第8話 「波乱の洞窟」


「……は?」


「なんだ、自信のある攻撃だったか? それはすまなかったな」


 男は馬鹿にするような声でそう言って、風魔法の攻撃も止める。完全にリンを舐め切っている行動。だが、当のリンはそれに怒るよりも困惑することしかできなかった。


「どいうこと……確かに当たったはずよ。防御されたようにも見えなかった」


「威力が弱すぎたんじゃないか?」


「は? なわけないでしょ」


「だったら試してみればいい。お前の一番自信のある魔法を使ってみろ、俺は一歩も動かん」


 そう言って両手を広げて、宣言通りにじっとする男。


「……上等よ!」


 それに不気味なものを感じつつも杖を前に突き出すリン。杖の先に魔力が集中し青が煌々とする。


崩炎爆青グレアファウンダー‼︎」


 杖から放たれる青き豪炎、それは今まで撃っていたものとは文字通り桁違いの威力で、着弾すれば大爆発を起こす。今のリンでは撃つまでに時間がかかるため、実戦で使える場面は少ないがリンが『まとも』に使える中では間違いなく一番の魔法だろう。

 だが、それでも……パキンッ!と光の槍と同じように豪炎は掻き消される。


「っ……」


「はっはっは、無意味だったな!」


「うっさい。いちいち癪に触るやつね。それに何が『威力が弱すぎた』よ、今の魔法ならたとえ防御しても爆発が起きるはずよ、理屈はわからないけど……あんた、魔法を無効化してるわね」


「ああ、その通りだ」


 リンのたどり着いた結論、それを男は隠す素振りもなく肯定してみせた。


「どんな魔法であろうと、俺に当たる前にすべて無効化される。つまり、お前が魔法使いである限り勝ち目はないんだよ」


「はぁ……」


 男の言葉を聞いたリンはため息を吐いて、その場に膝をつく。


「どうした、絶望でもしたか?」


「そうね。確かに嫌になるけど……みすみす殺されようとは思わない」


 言いながら、リンは左手を川に入れる。


「?」


「余裕ぶって攻撃をやめたり、自分の能力を隠さずひけらかしたり、そんなことしてると痛い目見るわよ」


「何を……」


 リンが手を入れてる部分が不規則に揺れ、球体を形作っていく。そして、手を引き抜くと同時、巨大な水の玉が川から抜き出されるようして現れる。


「確かに魔法で生み出したものは無効化されるみたいだけど、魔法が関与した全てを無効化できるわけじゃないでしょ」


「なるほど」


「昔、お遊びで覚えた水を操る魔法。戦闘で使うことはないと思ってたけど、使い方次第よね‼」


 リンが前に手を突き出す。すると、巨大な水の玉は散弾銃のように小粒に分かれ、猛スピードで飛んでいく。ただの水であっても、一定以上の速度を持てば立派な攻撃になる。


「確かに、この水は無効化できない」


 男は視界を覆い尽くすほどの攻撃にさらされながらも、特に慌てる様子も見せない。


「だがな!」


 男の周りを囲うように風が吹き荒れる。そしてそれらは鋭さを持って展開し、壁すら削ながら飛来する全ての水を霧散させる。


「結局はただの水だ。使い方次第というが、お前の使い方は児戯とおな──」


 不意に途切れる言葉、その理由は水をかき消した瞬間目の前に現れた青い豪炎。一瞬、反射的に身を引こうとする男だがすぐに思い直す。


(どういうことだ、俺に魔法は通用しないとわかっているはず……!)


 リンが放った豪炎、それは男を狙ったものではなく……直前で地面に落ち爆発を起こす。


「くっ……!」


 魔法そのものである炎はもちろん、その後に生まれた爆炎も男にたどり着く前に掻き消されるが、爆風と土煙は『余波』から生まれたものであり、それは掻き消されない。


(効果的ではある……が、大したダメージではない。それより、あいつの狙いは……)


 土煙で覆われる寸前、男が見たリンの姿は『後ろ姿』だった。途端、遠くへ離れていくような足音。


「やはり、逃げるつもりか!」


 リンはすでにその場を走り出していた。正確に言えば魔法が効かないと分かった瞬間から、逃げる考えに切り替わっていた。最初に感じた悪寒、確実に自分の上をいく実力、そこに得意の魔法が効かないならば、逃げるのは最善の手段だろう。


「威勢のいい言葉はブラフ、逃げを厭わない潔さ、最善手であるのは認めよう……だが、逃すわけないだろう!」


 男の手が七色に光り振るわれる。最善ではあっても、事態が好転するとは限らない。


「え?」


 走っていたリンは謎の浮遊感……とも違う妙な感覚に襲われ、それと同時に景色がブレる。あまり変わり映えしない洞窟の景色、だが自分の居る場所が変わったのは確かだった。


「残念だったな」


「なっ⁉︎」


 背後から聞こえる声、後ろに視線を向けるとすぐそこに風の刃を構える男がいた。


(どうして⁉︎ 一瞬で近づかれた? いや違う、今さっき感じた妙な感覚と切り替わった景色。動いたのは私の方だ……でも、引かれような感じはしなかった。何か、もっと一瞬で……!)


