第14話 「ムカつく」
「ん〜〜〜、はあ……遅くなるとは思ったけど、まさかここまで遅くなるとは……いや、むしろ今日で済んだことを褒めるべきかしら」
用を済ませ、セリカ宅のすぐ近くまで帰ってきたリン。
とっくのとうに陽は沈み、どっぷりとした黒が空を包んでいる。日付が変わろうとしている時刻だった。そこに。
「あれ、リン?」
「ん? って、アース! なんでこんな時間に外にいるのよ?」
「それはこっちのっセリフだよ。俺はちょうど用が終わったから帰ろうとしてたんだよ」
「あんたも? 私もちょうど帰ろうとしてたのよ……ていうか、こんな時間までかかるなんてあんた何してたの?」
「それもまたこっちのセリフだけど……俺は──」
と、話しながら家のドアに手を掛けよとしたところで、それよりも早くドアが開く。
「あれ、セリカ? どうした」
「っ⁉︎」
出てきたのはセリカ。こんな時間に出てくること自体おかしいが、セリカは二人を見て驚いたような反応する。
「こんな時間にどこかにいくの?」
それを不審に思い、リンがストレートに質問を投げかけるが、
「ち、違うわよ! なんとなく寝れなかったから、少しその風にあたろうかなって……」
返ってきたのは、何かを誤魔化すような返答。
(ふぅん……)
それに対し、訝しむリンだがこの場では口に出さず心の中で止める。
その後、こちらの事情などを聞いてきたセリカだったが、アースが勇者の話題を口に出したことで怒りながら家の中へと戻っていく。
「うーん、話も聞いてくれないか」
「ま、勇者嫌いなんて簡単に治るもんじゃないしね。それより……アースの言ってたこと本当みたいね。それもまさか今日行こうとするなんて」
セリカが外に出てきた本当の理由、それはあの魔族のところにいく為だというのを、リンはアースの話と先程のセリカの態度で察知していた。
「ああ、やっぱりそういうことだよな」
いつもは鈍いアースも今回のことに関しては鋭く、セリカの真意に気づいていた。
「なんだ、気づいてたの? アースにしては上手い芝居したわね」
「いや、風に当たるのがかっこいいと思ったのは本当だぞ。もちろんセリカの方が大人っぽってのも」
「もちろんって部分がすごくムカつくんだけど……はぁ、まあいいわ。それより、セリカがあのいけすかないクソ魔族のところに行かないよう注意しなきゃね。思ったより行動力あるみたいだし。流石に今日はもうないと思うけど、念の為もうちょいここで見張でもしましょうか」
「えぇー、俺もうめちゃくちゃ眠いよ」
「冷静に考えてみれば、一番子供っぽいのってあんたよね」
その後もしばらく待ってみたが、結局セリカは出て来ず。この日は途中で眠ったアースを引きずっていきリンも眠りについた。
そうして次の日。
「ふぁ〜あ……で、今日はどうするリン? また昨日みたいに情報収集か?」
昨日と同じく朝のおにぎりを食べ終わり、まだ眠たげなアースが質問する。
「いや、正直これ以上村の人に聞いてもどうしようもないと思うし……今日は一日、あいつの技とか倒し方について作戦会議でもしましょうか」
「作戦会議っつてもなぁ……」
「とりあえず、一番の問題は魔法が効かないことよねぇ」
「え、あいつ魔法効かないの?」
「そういや、それも知らなかったわね……まあだから、それがなんとかならない限り完全にアース頼りになっちゃうのよ」
「よし、任せろ!」
「心意気はいいけど、そういうわけにはいかないでしょ」
と、そんなこんなで話し合いが始まったのだが……。
「あいつが大技を打ってきた時は」
「打つ前に止めるしかないな!」
「あいつが空間を切り裂いた時は」
「無理やりなんとかするしかないな!」
「あいつにダメージを与えるには」
「とにかく俺が突っ込むしかないな!」
「あいつが風の刃を大量に放ってきた時は」
「俺がなんとかするしかないな!」
「力技しか出てこないじゃない‼︎ しかもそれが否定できない‼︎」
「やっぱりあんま意味ないって、話すぐらいだったら実戦に行った方がいいだろ」
