第4話 「リンとアースのぐだぐだ道中」


「うーん、いい天気だ。今日は絶好の冒険日和ってやつだな」


 村を出て、だだっ広い平野を歩きながら伸びをするアース。


「冒険日和って何よ……というか、ついつい私も勢いに流されて出てきたけど、最初はどうするの?」


「どうするって?」


「勇者になるんでしょ? だったら目標とか計画とか……」


 リンは言いながら気づく、こいつにんなもんあるわけねぇわ、と。


「何言ってんだリン。勇者になる方法なんて一つだろ」


 その予想と違いアースは自信満々でそういうが、それでもリンはすでに嫌な予感がしており、答えを聞く前から顔を顰める。


「まず、魔王を倒す。そしたら勇者になる。完璧だろ!」


「あのねぇ……『まず』と『魔王』って言葉は絶対に結びつかないのよ。本当、一人で行かせなくてよかったわ……」


 のっけから飛び出すトンデモ発言に肩を落とすリン。そして、この先何度こういう思いをするのだろうと、青い空に思いを馳せるのだった。


「いきなり魔王を倒せるわけないでしょ」


「でも倒すことには変わりないだろ、つっても魔王がどこにいるのかは知らないけどさ」


「まあ、それは私も知らない……ていうか、人間で知ってるやつはいないと思うわよ」


「え、そうなの?」


「魔王がいるのは魔王城、ってのはよく言われてることだけど、その肝心な魔王城が見つかってないのよ」


 そもそもとして、魔王城にいるというのも伝説になぞらえてるだけであり、真偽の程は不明である。だがどちらにしても、敵の居場所が掴めてないのは人間側が劣勢なことの一因でもある。


「ほーん、あれだな。世界樹と似てるな。あるはずなのに見つからないってのは」


「確かにね……ってそうよ! 世界樹で思い出したけど、結局なんなの? その木の枝」


 リンがビシッと指をさすのは、アースが剣を指してるの逆側の腰。そこには、魔獣との戦いで大活躍した、壊れない木の枝があった。


「結局最後まで折れなかったし、魔獣の顔に炎打った時近くにあったのに燃えてないし、口に突っ込んでたのに汚れないし……」


 ちなみに世界樹の特徴は『折れない、斬れない、燃えない、腐らない、自浄作用』である。これはリン自身が言っていたことであり、ここまであからさまだと……。


「そりゃやっぱり、世界樹の木の枝ってことだろ!」


 あのアースでさえ、答えに辿り着く。


「ありえない!……って言いたいところだけど、流石に……うーん、でもなぁ……」


 もちろん、リンの疑念の通り世界樹だと確定したわけではないが、少なくともただの木の枝でないことは確かだ。


「まあいいじゃん! 壊れないなんてすごい強い武器だぞ」


「そこは否定しないけど、防御的な面以外は特別な効果もないただの木の枝なんだから、攻撃力はあんまりないだろうしそこは注意しないさいよ」


「ああ、わかってるよ」


 なんて言ってるがこの男、村長から剣をもらうまでは武器はこれ一つであり、さらに剣をもらうことは知らなかったので、元々はこの木の枝一本、しかも一人で旅に行こうとしていたのである。明らかにバカである。


「ま、それはもういいわ。どうせ考えたって答えはでないし。それより、どうするかだけど、とりあえず一つ隣の村に向かいましょ。あそこなら色んなところに繋がる馬車が出てるし」


