第6話 「リンの楽しい魔法講座」


 視線の先に見えるのは、確かに二人が今さっきまで居たはずの湖。だがそれは物理法則に抗い、グラス一杯まで注いだ水のように張り、その下に空間を作っていた。


「薄く差し込んでるのは陽の光ね」


「マジでどうなってんだ?」


「多分、魔法とか結界の類だと思うけど……ん?」


 原理不明の状況、それを解き明かすヒントがないかと周りを探そうとし、そこでリンの足に何かがあたる。


「何……っひ⁉︎」


 『それ』を見た瞬間、リンは息を詰まらせ後ずさる。


「リン? どう……」


 そして、それはあのアースでさえも同じように言葉を詰まらせた。


「これって……『人の骨』だよな……」


「……」


 いつものようにアースの馬鹿げた発想……ではない。事実、二人の足元にあるのは人骨だった。そしてリンも同じ考えであり、アースに寄り添いコクリと頷く。


 しかも、その場にある人骨はどう見ても『一人のものじゃない』。明らかに複数人、少なくとも十人以上の骨がそこには散らばっていた。


「どうして、こんな……」


「骨だけじゃないぞ、周り見てみろ」


 大量の人骨だけでも十二分に衝撃的な光景だが、その場には加えて人形、服、懐中時計、指輪、髪飾り、靴……など、どうにも嫌な想像を掻き立てるものが静かに、けれど確かにそこに存在していた。さらにもう一つ、付け加えるならば……そのどれも『血まみれ』であることだろうか。


「っ……!」


 その血塗れの人形と目が合ってしまったような気がしたリンは、背筋にゾッとしたものが走り、目を逸らしてアースの袖を掴む。


「どうなってんだ、ここは……」


 上に浮く湖が不思議、大量に散らばる人骨が不思議、周りにある血塗れの物品が不思議。そして、ここまで不思議が重なればそれは不気味になる。


「早いとこ、ここから出よう。なんか、嫌な感じがする」


「私もそうしたいけど、上の湖思ったより高いわよ。どうやって戻るか……」


「うーん……あ、あそこ道続いてるっぽいな。行ってみよう」


 壁の一部に穴が空いており、それを発見したアースはそこに向かって歩を進める。リンもそれに続くが、一度その場で振り返る。


(アースが言った嫌な感じ、それは私も感じるけど……それ以上に妙な感じがする)


 唇に手を当て心の中で思案するリン。それは自分自身でもうまく分からない、妙な感覚。


(うん……やっぱりここには強い魔力がある。それ自体は別にいいけど、おかしいのはその魔力の流れだ)


 そもそも魔力は大気中に微量に含まれており、場所によってはその強弱がある。だからリンの言う通り、ここが魔力の強い場所であることは問題ない。だが、大気中にある魔力は不安定なもので、となればそれによって形成される流れも不安定なものだが。


(ここの魔力の流れは規則的すぎる。それこそ、まるで何かを形作るように。それに何より……流れが完全には読みきれない) 


 何かを形づく流ような規則性、それ自体は読み取れても具体的にはそれがなんなのか、どこに繋がっているのか、それがリンには分からなかった。


(もちろん私の実力不足っていうのもあると思うけど……違う。ここには魔力とは明らかに違う『異質な何か』がある。それが妨害して魔力の流れが読みきれないんだ。そもそもの状態からして異質、そして私が感じ取る異質。一体、ここに何があるっていうの……)


