第5話 「水中対決」
突然湖に引き込まれたリンとアース。そして未だ二人を捕らえているピンク色の触手、それは二本とも目の前にいる蛙の口から出ていた。つまり、触手に見えたそれは蛙の舌。
(まずい……! ただでさえ水中でまともな戦闘なんてできないのに、おそらくあいつは水棲の魔獣。まんまと相手のフィールドに引き摺り込まれるなんて……油断し過ぎてた‼︎)
先ほどまでの穏やかな時間のせいで、未開の森ということも忘れ緩みきっていた自分を恨む。だが、いくら恨んだところで現状が変わることはない。
「ゲゲエァ‼︎」
「っ⁉︎」
蛙の魔獣は舌を捕らえている二人ごと引き戻し、その口を大きく開ける。
(このまま食おうってのか。そうは、いくか‼︎)
アースは引っ張られながらも、自分とリンを捕らえている蛙の舌に向かって剣を振るう。無論、水中で速度は大幅に制限されているが、今ままで鍛えてきた剣の腕、そして研がれたばかりの剣の切れ味で、その舌を斬り捨てることに成功する。
「ゲガッ⁉︎」
舌を斬られ呻く蛙の魔獣をよそに、リンはアースの方を向いて上を指し示す。それは、『とにかくこの水中から出るわよ』という意思。アースもそれを受け取り、二人は上へと向かう。
「「⁉︎」」
だが、その途中で何かに引っ張られる様に足を掴まれる二人。見れば、つい今さっき斬ったはずの舌が二人の足に絡みついていた。
(嘘だろ⁉︎ 斬ったはずなのに効いてない……ていうか、回復してる⁉︎)
(そういうことね……! おそらくこれがあの魔獣の特殊性。長く自在に動かせる舌、そしてその舌は攻撃を受けても瞬時に元通りになるほどの回復能力がある……水中じゃ厄介極まりない!)
危機的状況でも冷静に分析するリン。一方で考えるよりも早く行動するアースは、再び舌を斬ろうとするが、その瞬間に蛙の舌が大きく動く。
「ゲグァ!」
「ぐぶっ……!」
「うぅっ!」
水中でうまく動けないこともあり、蛙の舌によっていい様に振り回される。二人はそれに対抗するどころか息が漏れ出ない様にするので静一杯だった。
そして、蛙の舌はさらに長さを伸ばし大きくしならせ、二人を壁に叩きつけようとする。
(まずっ……‼︎)
目の前に壁が迫ってきていることに気づき目を見開くが、結局この状況では何もすることはできず……。
「がはぁ⁉︎」
「づ、ぶあ‼︎」
壁に背中を叩きつけられ、二人は口から大きく息を吐き出す。だが、それで終わりではなかった。再び蛙の舌は大きく動き、今度はリンとアースが急速に近づいていく。そして。
「ぐ、いっ⁉︎」
「づぁ……!」
ガヅゥン‼︎ と、互いの頭が猛スピードで衝突し、意識と視界が明滅する。
「ゲゲァ!」
そんな二人を見た蛙は、舌を自分の方に引き戻し今度こそ二人を食らおうと、大口を開ける。息を吐き出し、頭に強い衝撃を受けた二人はそのまま、
(アース!)
(わかってる‼︎)
であることを良しとせず、その目にはまだちゃんと闘志が残っていた。そして、リンはアースの肩をガッ! と掴み、親指で足に絡みついている蛙の舌を指さす。
アースはもはや考えるまでもなく、リンの意思を汲み取り二人の足に絡みついている舌を斬り落とす。
「ゲアッ⁉︎」
蛙の魔獣はまだ抵抗してきた二人に驚きの表情を見せるが、結局はさっきと同じこと。蛙の舌は瞬時に復活し、二人へと伸びていく……が。
(
その舌は水中で生まれた突風、すなわち水流であらぬ方向に流される。その発生源は言うまでもなくリンの魔法だった。さらにその突風の反動で蛙の魔獣から距離を取る二人
「ぐぼぁ!」
だが、先ほどの攻防で限界まで息を吹きだしてしまったリンとアース。そこにはすでに水中から出れる程の余裕もなかった。
(ぐっ……これ、もう……!)
