第13話「本当に助けたいもの」


「……そう。もしかしたら私達が知らないだけで、案外少なくないのかもね……勇者が嫌いな人って」


 セリカが部屋を飛び出していってから、そう言ってリンはアースに視線を送る。一方でセリカが出ていったドアを真面目な顔で見ていたアースは。


「なあ、リン……」


「ん?」


「俺、やっぱりあの魔族を倒す」


「……ん? え、ん? は⁉︎」


 アースの言葉が一瞬理解できなかったリンだが、意味をちゃんと理解して驚きに顔を歪める。


「ちょ、何言ってんの⁉︎ あいつとは戦わないって昨日決めたでしょ!」


「ああ、だから今変えた」


「変えたって……もしか、しなくてもあの子が関係してるのよね。あの子がアースと同じだから助けたいってこと?」


 セリカとアース。共に両親を魔族に殺され、勇者を嫌う似た二人。それが関係してると、リンは思ったが。


「同じか。まあそうだな、同じだから何となく分かる。このままだと……死ぬぞあの子、それも多分もうすぐ」


「え……⁉︎ ど、どういうこと?」


「リンは、セリカと俺が同じって言ったけど少しだけ違うんだよ。俺の場合は村を襲った魔族は近くにいなかった。だから、誰を恨めばいいのか、そもそも何をどうしたらいいのか、そういうのを考えるのに時間がかかった」


「……そう、ね」


 その時のアースを知ってるリンは、昔を思い出して苦い顔をしながら首肯する。


「でも、セリカは仇の魔族が近くにいたから……きっとそいつに挑むつもりだ」


「そんな……! いくら何でも……」


「いや、セリカは行くよ。違う部分はあっても、根本が同じだから分かる」


「……」


 今ままでに聞いたことがないほどに真剣な声。そもそもアースは確かにバカだが、直感的なことに関してはリンよりも冴えていることが多い。それはリン自身が一番よく分かっていた。だからきっとアースのいうことは正しいのかもしれない……が。


