第3話 「旅立ちはこのように」
「ぐおっ!」
「アース⁉︎」
二人は、距離を取りつつなんとか魔獣との攻防を続けていた。
だが、そもそもの強さでは絶対に勝ち目がない相手。その奮戦も長くは続かない。
「ちょっと大丈夫?」
「っ、はあ……はあ……大丈夫だ!」
そう声を上げるが、アースもリンも先ほどより傷が増え、劣勢なのは目に見えて明らかだ。
「せめて核が分かれば……」
「核?」
「魔獣ってのは必ず体のどこかに核がるの。それが砕ければどんなに強い魔獣だろうと一瞬で塵のように消えるのよ」
「なるほど。で、それどこにあるんだ?」
「わかったら苦労しないわよ!
言いながらリンは魔獣に向かって魔法っを放つ。
「ガアアアァッ‼︎」
だが、魔獣はその魔法をいとも簡単に片腕で弾き飛ばす。
(まずい、魔法の威力が弱くなってる。今のところなんとかやれてるけど、このままじゃジリ貧だわ。私の魔力もアースの体力も限界が近い……それに、逃げるにしてもさっきからどんどん村から遠ざかってる!)
心の中で状況を分析するリン。その結果はどう見ても絶望的だ。どんどん消耗していく二人、魔獣のせいで上手く村の方に逃げられず、そもそも村に逃げても魔獣がついてきたら対抗できる戦力もないので逆に被害が大きくなる可能性がある。
「どこかで仕掛けないと、このままじゃやられるだけだ……」
「おい、リン‼︎」
「えっ、あ!」
つい考え込み足を止めてしまったリン。それを見逃さなかった魔獣はリンに向かっていた。
「待っ、ぐっ……!」
アースは助けにいこうとするが、流石に無理がたたり動きが止まってしまう。
「グルアアアッ‼︎」
横薙ぎに振るわれる腕。それを前にリンは杖を地面に突き立てる。
「
「! グルアアアアアァッ‼︎」
そう唱えた瞬間、リンの前に土の壁がせり出してくる。魔獣はそれに一瞬目を見開くが、関係ないとばかりに大きく吠えそのまま腕を振るう。
そうして魔獣の剛腕で砕かれる土壁。その衝撃は土壁の後ろにいたリンごと吹き飛ばす。
「この、馬鹿力が……!」
吹き飛ばされながら悪態をつくリン。幸い大きなダメージはないようだが、それよりも問題は吹き飛ばされた先にあるものだ。
リンが吹き飛ばされる先、それは崖だった。このままいけば崖から真っ逆さまに落ちていくだろう……が。
「リンッ‼︎」
アースはなんとか飛んでいくリンの腕を掴み、自分の方に抱き寄せる。そして、木の枝をストッパー代わりに使い、崖から落ちる前に止まろうとする。
「ぐうう……! はぁ……はぁ……危ねぇ」
ガッ、ガリガリッ! と地面を抉る音を立てる木の枝。その甲斐あってか落ちる直前で二人の体は止まる。
「大丈夫か、リン?」
「え⁉︎ あ……う、うん! 大丈夫、うん大丈夫!」
「それにしても本当危なかったな……」
すぐに立ち上がるリンと崖下を見るアース。実際アースの肩は崖から出ており、後少しでも止まるのが遅かったら無事では済まなかっただろう。
「ん? あれって……!」
と、崖下を見たアースは目を見張る。そこに『ある物』を見つけたからだ。
「そうか、ここ……」
「アース! くるわよ!」
「⁉︎」
崖下を見ていたアースだが、リンの声に振り返ると魔獣がこちらに突っ込んできていた。
「ガルアアアアッ!」
「っ……!」
二人はギリギリで横に飛び、直撃を避ける。その直後、先ほどまで二人のいた場所が魔獣の腕によて炸裂する。
「もう、本当しつこいわね‼︎」
「グルルルゥゥ……!」
崖の間際で二人と魔獣は睨み合う。そこでアースは再び崖下に目をやる。
「リン! 一瞬でいい。あいつの視界を塞げるか?」
「え……まあ、二、三秒ならいけると思うけど」
「なら俺が『今だ』って言ったら、それやってくれ」
