第1話 「アースとリン」
「覚悟しろ! ここで決着をつける!」
「ええ、あなたの企みもここまでよ!」
「観念するんだな、もう逃げ場はないぞ」
「支援は任せてください。皆さんのこと信じてますから!」
口々に言の葉を紡ぐ四人の戦士たち、その刃の向く先は暗黒の
すなわち魔王に向けられている。
「ふん……くだらん! お前らを、全てを捻り潰してくれよう!」
「こい! 俺たちは決して負けない!!」
ぶつかり合う光と闇、交わることのない対極の行く末は──。
「じゃんけんぽん! やった、じゃあ次は私が勇者役ね!」
「ちぇ、俺は魔王役かよ」
「いいだろ、さっきまで勇者役だったんだし。俺も次は勇者やりたいなー」
と、まあこんな具合に……。
王都からも遠く離れた片田舎の小さな村、そこで子供たちは今日も勇者ごっこで遊んでいた。
様々な伝承で語られる存在。そのどれもが華々しく美しいもので、大人ですら勇者に焦がれる事は少なくない。子供なら尚のこと憧れ、真似をするのも不思議ではない……のだが。
「お前ら毎日それやってよく飽きないなー」
全員が全員、そうだとも限らない。
「おー、なんだ『アース』来てたのか」
勇者ごっこをしていた集団から、少し離れたところで遠巻きに見ていた少年……アースはつまんなそうな顔でぼやく。
「もっと別のことで遊ばないのか」
「だって勇者ごっこが一番楽しいし、勇者かっこいいもんなー」
「うん! アースも今日こそやってみる?」
「いや、いい」
誘いの言葉をきっぱり切り捨てて、アースは歩き出す。
「本当にいいのかー?」
「ああ。悪いけど俺はやりたくないから、魔王役も……勇者役も」
そう言って、振り返ることもなくアースはどこかへ行ってしまう。
♢♢♢♢♢
「うーん、どうしようかなー」
特に当てもなく歩いていたアースは、村の西端にある小川が流れる草原にやってきていた。
かといって、ここでやることがあるわけでもないので何となく小川を眺めてみるが……。
「はぁ、暇だ……」
それで何か起きるわけもなく、後ろに倒れ込み草原で大の字になるアース。視界に広がる空は綺麗で、そのままこれからどうしようか思案する。
「いや、もう面倒くさいな。寝るか」
結果、何よりも先に睡魔が襲ってきて目を閉じるものぐさ少年。
そうして、段々と意識が沈み始め完全に途切れる……寸前。
バシャ!
「ぷあっ! なんだ!? 鼻が痛、水!?」
アースは突然顔に水をかけられ、さらにそれが鼻に入った痛みで目を覚ます。そしてガバッと起き上がり、顔を手で拭いながら辺りを見回す。
川が近いとはいえ水が一人でに顔にかかることはありえない。だとすれば、それは誰かがやったに違いなく……。
「あっはっはっ! おはよう、アース! 寝覚めの機嫌はいかがかしら?」
「やっぱりお前か……『リン』」
アースのそばに居た(つまり水をかけた犯人だが)のは、リンという少女。
肩より少し短く青い髪を若干雑に流しながらも左側をサイドテールでまとめ、顔には年相応のあどけなさを残しつつも、今は少し意地の悪い笑みをアースにむけている。
「最悪だよ! なんでいきなり水かけたんだ!?」
「いやぁ、アースが気持ち良さげに寝てるの見たらなんかムカついたから」
「悪魔かお前は……」
「あはは、冗談よ。本当は良い寝覚めを提供してあげようと思っただけよ。ほら朝起きて顔洗うとスッキリするでしょ? それと同じよ」
「寝てる時にしても逆効果だバカ! ていうか、寝覚めは最悪だって今さっき言っただろ」
「ふむ……たぶん聞いてなかったわそれ」
なんて言いながらカラカラと笑うリンに対して、アースは大きくため息をつく。そして、それと同時にん?と首をひねる。
「そういえばお前、『明日は一日、畑仕事を手伝えってお母さんに言われたのよ。憂鬱だわ……』とか昨日言ってたよな。 何でここにいんだ?」
