第9話 「激流の果てに」


「どうやら、あの女と違ってお前は剣に自信がるらしいな」


 自らが作り出した風の剣を使ってアースの攻撃を止めながら、余裕の表情でそう言い放つ魔族の男。


「だったらなんだよ」


「いや、ハンデをやろうと思ってな。あえてお前の得意分野で戦ってやる」


「そうか、俺は手加減しねぇぞ!」


 男とアースは互いの剣を弾き、距離を取るがそこから激しい剣戟を繰り広げる。


「はあっ‼︎」


「くっ!」


 男が振り下ろした剣をアースは受け止め、そこから滑らせるように剣を流しそのまま相手の体に剣を振るう。それは男が後ろに跳んだことで躱されるが、アースは休む暇なくそこに追撃を仕掛ける。


「うおおお!」


「力なら俺のほうが上のようだな!」


「っ……!」


 自分からから仕掛けたはずの攻撃だが、それは逆に弾かれアースは体勢を崩す。そこに、迷いなく首を狙ってくる風の剣が迫り、アースは後ろに姿勢を倒すことでギリギリそれを避け切る。


 だが、戦いの最中でそんな無茶な姿勢をとるのは大きな隙となる。魔族の男がそれを見過ごすはずもなく、真正面から斬り伏せようと真っ直ぐに剣がアースに向かってくる。


「うお、らああああっ‼︎」


「なっ⁉︎」


 あと少しで斬られそうになるアースだったが、その無茶な姿勢から片足を軸に回り、その勢いのまま振り下ろされた剣を弾く。さらにそこから今度は急停止して逆旋回、その反動を乗せて斬りかかる。


「ぐっ……!」


 男はそれを受け止めるが、予想外の反撃に若干苦しそうな顔を見せる。


「うおおおお!」


「な、めるなああ!」


 そこから再び剣戟を繰り広げる二人、時折アースが力負けして剣を弾かれるが、持ち前の剣術でなんとか立て直す。そして、


「そこだっ!」


「ぐう⁉︎」


 アースは相手の呼吸の合間をつき、渾身の一撃を放つことで男に打ち勝つ。後ろろに飛ばされ若干姿勢を崩した男は距離を詰めてくるアースに焦って突きを繰り出す。


「ふっ!」


 アースはそれを半身で躱し、相手の懐に入りその腹を剣の柄で打とうとするが、その攻撃は掴まれ剣を固定される。


「くそっ!」


「くたばれぇ!」


 男は剣を振り上げる、剣は動かせないので防ぐことはできない、かといってここで剣を離せばこのあとは戦えない。その状況で男は勝ちを確信する……が。


「まだ終わってないぞ‼︎」


「⁉︎」


 アースは剣を掴んだまま少し跳んでから、男が剣を振り下ろすよりも早くその顔に向かって蹴りを放つ。それを腕でガードするが、結果として剣の攻撃は中断される。


「うおおおおおっっ‼︎」


 そして、アースはそのまま足を振りぬき男の体を吹き飛ばす。そして、その拍子に男の手から剣が離れ武器を取り戻すことにも成功する。


「ふぅ……なるほど、言うだけのことはあるな」


「くそっ、やっぱ強いな……」


 一旦状況が落ち着き、アースと男は互いを評価する。


「…………すっご」


 一方でその戦いを俯瞰して見ていたリンは、自然とそんな言葉を漏らしていた。リンは剣の素人だがそれでも今の戦いが高レベルであることは見てとれた。


「アースが本気で剣で打ち合ってるの見るの、久しぶりかも……」


 村にいた頃、アースはすでに剣であれば大人を超えており、普段戦うのも剣を持たないモンスターでありその真価が発揮されることはあまりなかった。


 事実、『2』《セカンド》とまともに戦えていることがその実力を表していると言っても良い。

 もっとも、それは……『剣術』だけの話だが。


「ぐっ、うお⁉︎」


 再び戦闘を再開する二人だが、圧倒的にアースの方が剣を弾かれる回数が多く、そこからの追撃で後手後手にまわっている。


確かに、剣術だけならアースは男を上回っているかもしれない。だが、パワーとスピードなら圧倒的に男の方が上だった。『1』と『2』決して埋めることの出来ない実力差がそこにはある。それでもアースの剣術でギリギリ拮抗する戦況、それは。


