第12話 「動かす者」


「あんな伝説、結局は作り話よ! それを信じて勇者を望むのも、勇者になろうとするのも馬鹿馬鹿しい! 私は勇者なんて……大嫌い‼︎」


 力強く言い切り、なおも悔しそうに歯を食いしばるセリカ。そのまま二人に背を向けて、乱暴に部屋を出ていく。


「……そう。もしかしたら私達が知らないだけで、案外少なくないのかもね……勇者が嫌いな人って」


 そう言って、リンはアースに視線を送る。


「なあ、リン……」


「ん?」


           ♢♢♢♢♢


「誰かに頼っても意味なんてない」


 時刻はすでに日付が変わろうとしている。暗い部屋の中でぼそりとセリカは呟いた。結局、朝に二人と言い合って以降話すことはなかった。そもそもあれについては謝る気もなかったが。


「あの二人、今日は村を巡ってるだけだったし……やっぱり昨日聴いた通り、あの魔族を倒しにいく気はないのね」


 セリカは昨夜、部屋の前で二人の方針を聞いていた。最初から聞く気はなかったが、偶然聞こえてしまった。


「いや、別に期待なんてしてなかったし。結局は村の外から来た人。何が勇者を目指してるよ……馬鹿馬鹿しい」


 実のところ、村が支配されて以降……いや支配される前から、こんな森のなかにひっそりとある村に人が来ることはなく、セリカほんの少しだけどうにかしてくれるんじゃないかと期待していた。だが、その思いもすぐに断ち切られた。


「村の皆は抵抗しなきゃ今はこのままでいいなんていってるけど、そんなわけない」


 息を殺してひっそりと部屋を出るセリカ。そして、物置の中からナイフを取り出す。


「やってやる」


 ナイフをグッと握り、覚悟を決める。


「……ごめん、おじいちゃん。行ってくるね」


 言葉にはするが、決して聞こえるような声の大きさはない。それはある意味での決意表明。そして、家のドアを開けて。


「あれ、セリカ? どうした」


「っ⁉︎」


 ドアを開けた瞬間、目の前にいたのはアース。それに驚き咄嗟にナイフを後ろに隠す。


「こんな時間にどこかにいくの?」


 しかもいたのはアースだけでなく、リンもその隣に立っていた。


「ち、違うわよ! なんとなく寝れなかったから、少しその風にあたろうかなって……」


「へー、なんかいいなそれ! やっぱりリンより大人っぽいんじゃないか?」


「どういう判定基準よそれ!」


「……そっちこそ、こんな時間になんで外にいるの」


 内心焦ってはいるが、それを悟られないようにできるだけ平静を装って聞き返す。


「ああ、俺たちはちょうど今帰ってきたところだ」


「おじいさんには予め遅くなるって言っといたからね。まあ、まさかここまで遅くなるとは思ってなかったけど……」


(チッ……村巡り以降この二人が何をしてたのか知らないけど、まさかここで鉢合わせるなんて……二人揃ってこんな時間まで何やってんのよ!)