「でも……でも、私たちじゃあいつに……」


「昨日リンが言ってた話。あれは何となく納得できる部分があった。このままでも誰も死ぬ可能性はないって……俺も昨日そう思ったけど、やっぱりあれは違うんだと思う」


「アース……」


「たとえ、リンの言うように誰も死ななくても、苦しんでることに変わりはないし……何よりこのまま村を出たら、きっとセリカは殺される」


 アースに対してリンは返す言葉もなく、目を伏せることしかできなかった。


「俺が勇者になるって言ったのは、助けるためなんだ。たとえ、勇者の助けを望んでても、望んでなくても!」


「っ!」


「少なくともセリカがこの状況をどうにしたいって思ってるなら、それを助ける! 助けられるものを見捨てて逃げたら、俺は何のためにここにいるか分からなくなる‼︎」


「…………はぁ、そう。アースの一番の思いはそこなのね」


 アースの目的、それを聞いてリンは理解する。アースが真に助けたいものを。

 確かにセリカは魔族に挑んで殺されるかもしれない、確かにこの村の人たちは苦しんでいるかもしれない、きっとそれを助けたいという気持ちも嘘ではない。


 だが何よりも、セリカが……自分たちより幼い女の子が現状を変えるために、抗おうとしている。それをアースは『助けたい』んだ、と。


「ああ、もう! しょうがないわね‼︎ どうせ言い出したら聞かないもんね、アースは!」


「よし、そうと決まったら早速あいつを倒しに──」


「いやいやいや、待ちなさいバカ⁉︎ 何の考えもなしに突っ込んだら、昨日の二の舞になるだけよ!」


「そうは言っても……なんかいい考えあんのか?」


「ええ、こう言う時はまず情報収集よ!」


「情報収集?」


「そもそも私たちはあの魔族について知らなさすぎるわ。村の人たちにあいつのことを詳しく聞いてみましょ、もしかしたら何か弱点が見えてくるかもしれないし」


「ふーん、そういうもんかねぇ……」


 と、リンの発案で村の人たちに話を聞いていったが……。


「あんま意味なかったな」


「……ええ」


 村巡りのついでということで、それとなく魔族の男について聞いて回るも弱点や有益な情報はなく、結局対策など浮かんでこなかった。


「まあ、村の人たちはなるべくあいつに関わりたくないみたいだし、知らないのも無理はないのかもね」


「新しい情報は、今のあいつの方が村に来た時より強くなってるっぽいっていう話だけだったな」


「唯一の情報なのに知りたくなかったわね……」


「そうだなー……ん? あれじーさんだ。何やってんだろ?」


 アースの視線の先には、膝をつき何かを祈るような姿勢をとるセリカの祖父がいた。


「確かに何かしらあれ? 祠みたいなのもあるわね」


「おーい、じーさん何やってんだ?」


 かなり年季が入ってるようにも見える祠、そこに向かって祈っていたセリカの祖父にアースは大きな声で呼びかける。


「ん? ああ、お主たちか」


「この祠に向かって祈ってたみたいですけど……」


「ああこれはな、魂が安らかに眠れるようにと思ってな」


「魂?」


「古い伝説じゃがな、この地一帯は霊的な力が強いらしく、無念のうちに亡くなった魂は生前に本人の愛着が強かった物に紐づけられ、この世に留まり続けると言われておるんじゃ」


「無念、ですか……」


「うむ。もし伝説が本当であれば、今は多くの魂が留まっているはずじゃ……とは言っても、どれだけ祈ったとてその物がなければ気休め程度じゃが」


「物っていうのは、その魂が紐づけられてるっていう……?」


「そうじゃ。言い伝えでは、留まっている魂をちゃんと天に返すためには本人の無念を晴らすか、祭事場で魂が紐付けられてる物に向かって正しい祝詞を唱えることで、魂は清められ深緑の導きをもって眠るらしい」


「なるほど……」


 老人の口から語られるこの地に残る伝説。祭事場ときいて、リンとアースは近くにあった祠に目をやるが。


「これがその際事場ってやつなのか? ずいぶんボロボロだけど」


「いや、それは昔からこの村にある祈りの場じゃ。さっきも言った通りあくまで伝説だからのお、どこかにちゃんとした場所があるとは言われておるが、それも正しいかどうか……」


「ふぅん……けどさ、考え方によっちゃこっちに留まれるってのはいいことなんじゃないか?」


「ちょっと、アース……」


「いや、お主の言う事も一理あるじゃろう。そう言う考え方も悪くはないと思う」


 老人はアースの考えに賛成の意を見せるが、だがのお……と言って残念そうな顔を見せる。


「本来、死者の魂と生者は決して交わることのないものじゃ。それが同じ地にあることによって歪みが生まれ、冥府の空気……いうなれば邪悪な力が漏れ出てしまうという言い伝えもある。だから、魂をそのままにしとくというのは良くないのじゃ」


「そうなんですか……なんか、それは少し悲しいですね」


「そうじゃな。だが、何も悪い事ばかりが伝わっているわけではない。もう一つの言い伝えでは、こうある。魂とは本来凄まじい力を持つが、肉体という器によってそれが制限されている。よって、その肉体から解放されることによって力も解放される。その魂の力は生身の人間の力にもなる。もし村が窮地に陥り、その時魂がいればきっと力になってくれるだろう、とな。まあ、今の状況で言っても信憑性は低いがな」


 この村は今魔族に支配されている、それはまさに窮地に陥ってると言えるはずだ。だが、そこから解放される兆しは見えない。確かにその状況で今の言い伝えを聞いても、あまり希望は持てないだろう。


「力を貸す……そうか、その手があった!」


 と、話を聞いていたリンが何かを閃いたように指を鳴らす。


「ごめん、アース、おじいさん。私行きたい所ができたから、ちょっと行ってくる!」


「一人で行くのか?」


「うん。どうせアースが来ても意味ないし、そこら辺で遊んどいて」


「えー。しょうがないな、セリカと遊んどく……ああ、いや。俺もやりたいことがあったしちょうどいいや」


「そうなの? じゃあ一旦別行動ってことで、おじいさんお話ありがとう! あ、あと多分今日は帰るの遅くなると思います」


「お、おおそうか」


「それじゃ!」


 それだけ言って走り去っていくリン。セリカの祖父はその忙しない行動に若干気圧されながらも手を振って見送る。


「ふむ、あの子は急にどうしたんじゃろうな」


「リンのことだしなんか良い案が浮かんだんだろうけど……あ、それよりじーさん。もしあったらでいいから貸して欲しい物があるんだけど……」


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