「うん、それはいいけど……」
了承しながらも、アースの考えが分からず困惑するリン。そして、それと同時に魔獣が再び二人へと向かっていく。
「グルガアアアアァァ‼︎」
「…………今だ!」
向かってくる魔獣から敢えて動かず静観し、距離が二メートル程に近づいたところでアースの声が飛ぶ。
「
魔獣に杖を向けてそう叫ぶリン。すると、魔獣の前に先ほど同じように土の壁がせり出してくれる。違いがあるとすれば今度はそれが二つ重なっていることだろう。
「リン、もう一つ頼みたいことが──」
「え?」
「グルアアアアアッッ‼︎」
魔獣の前に立ちはだかる土壁。二つ重なってるとはいえ、それは先ほどと同じもの。魔獣は動揺することもなく連撃で破壊し、
「グア?」
そこで少しだけ速度が緩んだ。
理由は単純。魔獣の視界の先には……リンしかいなかった。先ほどまで確かに一緒にいたアースが消えていた。それに違和感を感じ、自然と速度が緩んでしまった。そして、そんな魔獣に突如として影が堕ちる。すぐ上に顔を向ける、そこには。
「これでいいんでしょ?」
「ああ!」
魔獣に影を落としたのは他でもないアースだった。
アースは魔獣の視界が塞がれている間に、リンが使った
「これ、くれてやるよ‼︎」
そう言って、上空から魔獣に向かって木の枝を投擲するアース。突然な上からの攻撃、また土壁を壊すのに両手を使ってしまった魔獣は、それを防げないかと思われたが。
「グアァルッ‼︎」
口を大きく開け、木の枝を噛んで受け止める。その際にさらに強く噛み砕こうとするが、やはり木の枝が砕けることはない。
「止められた⁉︎」
「いや、これでいい! そのまま歯食いしばっとけよ‼︎」
攻撃は失敗したように見えたが、アースは落下していきながら魔獣が咥えている木の枝を思い切り蹴り付ける。
「グ……ア、アッガアアアッ⁉︎」
歯より硬い木の枝。それを強く噛んだまま蹴り付けられ、魔獣の歯が何本か砕けて口から血を流す。
「まだ、だあああ‼︎」
だが、それでは終わらない。アースは着地した直後、またすぐに飛び上がり木の枝を掴んでさらに魔獣の口奥に押し込もうとする。
「グルルガアッ……ア⁉︎」
歯が砕け、木の枝を噛みとどめられない魔獣は後ろに下がり回避しようとするが、突如その体は浮遊感に襲われる。
そもそも先ほどまで戦っていた場所は崖の間際だった。そこで不用意に後ろに下がった魔獣。となればその先は……。
「仲良く一緒に落ちようぜ‼︎」
「グルアアアアアッ⁉︎」
お互いそう叫び、アースと魔獣は崖下へと落ちていく。
「ちょ、アース⁉︎」
その行動に驚きを隠せないリン。
「え……⁉︎」
そしてアースを目で追った結果、自然と崖下にも目がいき、そこで先刻のアースと同じように目を見張る。先ほどまで魔獣に集中していて気が付かなかったが、崖下を見て初めて気づく。そこにあったのは……。
「あれって、『夢幻の洞』⁉︎」
崖下にあったのは、リンとアースが昼間漁っていたガラクタを吐き出す虹色のモヤがかかった穴。つまり、リンとアースが逃げながら戦ってる間に、意図せずともそこの上に来ていたのだ。
『夢幻の洞』に向かって落ちていくアースと魔獣。『夢幻の洞』は一説によれば、中に入ったものが無事に出てきたことはないと言われるもの。
「まさか、アース……魔獣をあの中に⁉︎」
「大人しく、してろ‼︎」
「グルルァ……」
魔獣の体毛をつかみながら、口の奥に木の枝を突き立てなんとか動きを封じるアース。そうすることで魔獣が体勢を変えさせず、『夢幻の洞』に落とそうとする。
リンに視界を塞ぐタイミングを指示したのも、魔獣が『夢幻の洞』に堕ちるラインを予測してのことだった。
「……ガァ‼︎」
「⁉︎」
