第7話 「最悪の邂逅」
「はぁ……また分かれ道。複雑すぎるでしょ、この洞窟」
アースを見失ってから冷静な判断力を無くしていたリンだったが、あれからしばらく経ち、なんとかこの状況に慣れてきたことで一人洞窟内を進んでいた。
「ここがどこら辺なのか、せめて最初から地図書いときゃよかったわ」
現在リンは手書きで地図を制作しているが、最初の方は焦っていたため今の地図は中途半端なものになっていた。だが、それでも描着こまれてる量は多い。つまり。
「ほんと、いつになったら出れるのよ。もう二時間ぐらい歩いてるんだけど……」
アースと逸れてからすでに二時間近くが経過していた。その間、時々後ろのありもしない気配に怯えながらも歩き続けていた。それでも出口が見つかるどころか、分かれ道が増えるばかりだった。
「早くここから出なきゃ、この光魔法だってずっと使えるわけじゃないし。もし使えなくなったら……アースも全然見つからないし、どこに行ったのぉ……」
よほど参ってるのか、普段は見せない弱気な態度が自然と出てきてしまう。
「っ、しかもまた……分かれ道……」
先ほどの分かれ道からほとんど歩いていないが、再びリンの前に二つの分かれ道が現れる。肩どころか顔までガックリと落としながらも、とりあえず地図に描き入れどちらに進もうか悩もうとするが……。
「あれ、なんかあっちの方少しだけ明るい……もしかして!」
一方の道の先が見て取れるぐらいに明るく、リンもまた明るい顔を浮かべその方向へと走っていく。もしかしたら外かもしれない……だが、そんな淡い希望は砕け散るどころか、さらに追い打ちをかけられることになる。
「っ……⁉」
道を進んだ先で悲鳴のような息を呑み、ペタンと座り込むリン。その理由は。
「嘘、ここ……最初の場所……?」
そこはリンとアースが蛙の魔獣と戦い落ちてきた、異質な何かが蔓延る空間だった。リンはその場で何も言えず動けなくなってしまう。もちろん、再びこの場の異様な空気に飲まれたのもあるが。
「二時間も歩き回って、最初に戻ってきただけって……」
光が見えて、外だと思ったこともありリンのやる気はガタ落ちどころの話じゃなかった。
そもそもここが明るく見えたのも、湖を通して陽が差し込んでいたからだが、それも最初二人が見たものとは違っていた。
「光が赤い……夕陽になってるのね……」
あれだけ欲していた光でさえ、この場では明確に時間が経ってることを知らせる追い討ちにしかならなかった。
「あああああ、もう……!」
厳しい現実に髪をぐしゃぐしゃにしながら顔伏せるリン。
「………………はぁ、さっきの分かれ道、別の方行ってみよ」
しばらく放心していたリンだったが、目の前の異質さに気押されたこともあり、よろよろと立ち上がり、別の道の探索へ歩を進めた。
そうしてほぼ表情が死んだまま、さらに三十分ほど歩き続けたところで。
「……? 何?」
何か異変を感じ取り、ピタッと止まる。リンが感じた異変、それは正確に言えば音だった。
「なんか聞こえる……これって、水の音⁉︎」
静止して音に集中したことで、音の正体を突き止める。そして、その音の正体が水であると気づいたリンは音がする方向へと急ぎ足で向かっていく。
「音はここからするけど……あ、これって川?」
リンが発見したのは一本の川だった。川の流れる先には洞窟も長く続いており、途中で遮られている様子はなかった。
「もしかして、この川を辿っていけば外に出られるんじゃ……!」
先ほど外への期待を裏切られたばかりだが、それでもやはり川を辿れば外に出られる可能性は高く、リンの顔には再び明るさが戻りつつあった。
「それに見た感じ、この川結構広く流れてる、いくらアースでもこれをみつけてたら、流れに沿ってくるだろうし……よし、やっと光明が見えてきた!」
その場でぴょんと飛び上がり、しばらくぶりの笑顔を見せるリン。
「よし、行こう!」
希望を見つけたリンは意気揚々と川沿いを進んでいく。その途中、何度か分かれ道もあったが一旦それを無視してそのまま歩き続けた。
「ふぅ、しばらく歩いたけどそろそろ……ん? 何これ?」
歩き疲れ、壁に手をつき小休止しようとしたところで、その壁の違和感に気づきそこを照らす。
「これ……壁画? 所々掠れてるし、結構古いものみたい」
そこには壁を削って描いたような絵がいくつかあり、しかもそれは何かを物語ってるようで、まさに壁画というべきものだった。
「でも、なんで壁画なんかが……やっぱりここ、ん? 下にもなんかある」
絵の下はまるでミミズがのたくったかのように壁が削られており、それと同時になんらかの規則性を持っていることが見てとれた。
「んー、なんかどこかで見たことがあるような……あ、そうだ! これって確か古代文字の一つだ。てことはこの壁画もやっぱり古いものなんだ」
壁画の下に書かれている文字、それは間違いなくその壁画に関してるものであり、もともと知的好奇心が高いリンはそれを解読しようと試みる。
「うーん、どうやって訳すんだっけ……魔法を学んでる途中でこの文字と関連したことがあったからちょっとだけ触れたはずだどぉ」