抉り飛ぶ風刃クレンスライド!」


「いっ……!」


 もう一つの要素で完全に一方的になる。突如放たれた風の刃は、アースの腕を掠め血を流させていた。


「剣で戦うって言ったろ!」


「魔法を使わないとは言ってない」


「ずるっ!」


「そういうな、多少はお前を評価しているということだ……多少だがな!」


「‼︎」


 飛んでくる風の刃と振るわれる風の剣、アースはそれを完全には防ぎきれず、どんどん傷が増えていく。


「ぐう……あああ‼︎」


 それでもなんとか隙を見つけ、蹴りを放つがそれは簡単に掴まれ。そのまま体ごと持ち上げられ地面に叩きつけられ、


「づ、おおおおお‼︎  離せ!」


 そうになったところで地面に手をつき無理やり持ち堪える。腕に大きな衝撃が走るが、それを無視して足を掴んでる手に向かって剣を向ける。


「ふんっ!」


 男はアースの剣が届くよりも足を投げ捨てるように離す。そこでお互いの間に一定の距離が生まれる。そこで。


「はっ」


「?」


 男は薄く笑い、その手が虹色に光る。


「! アース、そいつ──」


 何をするか勘付いたリンが声を上げるが、言い終わる前に男の手が振るわれる。


「なっ⁉︎」


「終わりだ‼︎」


 突然男の目の前に飛ばされるアースと、その瞬間風の刃を放つ男。それはリンがやれらたのと全く同じ、ならば訪れる結果も同じ。


「だありゃああっ‼︎」


「なにっ⁉︎」


「嘘っ⁉︎」


 否、状況が同じでも人が違えば結果は変わってくる。アースは神がかった反射神経とその剣術でほぼゼロ距離で放たれた風の刃を斬り伏せる。


「このっ!」


「くらうか!」


 男はさらに風の刃を放つが、アースは横に大きく飛びそれをかわす。そして、空中で体勢を変え壁を踏み台として扱い、男に斬りかかる。


「うおらあ‼︎」


 惜しくもその攻撃は防がれ、二人は間近で鍔迫り合いをする。


「くそっ、しつこいな! ダラダラしてる時間はないってのに!」


 アースは横目でリンの方を見やる。リンの腹部からは今も血が流れており一刻も早く対処しなければ間違いなく死に至るだろう。


「ふっ、このままやっていても最終的には俺が勝つだろうが……仕方ない」


 そう言った瞬間、男は片手をリンの方に向ける。


「お前が急ぐ理由を潰してやろう‼︎」


「っ、やめろっっ‼︎‼︎」


 男の手から放たれる風の刃、今のリンにそれを避ける余裕はない。


「ぐっ、間に合え!」


 アースは鍔迫り合いをやめ、最高速でかけ出す。そして、転ぶように前に飛び出し、


「う、があああ‼︎」


 空中で風の刃を弾き、そのまま地面を転がる。


「いっ……お前──」


 転がりながらも姿勢を起こし、男に向き直り怒りをぶつけようしたが……それはアースの肩に、指三本分ほどの穴が空いたことで止まる。


「うっ……がぁ……!」


 リンを庇いに走ったアース、それは今までの何よりも大きな隙。男はそれを狙ってアースの肩を風の剣で刺し貫いた。


「ぬるいな、人間」


「ぐあっ⁉︎」


 そこへさらに、顔に向かって蹴りを放ちアースを蹴り飛ばす。肩に深傷を負ったアースはそれをもろにくらい、倒れ伏してるリンのそばまで転がっていく。


「っ……アース……!」


「ぐうっ、はぁ……はぁ……くそ」


 リンとアースは二人してその場から動けなくなる。それを見て男は愉快そうな笑みを浮かべる。


「ふはは、満足したか。これが現実だ」


「ふざ……けんな!」



「強がったところで何も変わらんぞ。さて、もう十分だろう。いい加減終わらせよう!」


 男はそう言って両手を上に掲げる。そして、その両手の間に凄まじい速度で回転しながら風の球体が出来上がり、その影響で洞窟内を掻き回す様に風が吹き荒れる。


暴乱空烈砲ストームホール‼︎」


 男が掲げていた両手を前につき出した瞬間、風の球体は風の刃でできた竜巻となって洞窟内を食い荒らしていく。それが目前に迫る中で、アースはリンを抱きしめる。


「ちょ、アース⁉︎ 何して……だめ、やめて!」


 リンはアースの行動に困惑したが、すぐにその意図に気づく。それはリンを守るための行動、これ以上リンが傷を負えばいよいよ生存が怪しくなる。それを直感的に感じたアースはリンを抱き留め、少しでもダメージを少なくしようとしたのだ。だが、それはリンが負うであろう傷も引き受けることで同じで。