だが魔獣は落下しながらも右腕を上げ、その爪でアースを貫こうとする。アースにそれを防ぐ術はない……が。
「
「グアッ⁉︎」
その腕は、風魔法を使い急降下してきたリンが杖で叩き伏せる。それからすぐにリンは杖を魔獣の顔に向ける。
「
「グオオオアアァッ⁉︎」
放たれる青い炎は魔獣の顔に直撃し、その動きを封じる。そして、さらにそこからアースの腕を掴む。
「アースこっち‼︎」
「えっ、うわ⁉︎」
魔獣の腹を蹴り、『夢幻の洞』に落ちる軌道から脱出する二人。一方で魔獣は青い炎の影響で対応が遅れそ、のまま『夢幻の洞』に吸い込まれていく。
「グオオオオオアアアアアアアアァァァッッ⁉︎⁉︎」
だが、危機的状況は終わらない。結局のところ崖の上から落ちてきた二人。地面はすぐそこに迫っておりこのままでは激突する。
「っ、アースちゃんと捕まって!」
「わかった、頼む!」
「
リンがそう唱え、地面に向けて放たれる突風。それによって二人の体も一瞬浮き、落下の速度が殺される。
「ぐっ、うああ‼︎」
「きゃああ⁉︎」
ただ、それでも完全に勢いは殺しきれず、強い衝撃に体を打って転がっていく。
「つぅ……! あいつは⁉︎」
地面に体を打った衝撃でうずくまっていたアースだが、その痛みを無視して『夢幻の洞』に目を向ける。
「…………」
「…………」
しばらく静観していた二人だが、魔獣が出てくることはない。そして、そこで……。
「……あ」
「閉じるわね」
『夢幻の洞』は一瞬だけ強く輝き、だんだんと小さくなっていく。そして、それと同時に周りにあったガラクタも消えていく。そうして、『夢幻の洞』が閉じ切るのを見守った二人。
そもそも『夢幻の洞』に入った時点で出てくる可能性はほぼなかったが、それが閉じたことで今度こそ出て来れる可能性は無くなった。つまり……。
「な、なんとかなった〜〜〜〜!」
そう言いながら安堵の顔を浮かべ、ぺたんと座り込むリン。
「いやーはははは! 参った参った、あいつ強ぇんだもんなぁ」
「あんたねぇ……よくそんなヘラヘラしてられるわね! 本当に危なかったのよ、特に最後とかメチャクチャしすぎよ」
「あー、確かにな。あれもう少し遅かったら『夢幻の洞』が閉じて、あいつ押し込めなかったよな」
「そこじゃない! 崖からいきなり飛び降りるのもそうだけど、あれ下手したらあんたも『夢幻の洞』に飲み込まれてたかもしれないのよ⁉︎ わかってる?」
「いや、俺だって『夢幻の洞』飲まれる前に脱出する気だったぞ」
「それこそ、最後私が助けなければあの魔獣の爪でぶっ刺されてたでしょ」
「でも結果的に上手くいったじゃん」
「だから、それは私が咄嗟に動けたからで、そうじゃなかったら──」
「ああ、だからさ……」
アースはリンをまっすぐ見て、笑顔で澱みなく言い放つ。
「リンが助けてくれたから上手くいったじゃん」
要は、そういうことだった。アースは最初から、リンが助けてくれることを信じその作戦をを決行したのだ。
そんなことを言われたらリンも黙るしかなく、少しだけ眼を逸らし頬をかく。
「……もう。状況が逼迫してたのはわかるけど、何か考えがあるならちょっとぐらい言ってよね。あんたってほんと無茶ばっかりするから、今日だって何度驚かされたことか……そもそも── 」
と、一度は黙ったもののリンの小言は止まらない。それをしばらくの間じっと聴いていたアースだが。
「はは、ありがとなリン」
唐突にそんなことを言う。
「は、はあ? ありがとうって……何が?」
まさか小言を言ってる自分にお礼の言葉くるなんて思わず、目を丸くして驚くリン。
「だってさっきから色々言ってくるけどさ……俺のこと心配してくれてるんだろ?」
「なっ……⁉︎」