 リンの視界に、男の風の刃を構える手とは逆の手が映る。それは七色に輝いていて。


「まさか……私との間にある空間を『斬った』⁉︎」


 昔読んだ本に書いてあった魔法、七色に光る手を見てそれを思い出した。だが、常軌を逸するそれは超高等魔法、使う魔力量だってバカにならない。


「今度こそ、終わりだ!」


「ぐうっ……⁉︎」


 ほぼゼロ距離で放たれる風の刃。リンは無茶な体勢でありながら、なんとか身体を捻る


「づっぁ……」


 が、完全には避けきれない。真っ二つになることはなかったが、実に腹部の三分の一ほどの鋭い切れ込みがリンの脇腹を裂いていた。


「ぶあっ……」


 ごぼり、とリンの口から大量の血が吐き出される。そして、見方によれば綺麗と思えるほどの自然さで体が倒れていく。


(ああ……今日、間違ってばっかりだな私。最初にこいつの異質さを感じ取った瞬間から全力で逃げるべきだったんだ。馬鹿だなもう……)


全く歯が立たなかった戦い、虚な意識でそれを振り返り自分を叱責する。


(あいつの星級レルタはわからない。紋章が見えない場所にあるか、それとも『そもそも星級が』ない種族か……けど、肌身で分かる。熊の魔獣、『1』《ファースト》の最上位よりも悍ましい気配、魔法の熟練度やその魔力量。こいつは……)


倒れ伏しながら、痙攣する目で男を睨む。


(こいつは……間違いなく、星級『2』《レルタ・セカンド》だ……‼︎)


「チッ、ギリギリで身体を逸らしたか」


 短い呼吸を繰り返し、腹部からだらだらと血を流すリンを冷ややかな視線で見下す。


「筋は悪くなかったが、所詮は人間の子供……この程度か」


「はぁ……はぁ……その、口ぶり。あんた、やっぱり」


「まあ気づいているか。冥土の土産というほどもないが……そう、お前の想像通り俺は『魔族』だ」


「なんで、魔族がこんなところに……」


「今から死ぬのに知る必要もあるまい」


 男の手が振り上げられる。


「さらばだ」


「っ……!」


 躊躇いなく、慈悲もなく、手と共に振り下ろされる風の刃。リンはグッと目を瞑り、


 ガギィィン‼︎‼︎


 弾かれる風の刃、それは一振りの剣によるもの。


「⁉︎」


 突如、現れた人物に男は目を剥くが、何者かを問いかけるより先に剣が横薙に振るわれる。


「ぐっ……!」


 瞬時に身を引きながら、後ろに飛び退く。完全に虚をつかれたが、星級『2』の身体能力はその攻撃を服に切り込みが入る程度にとどめる。


「そうか、貴様その女の仲間か」


 そう言って男は、剣を振るった『少年』に鋭い目をむける。


「ぁ……」


 目の前で起こった一連の出来事、それを理解するのに今のリンは数秒を要したが、どこか縋るように


「……っ、うぅ……アース……!」


 自分を助けた、少年の名を呼んだ。


「リン! 大丈夫か‼︎」


 倒れてるリンに寄り添い状態を確認しようとするが、すぐに腹部の傷が目に入る。


「リン……!」


「ごめん。ちょっと、しくちゃった……」


 いつになく弱々しいリンに、アースも真剣な表情を浮かべる。


「お前か?」


「他に誰がいる?」


 端的に交わされる言葉。ただ……それで十分だった。

 魔族の男に向かって歩を進めるアース。


「っ、だめ! アース、あいつと戦っちゃ……!」


 腹部の傷の痛みにより途中で言葉が切れる。


「わかってる、あいつは強い……けど、この状況で簡単に逃しちゃくれないだろ」


「っ……」


 アースも先ほどの一瞬で相手の強さはわかっていた。だが、深傷のリンを庇いながら逃げるのが難しいのも事実だった。


「速攻でカタをつける!」


 勢いよく地を蹴りつけて魔族の男に接近していくアース。


「ふん」


「っ! アース、気をつけて! そいつは風の刃で攻撃してくるわ!」


 向かってくるアースを鼻で笑い、指を鳴らす男。それに見覚えがあったリンは忠告を送り、その言葉通りいくつもの風の刃がアースの前に立ちはだかる。


「邪魔だ‼」


 だが、アースをそれをものともせず華麗な剣さばきと身体捌きで全ての刃を躱し、すぐに男との距離を縮める。


「そうか、思ったよりやるな」


「余裕ぶってる場合か!」


 両者の距離があと一歩まで来たところで、アースは左足をダンッ! と力強く踏み切り、無防備な男に剣を振るう。男が無効化できるのは魔法のみ、剣などの物理攻撃は当然かき消せるはずもないが。


「っ⁉︎」


 アースの剣は男に当たる前に止まる……と言ってもそれは超常的な理由ではなく、むしろ至極単純な理由。


「風の剣?」


 アースの剣を止めていたのは、男が魔法で作り出した風の剣だった。

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