 そう言って、村がある方向を指し示すリン。


「まあ、そもそもここから行けるとこなんてそこしかないんだけどね」


「あー、あの村なぁ。何度か行商人の馬車で行ったけど……歩いたらどれくらいかかるんだ」


「そうね、歩きなら……半日以上は余裕でかかるでしょうね」


「まじか……」


 聞いた方も、言った方も重々しくため息をつく。


「せめてうちの村から馬車があればよかったけど……」


「うちの村にあったのって、六十年ぐらい使い古されたボロだけだもんな」


「ええ、そしてそれも一年前に逝ったわよ」


「……うちの村ってど田舎なんだな」


「悲しいぐらいにね」


 自分たちの村の現状に悲しさを覚えながらも、二人は目的の村に向かって歩き出した。


           ♢♢♢♢♢


「ん? なんか見えてきたな」


 しばらく(すでに四時間以上)歩いたところでアースが遠くを見る。


「ああ、あれは森ね。そう考えるとまだまだ遠いわね」


「そういや途中であったな森」


 二人が出発した村と今目指している街、その中間地点にある小さな森があった。そしてそこで足を止めて、アースは何かを考える素振りを見せる。


「なあ、リン。馬車で行く時ってあの森迂回するよな」


「まあね、あの森は馬車じゃ通れないし」


「じゃあさ、あの森突っ切ればそれなりに時間短縮になるんじゃないか?」


 その言葉にハッと驚くリン。だがそれは、アースの発想に驚いたのではなく。


「アースが、まともなこと言ってる⁉︎ 大丈夫? 歩きすぎて頭おかしくなったの⁉︎」


「お前、俺をなんだと思ってんだ」


 この場合驚く方に非があるのか、驚かれる方に非があるのか……。まあこの二人の場合は両方なのだが。


「ま、まあ珍しくアースの言うことは正しいわ。私も迂回する前提で計算してたから。でも、あの森を通るのはやめときましょ」


「なんでさ」


「さっきも言った通り、あの森は馬車も通らないし、この距離を歩きで行こうなんて人もまずいないから全く開拓されてない、つまり情報がないのよ。どんなモンスターが出るか、どんな構造になってるのか……下手したら昨日みたいな魔獣が潜んでる可能性だってある。そんなの危険でしょ」


「そりゃそうかも知れなけど、俺たちこれから色んなとこ旅するんだぞ。その度に知らない、危険だ、とか言ってたら全然進まないぞ」


 アースの言葉にリンは珍しく、ムッと言葉を詰まらせる。


「それに関しては、まあ本当に一理あるわね……うーん、たまにはアースの提案に乗ってみるのもありかな……いや! この考えはダメな気がする! 私はなんのためについてきたの。いい、アースここは──」