「普段はとんでもないこと言ったり、どうしようもなかったりするけど、やっぱりいいやつだよリンは」
「そんななわけないでしょ! 私は……」
一切の屈託もない笑顔で言い切るアースに対して、リンは否定の言葉を口にするが、それは途中で止まる。そして、少しだけ眼を右往左往させてから、諦めたようにしてボソッと呟く。
「そうよ……」
自分で言っておきながら納得いかないような表情をするリン。
「もう見てるこっちはいつも気が気じゃないんだから……あんまり、心配させないでよ」
頬を赤らめ、横目でアースを見ながらそう言葉にする。それに対しアースは、
「いや、まあ無茶具合で言ったらあんまリンも変わらないと思うけど」
そんな身も蓋もないことを言い放つ。
「っ〜〜〜! 私はそんな無茶してない! してるとしても、ちゃんと考えがあってのことよ! アースみたいに考えなしにやってるわけじゃないから!」
「そんなことねぇよ、俺だって色々考えてだな──」
「いーや、な訳ないわ。あんたは──」
そんなこんなで結局いつも通りの言い合いに戻る二人。だがそれは、先ほどまでの苛烈な戦いが完全に終わったことを示すものでもあるのだろう。
〜三十分後〜
それにしたってもうちょい短い時間で収まらなかったのか? と思うよう時間言い合いをしてようやく落ち着く二人。
「はあ、もういいわ。流石に今日は疲れたし、さっさと帰りましょ……もう完全に夜になっちゃてるしてるし」
やろうと思えば、三十分前に帰ることができたはずだが、まあその時点で夜にはなっていたので大して変わらない……と思う。
「あぁ、流石にこの時間だと帰ったらお母さんに叱れるなぁ。傷だらけだし」
「まあ、まさかあんな魔獣と戦うことになるとは夢にも思わんからな」
「そうね……あいつこの森に出たこと自体は不幸だけど、今日倒すことができたのは良かったかもね。もし放っておいたら村を襲いにきてたかもしれないし」
本来、この森に住むモンスターは村を襲うほどの力はなく、子供がわざわざ森に入ってきたりしなければ自分たちから攻撃を仕掛けることはない。
だが、あの魔獣の力なら臆することなく村を襲いにきただろう。そして、もしそうなっていたら……。
「そうだな……なあ、もしあいつが村を襲いにきたらどうなってたかな?」
不意に足を止め、そう尋ねるアース。
「……間違いなく、村は全壊。死傷者もたくさん出たでしょうね。正直今の村にあの魔獣に対抗できるほどの戦力はないだろうし」
「やっぱり……だよな」
「私たちだって『夢幻の洞』がなければどうなってたか……そうじゃなくても殺されかけたしね。木に抑えつられた時は本当にもうダメだと思ったわ。あの時アースが助けてくれなきゃ……」
言葉こそ続けないが、その先を想像して一瞬身を震わすリン。
「助ける……か。それに村も……」
アースは自身のそう呟きながら拳を握る。
そして、少し目を閉じてから何か意を決したように目をひらく。
「リン、決めたことがるんだ」
「?」
アースの口から放たれる言葉、それは──
「俺は……『勇者』になる!」
♢♢♢♢♢
魔獣との戦いから数日が経ったある日、村の広場には人だかりができていた。そして、その中心にいる人物はアースだった。
「なぁ、本当に行くのかアース」
「ああ、何度も言ったろ。もう決めたんだって」
もちろんアースの周りに人だかりができているのは理由がある。
「それにしてもよくわかんねぇな。アースって勇者ごっこ嫌いなくせに、『勇者』になるだなんてさ」
「ははは、まあ色々あるんだよ」
森でアースが言った、勇者になるという言葉。それは嘘でも冗談でもなく、アースはこの村を離れ、勇者になるため旅に出ることを決めていた。
そして、今日がその旅立ちの日でありみんながその見送りに来ていたのだ。