そんな中でリンが、自分とアースの顔をグッと近づけその間に杖を構える。
(っ、ぁ……空砲、
そして心の中でそう唱えた瞬間、そこに球状の空気が生まれる。
「ぷはっ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、これ、リンのはぁ、魔法か……!」
「はぁ、はぁ、はぁ、ええ、本来は、空気を弾丸のよう、に打ち出すものだけど、その応用って感じ、はぁ、はぁ……」
本当に限界だった二人は、もはや会話が成立してるのが怪しいほどに息を切らしがらもなんとか呼吸を整えていく。
「はあ……はあ……本当ならすぐにでも地上に行きたいけど、あいつを倒さないとそれもきつそうね」
蛙の魔獣はといえば、リンが風魔法を使ったのを見て二人が水中から出ることを危惧し、すでに二人の上に陣取っていた。
「ああ。それに今回はうまくいったけど、そう何回もこうやって呼吸できる隙ができるとは思えないぞ」
「そうね。あの舌に捕まったら自由に動けない……だろうし……」
「なら、短期決戦で決めるしかないな……リン? おい、聞いてんのかリン!」
急にぼーっとし出したリンに、間近で大きく声をかける。
「え? あ、ああ、うん。聞いてるわよ。短期決戦でしょ、わかってる、うんわかってる!」
「?」
どうにも様子がおかしいリンだが、一旦それはおいとき蛙の魔獣に視線を向けるアース。蛙の方も二人が動かないのを見て、再度自分から動く姿勢を見せる。
「いくぞ、リン!」
「ええ! もうあいつを倒すまで呼吸はできないって考えといてね!」
蛙の舌が伸びてくるのと同時、二人は大きく息を吸って動き出す。まず迫ってくる舌、それをどうするかだが。
(斬ってもすぐ再生してまた掴まれるだけだ。なら……!)
アースは剣の刃ではなく面で舌を弾く。それでも一時凌ぎにしかならないが、その一瞬があれば十分だった。とん、とアースの背中にリンの手が置かれる。
(いける?)
リンの視線による問いかけ、それに対して少しの躊躇いもなく頷きが返される。
(
背中からゼロ距離で放たれる魔法。水中で起こる突風は先ほどと同じように水流となり、アースを蛙の魔獣に向けて猛スピードで押し流していく。
「グゲァ⁉︎」
(くそっ、浅い!)
一気に蛙の魔獣に近づき剣を振るったアースだったが、ここは相手のフィールド。顔を斬りつけることには成功したが、蛙の魔獣は素早く動き致命傷を避ける。
「ゲゲゲゲゲァッ‼︎」
伸ばしていた舌を戻し、怒りと恨みがこもった目でアースを睨みつける。そして、そのままアースに向かって口を開ける。
(また、あの舌で捕まえる気か!)
そう思い、構えるアースだったが……。
「ごぼぁ⁉︎」
次の瞬間、蛙の舌がアースの腹部にめり込んでいた。舌を出してくる予想は正しかった、だが今度は捕える為ではなく攻撃するため。今までとは比べ物にならないスピードで放たれた舌にアースは対応できず、せっかく吸った息の大部分を吐き出し、壁まで吹き飛ばされる。
「ぐぶっ……んん‼︎」
背中を打った衝撃でさらに息を吐き出しそうになるが、これ以上は吐き出すまいと口を押さえつける。それでも少なからず漏れ出ていく空気。その中には血も混じっていた。
「グゲゲァ‼︎」
そこに、また舌を弾丸のように射出し追撃を仕掛ける蛙の魔獣。
「っ⁉︎」
アースは背にある壁を蹴り、なんとか攻撃を避ける。標的を失った舌は壁に着弾するが、そこは岩壁であるにも関わらず大きな凹みができていた。
(受けた時にも思ったけど、なんつう威力だよ……またあれをくらったらまずいな)
すでに息の大部分を吐きだしているアース、次に同じ攻撃を喰らえばもう息は残らないだろう。それを本人も理解しており、残り少ない息で決めるため再び壁を蹴り蛙の魔獣に特攻する。
「ゲゲアッ‼︎」
(くそっ!)
だが、ここは水中。いくら身体能力が優れているアースでも、水中で本領を発揮する魔獣相手には簡単に攻撃を躱される。蛙の魔獣もその実力差を誇示するように、嫌味な笑い顔を浮かべる……だが。
「グゲェァ⁉︎」
その表情は唐突に苦しげな表情に変わる。その理由は、横合いから飛んできて、今まさに魔獣の腹に刺さっている光の槍だった。
(ちっ、貫けると思ったんだけど。この魔法も水中じゃ威力落ちるのね)
光の槍はリンから放たれたもの。アースに余裕をぶっこいていたせいでリンの存在を意識の隅に追いやっていた蛙の魔獣は、飛んでくる光の槍に気づかなかったのだ。
そして、その隙を逃すまいとアースは攻撃を仕掛けようとする。それに気づいた蛙の魔獣は弾丸のように舌を打ち出すが。
(くらってたまるか!)