「リン! 何ぼーっとしてんだ、早く行こう」


「あ、うん」


 思考を断ち切ってアースの方に向かうリン、そしてもう一度だけ振り返るがあ……諦めるように目を伏せその場を後にした。


           ♢♢♢♢♢


「うーん、暗いなぁ。ぼんやりとしか見えない」


「さっきはうっすらとだけど、湖を通って陽の光があったけど。こっちには何もないからね」


 先程の異質な場から続いていた道を進む二人だったが、そこは真っ暗闇で足場も悪く、まともに進むのも困難だった。


「しょうがないわね。栄流偉手リンクコール


 リンが何かの魔法を唱える。すると、リンの掌から光球が現れ、辺りを明るく照らす。


「よし、これで進めるわね」


「へぇ〜、そんなこともできるのか」


「まぁね。っと、見えたとこでいきなり分かれ道ね」


 二人が進む道は右と左、真っ二つに分かれている。


「アース、どっちがいいとと思う?」


「ふむ……左だな!」


「オッケー、じゃあ右に行きましょ」


「俺に聞いた意味は⁉︎」


「アースが選ぶ方は大抵ろくなことがないから」


「えぇ……」


 あまりな理由にアースは文句言うが、そんなこと気にしないリンは迷うことなく右の道へと進む。それに渋々ついていくアース。


「ったく……そういや、その光ってどれくらい持つんだ?」


「そうねぇ。蛙との魔獣で多少魔力は使っちゃったけど、この魔法は消費少ないしこれだけなら五時間はいけると思うわ」


「へえ、そんなに……というか、その光魔法もそうだけど、蛙に売ってた光の槍。あんな魔法使えるなんて知らなかったよ」


「ん? ああ、そういえばアースの前で使ったのは初めてだっけ」


「なあなあ! 他にも俺が知らない魔法ってあったりするのか?」


「まあ、いくつかあるけど」


 子供のように目を輝かせて聞いてくるアースに、驚きながらもなぜかちょっと得意げに返すリン。だが。


「じゃあさ! その中で一番強い、必殺技みたいな魔法ってないのか?」


「え……」


 次の質問聞いた瞬間、苦虫を噛み潰したよう顔になる。


「どうした?」


「んー、いや、私が使える中で群を抜いて強い魔法は一応あるけど……」


「おお、どんなやつだ」


「魔法としてはすごく単純よ。魔力をエネルギー砲として放つ、それだけよ」


 自身の魔法について説明するリンだが、アースはそれに微妙な反応をする。


「それが必殺技か? なんかしょぼくない」


「失礼ね! 単純だけど、威力は桁違いなのよ! それこそ、村の森で戦った熊の魔獣だったら一撃で倒せる魔法よ」


「まじか! じゃあ、なんであの時使わなかったんだ?」


「うっ……」


 いつになく鋭いアースの指摘に言葉を詰まらせるリン。明らかに何かある、というかそもそも何も問題がなければ、聞かれた時に言い淀む必要なんざないのだ。


「その……上手く出来ないのよ」


「ん? 使えないってことか?」


「いや使えはするわ。絶対に発動はするけど、上手く使えないの!」


「んー? つまり、どういうことだ?」


 いつもならアースの理解力のなさを非難する所だが、今回ばかりはリンの言葉が足りないだろう。そしてリンは観念したように息を吐き、言葉を濁すのをやめる。


「さっき言ったでしょ。魔力をエネルギー砲として撃つって」


「ああ」


「それが、なんか、どうしても、真っ直ぐじゃなくて変な方向にねじ曲がるのよ……」


「なんだそりゃ……どうして曲がるんだよ?」


「それが分かれば曲がったりしないわよ……」


 威力は高いが狙ったところに撃てない、という唯一の欠点が致命的すぎる魔法。曲がる方向も決まってないので下手すれば自分達に被害がくる可能性もあるだろう。


 つまりアースに必殺技を聞かれた時、リンが言い淀んだ理由がこれだったのだ。いや、正直これを使えると言うのか自体怪しいが……。


「それにしても……なるほど、ねじ曲がるねぇ」


「何よ……」


「いや、あれだな。その魔法リンの性格みたいだな、はは」


「喧嘩売ってんの⁉︎ 」


 青筋を浮かべて怒るリン。アースの発言は(おそらく)悪気がなく正直な感想を言っただけなのだろう……だからこそ質が悪いんだが。


「けどさぁ、熊と戦った時に一か八かでも撃ってみりゃ良かったんじゃないか? どこに曲がるか分からないなら、逆に当たる可能性もあっただろ」


「そりゃ可能性はあったけど無理よ。その魔法、馬鹿みたいに魔力を使うから一度撃ったらしばらく動けなくなるの。あの状況でそんな賭けできないわよ」


「使いづらいどころの話じゃないな……」


「くっ、まさかアースに呆れ顔をされる日が来るなんて……!」


「まあその魔法はともかく、光出せたり火出せたりで魔法自体は便利だよな。俺も魔法覚えて使ってみたいな」


 目を閉じてうんうんと一人で頷くが、リンはそれに冷ややかな視線を送る。


「アースが魔法ぅ? 無理だからやめときなさい」


「なんでだよ、俺が魔法使えればもっと戦いが楽になるだろ。ていうかリンもさ、さっきみたいな使いづらい魔法じゃなくて、もっと強い魔法バンバン覚えればいいじゃんか!」


「あのねぇ、魔法ってのはそう簡単じゃないのよ。この魔法使いたいって言って、それができたら誰も苦労しないわよ」


「ほう、詳しく聞かせてくれ。魔法覚えたいからな」


「えぇ、本気で言ってるの?」


「もちろん」


 困惑するリンに対しはっきりと答えるアース。それを胡散臭い目で見ながらも、リンはしょうがないという感じで話し始める。


「いい? まず魔法ってのは本人の素質を引き出すものなのよ」


「素質って、魔法が使えるか、使えないってことか?」


「確かに魔法自体に向いてる、向いてないってのはあるけどそれは大前提の話。私が言ってるのは使える魔法……そうね、素質っていうよりは可能性を引き出すって言った方がわかりやすいかも」


「なる、ほど?」


「……一応説明続けるけど。覚えたい魔法がある時って、その魔法について調べるのが普通なのよ。仕組み、効果的な詠唱、どんな魔法式で成り立ってるのか、ってな感じでね。でもさっきも言った通り、魔法の本質はそれを使う本人の素質、可能性よ。だから、時にはその魔法のことを知らなくても、本能的に使える魔法もあったりするわ。さっき言った私の必殺魔法だってその一つよ」