「アース」
「あ、村長」
「正直、お前を旅に出すのは心配で仕方がないが、どうせ言っても聞かぬのだろう?」
「ああ、止められても行くよ」
「であろうな。ならば、これを持ってゆけ」
そう言って村長が取り出したのは一振りの剣だった。
「これって、もしかして……」
「ああ、お前の父が使っていた剣だ」
「……そっか」
「これはいわば形見だ、本来ならすぐにでもアースに渡すべきだったんだろうが、これはあの魔族と戦った時に使っていた剣でもある。そう考えるとどうも渡すのが躊躇われてな」
実際、両親を亡くした時のアースは若干不安定であり、その時にこの剣を渡すのは正解だったかどうかは怪しいところがあっただろう。
「だが、旅に行くならばこれは渡すべきだと判断した。刃も研いである、持っていきなさい」
「ああ、ありがとう。村長」
アースはもらった剣を腰に差し、よしと拳を握る。
「そんじゃあ、行くか!……と思ったけど、今日に限ってリンはいないんだな」
広場にはほぼ全ての村人が集まっているが、そこにリンの姿はなかった。
「ああ、リンなら門の前で待ってるわよ」
と、そう言ったのはリンの母親だった。
「門の前? なんでわざわざ、ここで見送ってくれりゃいいのに」
「ふふふ、あのこにも色々事情があるみたいでね」
「まあいいや。どうせこの村を出るには門を通るんだし。よし、じゃあ皆、行って来るよ‼︎」
アースはそう言って、大きく手を振りかけ出していく。
その背中に様々な声がかかる中。
「ふぅ、本当に大丈夫だろうか……うちの娘は」
そう呟いたのはリンの父親だった。
「ま、仕方ないわよ。あの子もあの子で言い出したら聞かないし」
言葉とは裏腹にどこか優しげな顔を浮かべるリンの母親。そして、彼女は駆けていくアースの背中を見つめ、
「あの子をよろしくね、アース君」
♢♢♢♢♢
「あ、いたいた」
広場から駆け出し、村の門までたどり着くアース。そこには聞いた通り、リンの姿があった。
「よっ!」
「……」
「どうした?」
「いや、別に……本当に行くのね」
「リンもか、それさっきも言われたよ」
「そりゃそうでしょ、勇者になるだなんて。私も最初聞いた時は冗談だと思ったもん」
♢♢♢♢♢
「俺は……『勇者』になる!」
「………………………………………は?」
アースの言葉にたっぷりと時間とってから、返答できたのはそれだけだった。それほどまでにリンは言葉の意味を理解するのに苦労したのだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って⁉︎ 勇者ってあの勇者⁉︎」
「あの勇者がどの勇者を指してるか知らんけど、勇者って言ったらあの勇者しかいなくないか?」
「ややっこしいわね⁉︎ とにかく私が思ってるやつでいいのね? だったらやっぱり理解できないんだけど! いきなりそんなこと言い出すのはもちろんだけど、何より……」
普通の子供が言うならばいざ知らず、アースが『勇者』になると言うのは確かに理解できないことがある。それは何か、もちろん決まっている。
「あんた、『勇者』のこと嫌いでしょ?」
アースの両親が殺された際、行き場をなくしたアースの思いは『勇者伝説』ひいてはその本人に向けられた。
ならばなぜ、その勇者になろうとするのか。
「ああ、今でも全然『勇者』もその伝説も嫌いだね。あんなの馬鹿馬鹿しい話だよ」
「じゃあなんで……?」
「リン言ってたよな、モンスターや魔獣の凶暴化で色んな被害が出てるって。そうじゃなくても五年前から魔族のせいで色んな場所が襲われてるのは俺だって知ってる」
「……」
五年前。そうそれは他でもない、アースたちの村だって襲われた。