 あまりの間の悪さに心の中で悪態をつく。


「あー、そういや朝話した勇者のことだけどさ……」


「っ! うるさい、私はもう勇者のことなんて聞きたくない!」


 助けなんてこない、勇者なんていないと判断し、今まさに自分で決着をつけに行こうとしているセリカにとって『勇者』という言葉はいつも以上に忌避するものだった。


「あ、おい!」


 セリカはこれ以上この二人と一緒にいても不愉快になるだけだと思い、今しがた出てきたばかりの家に再び戻ってしまう。


「はぁ……って、何やってのよ私。魔族のところに行こうと思ってたのに、戻ったらダメでしょ……」


 つい感情にまかせ行動してしまい後悔すセリカ。とはいえ外には二人がいて、ここでまた出ていくのは流石に不自然が過ぎる。それに何より。


「今日じゃなくてもいいかな……出鼻挫かれちゃったし」


 意図せずとも二人に止められ、さらに勇者の話題で気持ちが乱されたことで、変に毒気を抜かれてしまう。

 そうして手に持っていたナイフを物置に戻し、自分の部屋に戻っていくセリカ。だが。


「明日だ……明日こそ」


 その心からの決心は、鈍っていなかった。


            ♢♢♢♢♢


そして言葉通り次の日、再び日付が変わろうとしている時刻に、セリカは自分の部屋を出て物置からナイフを手にとる。


「ふぅ…………よし、行こう」


 一度、ナイフを強く握りながら目を閉じて心を落ち着ける。そうして、家を出ようとしたところで。


「ん?」


 わずかに話し声の様なものが聞こえ、まさかと思いドアに耳を近づけるセリカ。そこから聞こえてくるのは間違いなくリンとアースの声。


「あの二人、何で今日も外にいるのよ……! 昼間はほぼ部屋にこもってたのに」


 昨日と同じように悪態をつきながら、どうしようか考えるセリカ。


「ここから出るのは論外、なら私の部屋の窓から……いや、そうだ。裏の勝手口から出よ」


 普段は使われてない勝手口から、そろりと抜け出し反対側にいる二人の様子を伺いながら、機をみて足音を立てないように家を離れていく。


「よし、誰にも見つからずにここまで来れた……」


 そもそもこの時間、この村ではほぼ外に出ているものはいなかったが、安心に胸を撫で下ろす。そうして村の端、魔族の男が居を構える岩場に繋がる方向の森へと足を踏み入れようとするセリカ。


「…………」


 少しだけ、その場で立ち止まる。だがそれも一瞬、セリカは小さく頷いてから森の中へと駆けていった。


           ♢♢♢♢♢


「……あ、見えてきた」


 森の中を進み、五分もしないうちに木々の隙間から岩場が見え始める。


「あいつは……よりあえずはいないか」


 岩場に入るギリギリまで近づき、木に身を隠しながら辺りを観察するセリカ。その視界がとらえる限りでは、魔族の男は見つからない。相手がこの岩場にいるのは間違いないが、実際にどの辺りをねぐらとしているのか、それをセリカは知らなかった。


「……どこに、いるの」


 意を決して、岩場に足を踏みれるセリカ。冷たいのにどこかひりつく様な空気を肌に感じながら進んでいき、自然とナイフを握る力が強くなる。


「はぁ……はぁ……」


 時が経つにつれ、妙に高鳴っていく胸に急かれされる呼吸。それでも冷静さを失わない様に慎重に敵を探す。

 そもそもセリカ自身まともに戦っても勝てないことぐらいは分かっている。だから狙うのは不意打ちの一撃必殺。


「相手にバレないように見つけて……後ろから刺す……! それなら私でも──」


「私でも、何だ?」


 唐突に聞こえてくる自分以外の声。それはすぐ背後から。


「っぅ⁉︎⁉︎」


 全身を総毛立たせながら、振り向いて後ずさる。


「ケ、ケイス……‼︎」


 そこにいたには緑髪に燕尾服の様なものを着た魔族の男。


「貴様、村の小娘だな。なぜここにいる?」


「っ……き、決まってるでしょ! あんたを、倒しに来たのよ‼︎」


 なぜ見つかったのか、いつの間に後ろに来たのか、さまざまな疑問はあるがすでに不意打ちなど不可能な状況。そこでセリカは腹を括り、眼前の男にナイフを突きつける。


「……ふ、ふふ、ふはははははははは‼︎」


「⁉︎」


 セリカの言葉を聞いた魔族の男……ケイスは最初は呆けていたが、突然笑い出す。


「な、何笑ってんの……」


「ふふ、ふはは! 村の人間にまだ反抗心を持つものがいたとはな。それもこんなガキに……いやぁ本当に、全くもって不愉快だ!」


「うっ……⁉︎」


 心臓を掴まれるような鋭い声。それにセリカは怯みさらに後ずさるが、直後にキンッ!という音と共に手に衝撃が走る。


「っ! あ、あれナイフは⁉︎」


 手に衝撃を受けた瞬間、その手からナイフが消え去る。辺りを見回すと、少し離れたところにナイフが落ちていた。


「ふん、俺が蹴り飛ばしたことすら気づかなんとは……それでよく、倒そうと思ってきたものだ」


「そんな……あ……」


 ことここにきて、セリカは自身の認識の甘さを実感する。そもそも喧嘩すらしたことのない八歳ほどの少女。何がどう間違おうとも『2』《セカンド》の強さを持つ魔族に勝てるどころか、一撃入れることすらできるはずはなかった。