「そりゃ私だってそっちの方がわかりやすくて好きだけど、今回ばかりは相手が悪いわよ。それに、傷だってまだ完全に癒えてないんだから、最悪でも後二日は時間が欲しいわ」
若干脳筋が入ってるリンの発言だったが、実際今は普通に動けているようでも戦いなどの激しい動きになれば傷が開く可能性は大いにある。
「まあ、そうだけどさ……」
アースもそれはわかっており、渋々と言った感じで納得する。
「んー、なんか疲れた……って、気づいたらもう夜か。なんだかんだ結構話してたのね」
「明日もこうやって一日中話し合いするのか?」
「それはまあ明日考えるとして、外行きましょ外」
「外? なんで?」
「昨日セリカが抜け出そうとしたでしょ。今日もやりかねないし、その監視よ」
「あー、なるほど」
そうして二人は外に出て、無駄話&作戦会議をしながらしばらく待っていたが。
「そろそろ日付も変わる頃だと思うけど……出てくる感じはなさそうね」
「そうだな……ん? なんか向こうの方騒がしくないか?」
「え?」
リンが言った通りそろそろ日付も変わりそうな時刻、だというのに村の中が段々と騒がしくなってくる。
「なんかあったのか?」
「うーん……あ、お婆さん! なんかあったのー?」
「ん? ああ、お前さんたちじゃなかったか、よかった……」
リンが話しかけたのはこの村にいる唯一の魔法使いであり、リンに回復魔法をかけてくれたお婆さん。
「私たちじゃないって何?」
「実はね、私はいつあの魔族が来ても心構えができるように、岩場に向かう道の途中に誰かが通ったらそれが分かる結界を張ってるんだ」
「ほえー、そんなことできるのか」
「まあね。でも、結界の反応的にどうもあの魔族が向かってきてるんじゃなくて、誰かが岩場に向かってるような反応だったんだよ! だからもしかしたら、村の誰かやお前さんたちが向かったんじゃないかって……」
「誰かが、魔族のところに……?」
リンとアース、二人ほぼ同時に何か嫌な予感が頭をよぎる。
「なんじゃ、騒がしいのう。何かあったのか?」
家の扉が開き姿を見せるのはセリカの祖父。どうやら村の騒ぎによって目を覚ましたらしい。
「ああ、それが誰かがあの魔族のところに──」
「じーさん、セリカは⁉︎」
「え? あ、ああ、セリカなら部屋で寝とるはずだが……」
事情の説明を遮り、アースが叫ぶ。それにセリカの祖父は驚きながらも答えるが、どうにもそれはハッキリとしない回答だった。
「っ……!」
「お、おい、いきなりどうしたんじゃ⁉︎」
セリカの祖父の横を通り抜け家に飛び込むアース。そして断りもなくセリカの部屋のドアを開け放つ。そこには。
「くそっ! やっぱりいない‼︎」
「な、なんじゃと⁉︎」
「でも、私たちは家の前にいたしそこの窓だって開いてな……お爺さん! もしかして、この家って裏口とかある⁉︎」
「あ、ああ。普段は使わんから物で隠れていて見えづらいが、あっちの方に……」
「ああもう! 少し考えればわかったでしょ! 何やってんのよ私!」
「ちょ、ちょっとお待ちよ! もしかして、セリカちゃんがあの魔族のところに向かったていうのかい⁉︎」
突然の事態に状況を飲み込めず、そう質問するお婆さんにリンが頷く。
「多分だけど、その可能性が高いと思う。あの子、昨日も夜遅くに家を出ようとしてたし」
「そ、そんな……⁉︎ セリカ‼︎」
「ちょっとやめな! あんたが行っても殺されるだけだよ!」
取り乱し、森の方へ走って行こうとするセリカの祖父をお婆さんがなんとか止める。
「じゃが、このまま放っておくわけにも……」
「じーさん、魔族がいる岩場はあの方向でいいんだな!」
「あ、ああ、そうじゃが……」
「よし……リン!」
「わかってる! 流石にこうなったら行くしかないわ!」
「まさか、お前さんたち……!」
「ああ、俺らが行ってセリカを助けてくる!」
「な、本当か……⁉︎」
「まあ、元々あの魔族とは戦うつもりだったしな」
「! そうか、それであんたは……」