「とし、行くぞ! 冒険だ、冒険!」


「って、聞いてないし! 行ってるし! もう、どうなっても後悔しないでよ!」


 なんだかんだ言ってアースに甘いリンは、その後を走って追って行く。

 そうして、二人は未開の森に足を踏み入れる。


「全く、何かあったらどうすんのよ」


「でも、この森ってそんなに大きいわけじゃないだろ」


「まあ……時間はかかるけど迂回できるくらいだからね。私たちがよく遊んでた森と比べれば全然ではあるわ」


「だったら一直線に進めばすぐ抜けられるだろ!」


「馬車も通れないぐらい木々が密集してる場所を真っ直ぐに進めればね……」


 こめかみを引くつかせながら言うが、森に入ってしまった以上仕方がないとアースについていく。


「まあ、最悪迷うのはいいわ。その時はこの森ごと焼き尽くすから」


「リンってたまに俺以上にバカになる時あるよな」


「大丈夫よ、私水魔法も使えるから燃やされる心配はないわ」


「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ」


「とにかく! 問題なのはモンスターとか魔獣の方よ。さっきも言ったけど、もし昨日みたいな魔獣が出たら──」


 リンがそう叫んだところで、二人の隣ある草がガサガサッ!と音を立てて揺れる。


「‼︎」


「モンスター⁉︎」


 気の緩んだ雰囲気から一転、二人は音がした方向を向き警戒する。そして、その草むらから顔を出したのは……。


「キュー」


 可愛らしいウサギだった。


「なんだ、ウサギか。びっくりしたぁ」


「んー?」


 安心で胸を撫で下ろすリンと、なぜか難しい顔をするアース。


「ふぅ、どんな怖い奴がいるのかと思ったら、こんな可愛い子もいるのね。ほら、どうしたの? こっちおいで〜」


 そう言ってリンは手招きをし、ウサギも素直に近づいてくる。そして、リンの手に鼻を近づける。


「ふふ、可愛い」


「んー?」


「さっきから何唸ってるの?」


「いや、なんかそいつ危ない感じがするんだけど」


「はあ? 何言ってるのよ、こんな可愛いのに。ねー?」


 アースの言うことを無視してリンがウサギの頭を撫でようとした瞬間だった。


「キシャアアアアアッ‼︎」


「へ?」


 突如凶暴な顔立ちになり大口を開けるウサギ。その口はリンの手を噛みちぎろうとし、


「うわっ⁉︎」


 ガチィン!と、咄嗟にリンが手を引いたから良かったものの、もしそのままだったら……。


「ほら、言ったじゃん」


「な、な……!」


 未だ衝撃が抜けきらず、まともに言葉を発せないリン。そこに今度はウサギの方から飛びかかってくる……が。


「何しさらしてくてんのじゃあ‼︎ この駄ウサギが‼︎」


 驚きはしたものの、こんなもんで怯む女じゃないリンは、飛びかかってきたウサギを杖で殴り飛ばす。魔法使いとは?


「キュウ……」


「ふん。何よ凶暴な顔して弱いじゃない」


 リンに殴り飛ばされたウサギはその一撃でダウンしてしまう。だが、それと同時にまたも草むらからウサギが飛び出してくる。しかも今度は二匹。


「何、仲間がいたの?」


 ところが、出てくるウサギはそれだけでは止まらず……五匹、十匹、十五匹、二十匹とどんどん増えていく。


「は、ちょ、流石に多すぎでしょ⁉︎ こんなの相手してられないわよ!」


 その多さに、回れ右して逃げ出そうとするが、


「キュー」「キュー」「シャア!」「シャア!」「シュウ!」「メェン!」「ボウッ!」「ハッ!」「カッ!」


 と、反対側にも大量のウサギがおり、逃げ道を塞がれる。


「う、うわ……」


「ははは、多いな! こりゃやるしかないだろ」


「ああ、もう! めんどくさいわね!」


 〜数分後〜


「はぁ……はぁ……数が、多いのよ‼︎」


 なんとか全てのウサギを倒した二人。傷こそあまりないが、それとは釣り合わないくらい疲れていた。


「単体はそれこそ木の枝で倒せるくらい弱かったけどなぁ……」


「単に疲れただけだわ……やっぱりロクじゃないわね森なんて! さっさと抜けましょ!」


「おう」


 そう言って足を踏み出そうとする二人だが、同時にその足は止まる。そしてお互い顔を見合わせ。


「ねぇ、どっちから来たっけ」


「なあ、どっちから来たっけ」


 大量のウサギと戦った結果、二人は完全に方向感覚を失っていた。


「っ……あ、ああ、ああああああ‼︎ いきなり迷ったあああああ‼︎」


 頭を抱え大声で叫ぶリン。一方アースは呑気なもんで。


「こうなったら仕方ねぇよ。適当に行こうぜ」


「なんでそんな軽いのよ! 小さいとはいえ森で遭難してる様なもんなんだけど⁉︎」


「まあ、どうにかなるだろ!」


「私もアースみたいにお気楽な脳が欲しかったわ……」


 こうして旅についてきたことを早々に後悔し始めるリンだった。


           ♢♢♢♢♢


「あ。ねぇ、あれ見てアース」


「ん?」


 仕方なく森を適当に練り歩いていたアースと(なんとか落ち着きを取り戻した)リン。そんな中で、リンがあるものを見つける。


「おお、湖だ」


 二人の眼前には大きな湖があった。それは光を反射してキラキラと輝き、どこか幻想的な雰囲気を作り上げている。


「あぁ……なんか癒されるわ。ちょうどいいし、ここで休憩していきましょ」


 ここまで色んな意味で疲労困憊だったリンは、湖のほとりに腰を下ろす。そして、ぐーっと伸びをする。


「ん〜、綺麗な景色を見てると、ささくれ立ってた心に沁みてくるわぁ」


「なんかばーさんみたいだな」


「ふふふ、素敵な褒め言葉ありがとお」


「イダダダ、頬を引っ張るな」


 綺麗な景色も意味を成さず、早速心をささくれ立たせるリン。ともあれ、その後は休憩という言葉通りアースは大の字に寝て、リンはぼーっと湖を見ながら穏やかな時間が過ぎていく。