頭の奥底にある記憶をどうにか引っ張り出し、解読方法を思い出そうとするリン。しばらく唸っていたが、朧げに思い出したのか不安げな顔で文字を読み始める。
「えーっと、『れ、いり、き、ば』……う、うん? やっぱり訳し方間違ってる?」
少し読み進めたところで、全く読み慣れない言葉が出来上がり自分の記憶を疑うリン。
「でも、古代特有の言葉だったりするかもだし、もう少し読み進めて──」
その瞬間だった。
「っっっ⁉︎⁉︎」
今ままでに感じた事がないほど凄まじい悪寒が、リンの背筋を舐め上げた。
「何っ‼︎」
訳も分からぬままその場から飛び退き、悪寒を感じた方向を見据える。
ザリッ……と、砂を踏むような音。間違いなく、何かがそこにいる。今まで洞窟を探索していてもモンスターや魔獣には出会わなかった、ならばそこにいるのはアースの可能性が……。
「いや、アースじゃない」
頭に僅かだけ浮かんだ可能性を自らきっぱりと否定する。それほどまでに目の前にいる何かは嫌な気配を放っている。
「……」
リンは息を呑みながら、その方向へと光を向ける。少しづつ輪郭が明らかになり、姿を表す何か。それは……。
「……人?」
そこにいたのは人だった。見た目は十代後半くらいだろうか、緑色の髪に何故か燕尾服のようなものを着た男。その男は鋭くリンを見据えていた。
散々出口を求め彷徨った洞窟、そんな中で人と出会ったのなら多少不気味でも話しかけるべきだ。もしかしたら、この洞窟に詳しい人で出口を知ってるかもしれない。そう考えたリンは。
「…………」
口が、開かなかった。先ほど感じた悍ましいほどの悪寒。パルグライド・ベリルの時だってあれほどではなかっただろう。何より、いまだに頭の中では警鐘が鳴っている。リンの生存本能とでも呼ぶべきものが、『こいつは駄目だ』と叫んでいる。
「……」
「……」
お互い無言で見つめ合ったまま、リンは少しだけ後ずさる。もはや対話など頭にない。今すぐにでも逃げ出したいが、背を向けることは躊躇われた。
「全く、どこから入り込んだネズミだ……」
男が口を開く。たださえ冷えている洞窟内をさらに冷やすような声。そして、今の言葉でリンは確信した。理由はわからない、だがこいつは間違いなく『敵』だと。
そして次の瞬間、男の手がリンに向けられる。
「
「⁉︎
男の手から放たれたのは三日月のような風の刃。リンはそれを防ぐため、ほぼ反射的に土の壁を打ち立てる。
「くっ……!」
攻撃自体は防げたが、土の壁は壊される。思っていたよりも強い威力に、リンは少しだけ口を歪ませる。
「あんた何者よ! いきなり攻撃してきて、私に恨みでもあるの?」
戦闘が始まったことで何かが吹っ切れたリンは、怯えを捨て堂々と男に杖を向ける。ただそれでも、嫌な予感が払拭されたわけではない。
「別に恨みはないが……この場に足を踏み入れた者を野放しにはできんな。まあそうでなくとも、人間など生かしておく必要はないがな」
「は? あんたまさか……!」
「死ね」
男の言葉にある予感がリンの頭をよぎる。だが向こうは会話などする気はないらしく、男が指を弾いた瞬間いくつもの風の刃が生まれ、それらがリンに向かって飛んでいく。
「チッ!
迫り来る風の刃に対し、リンは再び土の壁で防ごうとするが、それでなんとか出来るのは精々二、三の刃だけ。それだけで土の壁は崩れ、残りの刃がリンを襲う。
「くっ……!」
防御壁を無くしつつもなんとか攻撃を避けるリンだが、そのうちの一つが頬を掠め血が垂れる。
(駄目だ、防御に回ってたら押し切られるだけ。なら、相殺してやる!)
後ろに倒れそうになる体をグッと保ち、杖を構えるリン。
「
リンの背後に浮かび上がる炎の車輪。それが回転し、次々と青い炎を撃ち出し風の刃を相殺していく。
「ほお……」
男はリンの対応に少しだけ感心したような声をあげるが、その余裕の態度は崩れない。実際、互角に撃ち合ってるように見えてリンの方は少しづつ押されていた。
(これでも駄目……! 魔法の威力、速度、間隔、どれをとっても負けてる。悔しいけど、あいつの方が私より上だ。このまま撃ち合っててもジリ貧でやられる……)
悔しそうな顔で何かを思案するリンだったが、
「ここだっ!」
突如大きく足を踏み出し前進する。元から撃ち合いで押されていたリン、そこで前進なんてすれば当然。
「ぐうっ……‼︎」
無傷では済まない。肩には風の刃で大きな傷が刻まれ、それ以外にもたくさんの傷がリンの体を蝕んでいく。
「傷は覚悟の上……だからこそ、見えた‼︎」
リンが踏み出した理由。傷と引き換えに手に入れたその距離、そこにわずかな隙間が生まれる。
「
「⁉︎」
風の刃、その間を縫って光の槍が突き進む。男はリンの自傷をも厭わない攻撃に驚き固まっている。そうして、光の槍は男に直撃する……その直前で。
パキンッ‼︎
と、まるで何かにぶつかったかのようにして光の槍が掻き消えたのだった。
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