「ぐああああああ‼⁉︎」


 竜巻に呑まれたアースは、空中で振り回されながら全身を大きく切り裂かれていく。それでも……決してリンを抱き止める手は離さない。


「がはっ……!」


 やがて竜巻から投げ出されるアース。その背中に。


「仕上げだ」


 今までより二倍ほど大きい風の刃が放たれる。


「ぐうっ、づあ……!」


 空中で動きも取れず……いや、仮に地上であってもすでに避ける気力さえ残っていないアースはその直撃を受け、リンと一緒に川へと落ちていく。

 川は先ほどの竜巻で大きく荒れており、今の二人が抗えるような流れではなくなっていた。結局、二人がその顔を出すことはなく……。


「ふん、他愛無い」


 静かになった洞窟内に男の声が響いた。



           ♢♢♢♢♢



 洞窟内の川を辿っていくと、やがては森に出る。竜巻の影響も届かなくなり比較的穏やかになったその水面から。


 ザバッ‼︎ と、手が飛び出してくる。


「ぶはぁっ‼︎  はぁ……はぁ……ぐうっ!」


 その手は他でもないアースのもの。アースは自分の体を血を吐きながら持ち上げ、それと同時に最後まで離さなかったリンも引き上げる。


「はぁ……はぁ……大丈夫か、リン⁉︎」


「っ……」


「おい、しっかりしろ!」


 リンの脇腹にある深い傷、そこからは今も血が流れ続けている。


「くっそ……こんなところで死ぬなよ!」


「うる……さいわね……」


 肩を抱いていたアースの手にリンの手が重ねられる。


「リン!」


「そん、な……騒がなくても……聞こえてるわよ」


 息も絶え絶えながらそう言葉を紡ぐ。


「心配しなくても、ギリギリ致命傷にはなってないわ」


「そうか……」


「そ、れより、あんたこそ大丈夫なの。肩、穴空いてるわよ? それに全身も傷だらけ……」


「ああ、リンに比べれば軽傷だ」


「軽症では、ないでしょ。はは……っ!」


 リンは苦し紛れに笑みを浮かべるが、すぐに苦悶の表情に変わる。


「それにしても、初っ端からこんなんじゃ、先が思いやられるわね」


「ああ……」


「……ごめん」


「ん? 何がだよ」


「今回は完全に私が足を引っ張ったわ。その肩の傷も、全身の傷も私のせいで負ったようなものでしょ」


「何言ってんだ、お前が居なかったらそれ以前にくたばってるよ。それに、最後の斬撃。あれ防いでくれたのリンだろ」


 アースの背中、そこには魔族の男が最後に放った特大の風の刃、それによる傷がほぼなかった。それは当たる直前、リンが最後の力を振り絞り魔力で壁を作りその威力を殺していた。


「あれが直撃してたら、多分やられてた」


「……そうね。あれに関しては我ながら、土壇場でよくやったって感じるわ。あいつも気づいてなかったっぽいし」


 いまだに短い呼吸を繰り返しながら、自分たちが流れてきた方向を見る。男が追ってきてる様子はない、最後の攻撃で殺したと思い込んでる。そうも考えられるが。


「アース、早くここを移動しましょう」


「その傷でか⁉︎ 対処法はないけど、もう少し落ちついてからでも……」


「今のところ、あいつが追ってきてる様子はないけどそれも絶対じゃない。せめて、どこか身を隠せる場所までいきましょう。うまい具合に洞窟からも出られたわけだしね」


「そうだな……わかった」


 アースはリンに肩をかしてながら立ち上がる。すでに陽は落ち、暗い森の中を月明かりを頼りに進んでいく。


「……」


「……」


 二人の間は無言で、時折苦しそうな息遣いが聞こえるのみ。二人がどれほど限界なのかは、その様子から見てとれた。


(……参ったなぁ。アースには致命傷じゃないって言ったけど、このまま放っておいたら……確実に死ぬ)


 川に流されたこともあり、自分の体が氷のように冷たくなっているのを感じるリン。その視界はすでに焦点がぼやけ、今にも死にそうな顔をしている。


(それに、アースの傷だって放っておいて良いものじゃない……身を隠せる場所を見つけたとしても、私たち自身の状況をどうにかしないと。でも、どうやって? こんな森の中で、回復魔法なんて使えない、薬草、知らないし、そもそも、そんなので、何か、回復、手当……どうにかしなくちゃ、どうにか、どうにか──)


 もはやまともに思考が回らず、少しでも気を抜けば意識を手放しそうになる。

 そんな中で突然、ガサッ‼︎ と二人の近くにある草むらが揺れる。


「っ⁉︎ こんな時にモンスターか!」


 極状態ということも相まり、反射的に音がした方へ剣を向けるアース。だが、その直後聞こえたのは、


「きゃあ⁉︎」


 アースの剣に驚き尻餅をつく様な音。そして何より甲高い悲鳴、それは紛れもなく人間のもの。


「え?」

 アースは警戒を緩めて剣を下ろす。そしてよくよく見てみれば、そこに居たのは。


「だ、誰! あんたたち!」


「女、の子……」


 そこに居たのは銀の髪をツインテールで纏めた、リンやアースよりも幼い女の子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る