「ゲァ⁉︎」
かなりの至近距離であったにも関わらず、アースは半身になることで舌の攻撃を避け切る。『もらった!』と、確信したアース……その直後だった。
「ごばぁ⁉︎」
急な衝撃を受け、残っていた息を吐き出すアース。その衝撃は間違いなく蛙の舌によるもの同じだった。
(避けたはずだろ。なんで……!)
背に視線を向けて目を見開くアース。蛙の魔獣は舌を引き戻す際に、先端をフックのような形にすることでアースの背中を強襲したのだ。
(アース‼︎)
その光景を見ていたリンは、
(
アースを助けるため再び光の槍を放つ。だが、それはリンらしくないミスだった。水中という慣れない環境、息が続くうちに倒さないといけない焦燥、それにアースに危機が重なり選択を誤った。
先ほどの攻撃で蛙の魔獣はリンのことをちゃんと警戒していた。そして、そんな魔獣のすぐそばには……動けないアースがいた。
「グゲァ‼︎」
蛙の魔獣はアースを舌で掴み、自分の盾として構える。
(ぁ……!)
そこにきてリンはようやく自分がミスしたことを気づく。
「ダメ‼︎ アース‼︎」
息を吐き出してしまうことも忘れ、水中で叫ぶリン。
目前に迫っていく光の槍、それを苦しげな目で見ていたアースは……カッと目を見開いた。すぐそこまで迫っていた光の槍に対しアースは、『木の枝』を腰から引き抜く。
(っう……!)
だがアースは光の槍を弾くわけではなく、その側面に沿うように合わせ進行方向をずらす。決して折れない木の枝だからこそできる力技。
そして、そらす先は自身の背後。そこには、アースを盾にした蛙の魔獣。
「グゲァッ……⁉︎」
木の枝によってずらされ光の槍、それは見事に魔獣の脳天に突き刺さる。それと同時に蛙の魔獣は脱力し、アースを拘束していた舌も緩んでいく。
そしてアースは、息ができない苦しい表情をしながらもリンに親指を立てた。
(…………ははは)
一瞬のうちにさまざまな感情に襲われていたリンだったが、アースが無事な姿を見て破顔する。
(って、まず! そろそろ本当に息が……ん?)
すでに全ての息を吐き出し限界だったアースは、すぐに水中から出ようとするが視界の端で何かが引っ掛かる。
それは完全に死んだ筈の蛙の魔獣……その体が発光していた。
(何……あれ?)
(分からない……けど、嫌な予感がする!)
二人が戦った蛙の魔獣、正式な名を『プロードタッグ』。この魔獣の特徴はリンが分析した通りその長く自在な舌が挙げられるが、それ以上に厄介な特性がある。それは……自身が死んだ時、この魔獣は『爆発』する。
そして魔獣の体がカッ! と一際体が強く発光した後、
ボゴォォォンッ‼︎‼︎
と、くぐもった音と共に水中が掻き回される。
「うっ……ぐ‼︎」
「っっっ……がふっ!」
元々離れていたリンと、嫌な予感に従い距離をとったアースは爆発自体に巻き込まれることはなかったが、悍ましい程に滅茶苦茶な水流に身を叩かれながら流される。その激流にまだ息を残していたリンもそれを吐き出す。
(全然、身動き取れない……! せっかく倒したのに!)
(ぐう、う……ダメだ。もう息が……‼︎)
湖全体を掻き回すほどの流れに人一人が抗える筈もなく、二人の意識は体と一緒に水底に沈む……はずだったが。
「ぷはっ! はぁ、はぁ、はあ⁉︎」
「ゲホッ、オホッ、えっ⁉︎」
突然その体を包む感触も呼吸も全てがクリアになる。だが、それに驚いたのも束の間。
「づあっ⁉︎」
「うあっ⁉︎」
二人の体は背中から硬い何かに衝突し、互いに苦しい声をあげる。
「っううう〜、はぁ、何がどうなってんだ?」
「はぁ、はぁ、息ができるってことは水中じゃないんだろうけど……」
リンとアースは激流によって湖の底へと流されていた。ならば本来、水中から出れる筈はないのだが……。
「おい、リン……」
「……実は溺れ死んでて、夢でも見てるのかしらね」
わずかな光が差し込んでくるのは上から、それを頼りに視線を上げた二人はそんな言葉をかわす。そこに見える景色は。
「なんで、『上』に湖があるんだ?」
「さあ……?」
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