「ああ、そんなの面倒くさいから隙を見て逃げ出してきたわ。私の反逆精神を甘く見ちゃいかんのだよ」
またも悪い笑みを浮かべながらダブルピースをしてそんな事を言い放つリン。
さっきからのやり取りを見てれば分かると思うがこのリンという少女、中々に性格がアレである。
そのくせいざ付き合ってみると、何となく憎めず結果としてあまりみんなから嫌われていない不思議な存在になっている。
「まあ、昨日聞いた時からまともに手伝うわけないと思ってたけどさ」
「まあね。どうせお母さんもこうなるって分かってただろうし、大丈夫よ」
大丈夫……なわけないが、んなこといちいち気にしないのがリンという人間をよく表している。というか、気にするようだったらこんな性格になっちゃいないのだ。
「それより、アースこそ何でこんな村の端っこで寝てんのよ? 探すの苦労したんだからね」
「いや、もしかしたら奇跡が起きてリンが真面目に手伝いをしてる可能性を考えてさ、そしたら他に暇を潰す当てもないし、ぶらぶら歩いたらここまで来てた。そんでなんか色々めんどくさくなって寝た」
「あんたも大概適当よねぇ……ていうか、アースの予想と違って私が奇跡を起こさなかったのは置いとくてしても他のみんなは?」
「あいつらは今日も勇者ごっこやってるよ」
アースが辟易しながらそう言うと、リンはなるほど、と納得したような顔をする。
「アースは勇者ごっこ嫌いな変わり者だもんね」
「そういうお前だって、勇者ごっこ嫌いじゃんか」
「当たり前でしょ! だって私が混ざったら、絶対に魔法使い役やらされるんだもん」
「そりゃそうだろ。だってリン……」
リンを語る上で特筆すべきことは多々あるが、その中でも外せないのは彼女がいつも持っている物についてだろう。
彼女が肌身離さず持っているのは杖。と言ってもそれは、自分を支えるようなものではない。
「実際に魔法使えるんだから」
そう、リンがいつも杖を持っているのは彼女が歴とした『魔法使い』だからである。だから、勇者ごっこで魔法使い役をやらされるのは、仕方ないといえば仕方ないが。
「だからよ! 何で本物が『役』をやんなきゃいけないのって話」
「へー?」
「いい? そもそも私はそれなりに信念持って魔法使いやってんの。教えてくれる人もいない中、魔法を覚えるのにどんだけ苦労したことか」
「ほう?」
事実として、指導者もなく魔法を覚える事は簡単ではない。普通であれば魔法学校に通って学ぶことを単独、しかもリンほどの歳でやってのけるというのはそうあり得ることではない。
「それをごっこ遊びの『役』でやらされるのは嫌なのよ。アースだってそう思うでしょ? 自分が必死でやってきた事を遊びで……」
「惜しい! もうちょっとで水切り七回だったのに!」
「話聞く気がないとかいう次元じゃないわねあんた!?」
「だってなんか難しい話してたから、よく分かんなくてさ」
「そんな難しい話してないでしょ。考えるのを放棄するのが早いのよあんたは。ほらちゃんと考えてみて、自分が必死でやってきた事を遊びで使うのは嫌でしょって」
「んー?」
リンの言葉を受け、考える素振りを見せるアース。そしてしばらく黙り込んでから、何かを思いついたように指を鳴らす。
「そういや腹減ったな、なんか食いに行くか!」
「よくもさっき私にバカとか言えたわね!!」
さっきも言った通りリンは性格がアレだが、それに対してアースは頭がアレである。とはいえこんな二人だから、なんだかんだ気が合うのだろう。
「はぁ……まあいいわ。アースがバカなのは昔からだし」
「はっはっは、確かに昔からよく言われるな。何でだ?」
「そういうところのせいよ……」