「思ったんだけど……」


「ん?」


 ぼーっとしながら、不意に口を開くリン。


「やっぱり仲間が必要だと思うのよねぇ」


「ふむ……」


 仲間という言葉に興味を持ったのか、アースは上体を起こして話を聞く体勢になる。


「これから何があるか分からないし、正直今の私たちの戦力じゃ不安が残るわ。それこそさっきのウサギみたいに、単体は弱いけど数多い戦闘なら仲間がいた方が個々の負担は減るわけだし」


「うん、確かに魔王を倒すならもうちょい仲間は欲しいよな」


「でしょ? まあ、魔王を倒すどうのってのはともかく、仲間はいた方がいいわよね。勇者ごっこになぞらえるなら前衛がもう一人、回復兼サポート役が一人ってところかな」


「でもそうなると前衛が三人になってバランス悪くないか」


「ちょっと待て。何さらっと私を前衛に数えてんの⁉︎ 私魔法使いで後衛なんだけど!」


「いや、リンなら前衛でもやってけるだろ」


「私みたいなか弱い女の子が前衛をできるわけないでしょ。全く何言ってんだか……」


 ウサギを殴り飛ばす魔法使いが前衛か後衛かは置いとくとしても、リンの言うとおり仲間がいた方がいいのは確かではある。ただ、問題があるとすれば……。


「まあ、勇者を目指すなんていう馬鹿げた旅について来てくれる人がいればいいけどね」


「そんな難しいことなのか?」


「当たり前よ」


 別にアース以外にも勇者を目指そうとする人は存在する。だが、その誰もが理解をされないのが多数だ。それほどまでに勇者というのは特別な存在、つまり『成る』ものではなく『在る』ものとして、世間では認識されている。ましてや目指す本人が勇者嫌いなんて前代未聞だろう。


「普通、自分の力を活かそうって考える人は、冒険者とか騎士とか教会に属すものだからね。それを目指さず、かつ勇者を目指すに旅ついてこれる人を探すなんてそう簡単じゃないわよ。それこそ、私みたいに元の知り合いじゃないなら尚更」


「なるほどなぁ」


「本当にわかってる……? ま、とりあえず探さない事には始まらないし、さっさと大きい街でも目指しましょ」


 そう言って立ち上がるリン。休憩は終わりにして歩き始め、アースも立ち上がりその隣へと追いつく。それと同時にリンの肩がトントン、と叩かれる。


「ん、何?」


「え?」


「だから何よ?」


「何って何が?」


「いや、今私の肩叩いたでしょ」


「? そんな事してないぞ」


「嘘、だって確かに……」


 言いながら自分の肩を触るリン。だが、その妙な感触に言葉を止めてしまう。妙な感触というのも、何かヌチャッとしたような気持ち悪い感触で、リンは顔を顰めながら自分の手を見る。


「何、これ?」


 手……正しくは肩に付着していたのは透明で粘着質な液体。詳しくいうならば、それは唾液を思わせる様なものだった。


「おい、リン!」


 自分の手についた液体に気持ち悪い視線を向けるリンだったが、いつの間にか振り返っっていたアースに呼ばれ、自身も振り返る。そこには先程までぼーっと見ていた湖……からピンク色の触手のようなものが迫って来ていた。


「な、何⁉︎ ちょ、きゃあ!」


 その触手の様なものは、リンの体に巻き付くとそのまま湖の中に引き摺り込もうとする。


「こいつっ!」


 それに対し、アースはすぐに剣を抜こうとするが、それよりも早く湖からもう一歩の触手が出てきて腕を掴まれる。


「なっ、もう一本⁉ うおっ!」


 結局、リンもアースも咄嗟のことに対応できず触手に引っ張られ、湖の中へと引きずり込まれる。


「うっ……ん!」


「ぐうっ……!」


 急激な環境の変化、全身を包み動きを制限するような水中。息ができない状況でありながらまともに呼吸を整える時間もなかった二人は、すでに苦しい表情を浮かべている。そして、目の前には二人を湖へ引き込んだ元凶がいた。


 ギョロリとした忌避感さえ覚える眼球、ヌメリとして見える体膚。それは、人間程の大きさを持つ蛙の魔獣だった。

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