「分かっているんだろうな。俺は反抗する者なら、女子供だろうと容赦はせんぞ」


「はっ、はっ……!」


 別に激しい運動をしたわけでもないのに呼吸が苦しくなる。もはや足がいう事を聞かず、後ずさることすらできない。


「一人ぐらい、まあ構わんだろう……」


 男が何か呟くが、セリカには聞こえない。そんな余裕がない。


「死ね」


「‼︎ っぁ⁉︎」


 ケイスが手のひらをセリカに向け、風の刃を放つ。まともに体が動かなかったセリカは、何とか避けようとしたが逆に足が崩れ尻餅をつく。だがそれが功を奏した。


「チッ、運がいいな」


 首を狙った風の刃は、セリカが尻餅をついたことで外れ後ろにあった岩を削り取る。


「ぁ……!」


 それをみたセリカは自分が当たった事を想像したのか、みてとれるほどに顔を青ざめる。


「今度は外さんぞ」


ケイスが手のひらで照準をセリカに合わせる。


「いやっ……」


 セリカの目から涙が溢れる。


「恨むなら、自らの愚かさを恨むんだな!」


「っ……‼︎」


 再び放たれようとする風の刃。セリカは右手首をギュッと握りながら目を瞑る。もう死は避けられない。



「おい・・・」


「分か・・る!」


 

何かが聞こえた。それは魔族の男の耳にも届いていた。そして、


風護空来クリアホール!」


 さらに聞こえてきたのはある魔法の呪文。直後、ケイスの横合いから風を感じる。


「何だ……⁉︎」


「うおおおおおお‼︎」


 その異変からケイスが横を見た瞬間、すぐそこにはある少年が飛んできていた。


「なっ⁉︎」


 その手には剣が握られており。間合いに入ったところで、ケイスに向かって振るわれるが、それをギリギリでかわす。


「っ、どういうことだ⁉︎ 貴様は……『洞窟で殺した』はずだ!」


「見りゃわかるだろ。生きてるよ! それより……大丈夫か、セリカ!」



「え……ぁえ……?」

 突然現れたアース。その出来事に理解が追いつかず、涙を流しながら困惑するセリカ。さらにそこに。


「よかった! どうにか間に合ったわね!」


 走りながらリンが近づいてくる。


「……貴様も生きてるのか、魔法使い」


「はっ、まあね。あんたの攻撃がへなちょこなおかげで、見ての通りピンピンよ」


「チッ……!」


 殺気を放つケイスに、臆せず煽りをかますリン。そんなやりとりの後。


「どう、して……?」


「ん?」


 セリカの絞り出す様な声。


「どうして、二人がここに?」


「決まってるだろ、助けに来たんだよ」


「そうじゃ、なくて……」


 誰にもバレない様にここまで来たのに、それがセリカが抱いた最初に疑問だったが、それ自体は何かの弾みでバレていてもおかしくない。それよりも疑問に思ったのは。


「だって、二人はあいつと戦わないって……」


 二日前、リンとアースの話を聞いていた。二人はケイスとは戦わず、この村を去ると。


「え? なんでそのこと知ってんだ?」


「ふぅん……おおかた部屋の前で聞き耳でも立ててたんじゃない?」


「いや、聞いたのは偶然……って、そうじゃなくてどうして⁉︎」


「ああ、それなら……」


 アースはしゃがんで、目線の高さをセリカに合わせる。そして、笑みを浮かべて。


「セリカ。お前が動かしたんだよ」


「え……?」


  時は二日前。セリカが二人に向かって勇者嫌いを叫んだ直後に遡る。

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