
近くにいたリンもその衝撃を受け、吹き飛ばれそうになるがアースに受けとめられる。
「お前、無茶するなぁ」
「アースにだけは言われたくないわ……」
「立つのも辛いのにそんな……あれ?」
苦言を呈そうとしたアースを前に、リンはすくっと立ち上がる。
「立つのが何?」
「いやだって、さっき辛そうに膝ついて……」
「演技よ、演技。ま、辛いのは事実だけど。あいつかなり追い詰められてたし、そこで私が隙を見せれば今みたいなことを仕掛けてくれるんじゃないかと思ったのよ」
「全部計算通りってことか?」
「まあ、確証はなかったから賭けみたいなとこもあったけど……想像以上に想像通りで助かったわ……ぬるいわね『2』《セカンド》‼︎」
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