『でもその魔法使上手く使えてないじゃん』という言葉が、喉まできたがここで言ったらめんどくさくなるだろうなぁ、と思ったアースはギリギリで口をつぐむ。


「もちろん、それはその魔法と本人の素質が噛み合ってなきゃだから、誰もがそういう風にできるわけじゃないわ。もっと一般的な例を出すなら、火系統の魔法は簡単に覚えられるけど、水魔法はてんでダメとかね。この場合、その本人の素質は『火』ってことになるわ」


「へぇ〜……」


 最初は仕方なく話していたリンだが、得意な事を語っているせいかだんだんノリノリになっていく。そして、アースはそれとは対照的にどんどん理解を諦めていた。


「さらに極端なことを言うなら、簡単とされてる魔法は全然ダメなのに、難しいとされてる魔法は簡単に使えるなんてこともあるわ。それこそ、人によっちゃどんなに頑張っても覚えられない魔法もあるからね」


「よく分からんが、なんかシビアなんだな」


「まあね。って言っても、素質や可能性は本人が色んな意味で成長すれば一緒に伸びてくもんだから、使える魔法も増えてくだろうけど。そう言う意味じゃ私は将来有望ね、ただでさえ今の時点で天才なのに。困っちゃうわ」


 急な自慢をぶっ込んでくるリンだが、あながち言ってる事は間違いじゃないのだからどうしようもない。いや、ほんとどうしようもない奴ではあるんだが。


「まあ、結局はどんな魔法も本人次第よ。得意な魔法を伸ばすもよし、苦手な魔法だってよっぽどじゃなければ覚えられない事はない。『魔法はその本人の写し鏡』、これが魔法使いの間で一番言われる事らしいわ……と、まあ」


 あらかた魔法の説明が終わり一息つくリン。そして、その目をジロリと隣の人物に向け。


「いろいろ言ったけど、理解できたかしらアース君?」


「ああ、魔法って不思議なんだな!」


「分かっちゃいたけど……やっぱり魔法使うの無理よあんた」


 予想通りの結果に自分が説明した意味はなんだったのかと、ガックリと肩をおとす。


「だな! だからまあ、魔法はリンに任せるよ。俺の出来ないことはリンがやってくれ」


「それ私の負担がデカすぎると思うんだけど……」


「んなことないよ、その代わりリンが出来ないことは俺がやるからさ。そんでもってお互いが出来ないことは、一緒にやればいい! そうすれば出来ないことなんてないだろ?」


「……。ふふ、それは言い過ぎよ」


 屈託のないその発言に呆然とするリンだったが、少しだけ笑みを浮かべながらアースの前を歩く。


「でも、確かに将来はわからないわよね。魔法と同じように……ま、頑張りすぎないぐらいに頑張っていきましょうか!」


 そう言いながら振り返るリン。それに対し、アースは。


「……ん? あれ、アース……どこ?」


 反応とかそれ以前に、いつ間にか消えていた。


「え、え⁉︎ ちょ、ちょっと待ってよ! どういうこと、ついさっきまで一緒にいたのに……一瞬で消えるなんて幽霊じゃあるまい……し」


 自分で言っといて幽霊という言葉に身を震わせるリン。


「い、いやありえないわ! そうだ、さっき進んでる時に別れ道っぽいところあったし、なんなら最初のとこだってあったし。私が見てない時にそっちに行ったんでしょ!」


 アースから目を離したのは数秒で、その間に逆走して別の道行くとか不可能に近い上、いくらあのアースでもそんなわけ分からんことやらないだろうが、よっぽど今の状況に焦ってるのか冷静な判断力を失っているリン。


「ア、アース! 悪ふざけは辞めなさいよ‼︎」


 叫びながら、今まで来た道を逆走していくリン。

 そして、肝心のアースはどこに行ったかというと。


「痛ってぇ……まさか、壁にあった変なボタンを押したら床が開くとは……なんて狡猾な罠だ」


 そう、アースはちょうどリンが見失った場所の『下』に落ちていた。


「それしても落とし穴って……あの変な場所といい、どうなってんだこの洞窟は」


 ぼやきながら顔を上げるが、そこには落ちてきた穴は見えず、すでに穴は閉じているらしい。リンが穴を見つけられなかったのもそのせいか。


「おい、リン! リーン‼︎」


 声を張り上げそう呼んでみるが、逆走魔法使いはもうそこにはいないので、聞こえるはずも返事が来るはずもない。


「うーん、参ったな……ん? こっちも道続いてんのか?」


 リンの光魔法がなくなったため、今のアースにはぼんやりとしか見えてないがそれでも奥に続いてそうな道を発見する。


「手探りになるけど、行くしかないか……」


 暗闇に一人分の声を反響させながら、アースはその道へと歩みを進めた。

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