「正直、詳しいことはよくわからないけど、今ってかなりまずい状況なんだろ?」
「そうね……人間側の勝利が絶望的って言われるくらいには……」
「なら、やっぱりおかしいだろ!」
「おかしい?」
「ああ! なんでこの状況になってまだ……みんな『勇者』を信じてるんだ⁉︎」
アースのいう通り、今まさに魔族によって滅ぼされかけているのに多くの人間は『勇者』が助けてくれると信じて疑っていなかった。それは『勇者伝説』が深く根付きすぎた弊害とも言えるほどに。
「別に信じることを悪いとまでは言わないけど、今のままじゃそうやって信じて信じて信じ続けて、結局何にもなく魔族に殺される。そんなの……そんなの『勇者伝説』以上に馬鹿馬鹿しい‼︎」
「アース……」
「願って待ってても『勇者』なんてこない。真実はどうか知らないけど、少なくとも俺はそう思ってる。だから……」
アースはこれ以上ないというほどに拳を強く握り、真っ向からリンを見据える。
「待ってても来ないなら……俺が『勇者』になる‼︎ そんでこの馬鹿馬鹿しい状況にケリをつける!」
「…………」
アースの力強い言葉にリンは言葉を失うが、少ししてから。
「ふ、ふふふ。あは、あははははははは‼︎」
突然、大きく笑い出す。
「なんだよ?」
「だって、結構言ってる事めちゃくちゃじゃない。勇者はいないと思ってるのに、自分が勇者になるって、あははは!」
「うるせーな、なるって言ったらなるんだよ!」
「あはははは。もう、馬鹿馬鹿しいのはどっちよ……うん、でも」
リンはひとしきり笑ってから、今までとは違う笑みでアースを見る。
「アース、あなたらしい理由だわ」
♢♢♢♢♢
「ほんっと、『勇者』になるだなんて、無茶言うわよね」
「だから無茶じゃないって……ていうかさ、なんでリンは門の前で待ってたんだ?」
「ああ、それね。まあ、ちょっとあんたに言いたいことがあってね。それがなんとなく大勢の前で言うのはなぁって思って」
「なんだそれ?」
「まあ、何。さっきも言ったし、昨日も散々言ったと思うけど、アースって無茶なことばっかりするでしょ」
「またそれか」
「それこそ旅に出た瞬間、昨日みたいに無茶な戦いしてあっさりやられるんじゃないか、とか思ったりもしたのよ」
「お前なぁ……これから旅を始めるっていうのに」
「だからまあ、なんていうか……そんな心配しながら待ってるのもこっちがやだし、なんかそれなりに長い付き合いなわけだし……」
さっきまでの強い口調とは一転して、急に自信なさげに話し始めるリン。しばらく、口をモニョモニョさせながら黙っていたが、意を決して口をひらく。
「だから、その……とにかく! あんたを手伝ってあげるってことよ……」
「ん? それって、俺と一緒に来るってことか?」
「まあ、端的に言えば……そうね」
そっぽを向きながら言うリン。一方その意味を正しく理解したアースは、
「なんだよ! それなら早くそう言ってくれりゃよかったのに‼︎」
そう言って、ガッ!とリンに向かって肩を組む。
「わっ! ちょ……⁉︎」
「ちょうど仲間は欲しいと思ってたんだよ! それがリンなら文句なしだ‼︎」
「っ……言っとくけど、私はアースが『勇者』になれるとは思ってないからね……けど、アースが行けるとこまではついていってあげる」
「なら、俺が勇者になるまでついてくることになるな!」
「はぁ、そうはならないと思うけど。ほんと前向きね、馬鹿馬鹿しいほどに……」
そうして、アースは村の出口へ走っていき、
「よし! じゃあ行こうぜ……リン‼︎」
「ええ!」
二人は村の外へ、偉大な冒険の一歩を踏み出した──。
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