お婆さんが何かを呟きながらリンを見る。だが当の本人はそれに構うことなく走り出す。
「アース、急ぐわよ‼︎」
「ああ‼︎」
そして、もちろんアースもそれに続いていく。その二人の背中に。
「くっ……すまん! 二人ともセリカを頼む‼︎」
自身の無力さを悔やみながら大きな声でセリカの祖父が叫ぶ。それにアースは頷きを返し……。
「頼むから俺らがいくまで無事でいろよ、セリカ……!」
♢♢♢♢♢
時は戻り、現時刻。
「全く、いなくなったとわかった時はどうなるかと思ったけど無事でよかったよ」
「ぁ……」
アースはセリカの頭を掴んでわしゃわしゃと撫でる。
「ね、ねぇ……私が動かしたっていうのは……?」
「そのまま意味だ。おまえが現状を変えようと思ってたから、実際に抗おうって行動したから、俺も戦うって決めたんだよ」
「私……が……」
「ああ。セリカ言ってたろ、勇者なんて助けに来ないってさ。実を言うと俺も同じ考えだ」
「同じ?」
「あくまで俺の考えだけど自分で動こうとしたセリカは正しいと思うよ」
言いながら、セリカの手を引いて立ち上がらせるアース。
「けど、今のセリカじゃあいつに勝つのはちょっと難しいだろ?」
「……」
「だから……俺たちがやるよ」
「……え?」
セリカは少しだけ俯いて暗い顔をしていたが、アースの言葉に驚きながら顔を上げる。
「それって……」
「俺たちが戦って、あいつに勝ってやるよ」
「‼︎ 本当、に……?」
「ああ!」
どこか驚くように、どこか縋るように、どこか期待するように、セリカの顔にはさまざまな感情が乗った大粒の涙が流れていく。
「ほら、村でお爺さんが心配してるから。とりあえず帰って安心させてげなさい」
リンの言葉にこくりと頷き村に戻ろうとするセリカだったが、もう一度だけアースの方を見る。
「どうした?」
「本当に、勝ってくれるの?」
「ああ、さっきも言ったろ。絶対に勝ってやる」
その言葉を聞くと、セリカは自分の腕から何かを外しアースに押し付ける。
「なんだ、これ?」
「お守り。お母さんとお父さんが私に残してくれた大切なお守り。これ、貸すから」
それは紐がゴム状になっていて、腕に巻きつけられるようになっているお守り。
「いいのか? 大切なんだろ?」
「うん。だから……だから絶対に返しにきて。これも約束!」
「……ああ、わかった」
アースは笑顔でお守りを受け取り自分の腕につける。
「約束……だからね」
振り返りながらそう呟き、今度こそ村に戻っていくセリカ。
「さてと……一応警戒してたんだけど、大人しく見守ってるなんて随分と優しいのね」
「ふっ、俺とて最後の会話をさせてやるくらいの慈悲はあるとも」
「そうか、ならそれは要らなかったと思うぜ。だって、最後じゃないし」
「……そういえば、さっきの会話でも面白い冗談を言っていたな。なんでも俺に勝って見せるとか。ふふふ、あまりできない約束はするものじゃないぞ」
「別に冗談でもできない約束でもないし」
「…………」
ケイスは間を置いてから大きなため息をつく。
「あの小娘といいお前らといい、俺は人間の愚かさを侮っていたようだ。洞窟での戦いをもう忘れたのか?」
「ああ、あんたが私たちを殺せなかった戦いのことね」
「チッ、ほざくな。全くもって理解できん、どうやら俺とあの村の関係性も知ってるようだが、それならあ逃げればよかったものを、わざわざ殺されにくるとはな」
「確かに最初は戦う気はなかったんだけど……ま、これはこれでよかったわ」
リンがアースに目線をやると、確かにと言って頷く。
「良かっただと?」
「ああ。お前を倒せば村を救えるってのはもちろんだけど、もう一つ……」
向かい合う両者。一度は負けた相手。だが、リンとアースは不敵に笑って声を重ねる。
「「負けたままじゃムカつくから‼︎」」
月が照らす寒々しい夜に熱い声が響く。そうして、今再び戦いの幕が開ける。
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