目を伏せて大きくため息をついた後、まあとにかく、と言ってアースに向き直るリン。
「今日も今日とて、仲良く二人きりってわけね私たちは」
「そうなるな」
「じゃあ……いつも通り行きますか」
そう言って微笑むリンに
「ああ、行くか。宝探し!」
アースも笑ってそう返した。
♢♢♢♢♢
「ふぁ〜あ……眠ぃな」
「何言ってんのよ、さっき思いきり寝てたでしょ」
「あれ寝てからすぐに水かけられたせいで、あんまり寝れてないんだよなー」
「寝てる人に水かけるなんて、信じられない様な奴もいるのね」
「ああ、俺信じられないよ。お前のその発言が……」
と、そんな事を言いながら二人が歩いているのは、村の外にある森の中だった。
「そんな……! ひどいわ。もう長い付き合いなのに、私の事が信じられないなんて、かなし──」
「ふあ〜ぁ。やっぱり眠ぃ」
「……。ちょっと、人の話聞いて──」
「あ、リン。膝に土ついてるぞ」
「ほんっと、人の話聞かないわねあんた!!」
全くもう……、とむくれながら膝の土をはらうリン。
そもそも聞く必要がある話だったどうかは甚だ疑問ではあるが、リンもリンで大抵の場合人の話を聞かないのでおあいこだろう。
「って、アース。あんたも膝汚れてるじゃない」
「ん? あ、ほんとだ」
「お互い、あの抜け道を通った時に汚したのね」
「あの抜け道なぁ……もっと大きくならねぇかな。村の端にあるし屈まないと通れないし、この森に行こうとする度あそこ通るのめんどくさいんだよ」
リン同様に膝の土をはらいながら、抜け道についてぼやくアース。
別に村の外に出るだけなら抜け道なんて使う必要はないが、今二人がいる森へ行くとなると少々話は変わってくる。
「ま、しょうがないでしょ。堂々と出て行ったら絶対門番や村の大人に止められるわよ。逆側にある他の村とか街に続く道ならともかく、この森……モンスターが出るんだから」
そう。それが二人が抜け道を使う理由である。実際のところ、モンスターが出る森なんかに子供を出さない大人の判断は正しいし、そもそも他の子供たちは怖がって自ら出ていくなんて事はありえない。
だがそこは村の異端児二人組。怖がるどころか、ノリノリで森に繰り出しまくっている。一見無茶な行動、もちろんそれは二人の性格ゆえというのもあるが、それ以上に二人の素質が関係している。
「そりゃそうだけど……正直ここらへんのモンスターならもう問題ないと思うぞ。多分俺一人でも勝てるし」
「調子乗りすぎ、とも言えないわね。アースって村の大人にもいい勝負するし、むしろ剣なら勝ってるもんね。そうでなくてもこの森のやつなら私の魔法でも倒せるから、問題ないってのはそうでしょうね」
齢十三にして剣で大人にも勝るアース、同じくまともな環境もない中独学で魔法を習得したリン。その素質、その強さこそ二人が怖がることもなく森へと向かえる理由でもある。
もちろん森のモンスターが比較的弱いというのはあるが、それでも二人の言葉通り現状においては何も問題はない……はずだが。
「けど、しばらくはこの森に来るのはやめといた方がいいんじゃないかって思うのよねぇ」
そう言ってリンは苦い顔をする。
「何でさ、リンだって今問題ないって言ったじゃん」
「それはここのモンスターが今のままならって話よ。アースも知ってるでしょ、世界各地でモンスターが凶暴化してるって話」
「ああ、そういえばそんなん言ってたっけ。魔王が関係してるだとかってやつだろ」
今から二十年前、伝説に語り継がれ恐れられてきた魔王が復活した。そして魔王は当然のように、それこそ息をするかの如く人間に対して侵攻を始めた。
それは突然のことで人々は大きな損害を受けた。それでも何とか体勢を立て直し魔王軍との抗争を今まで続けてたのだ。
だが、ここ最近になって魔王軍との抗争は徐々に劣勢になり、さらにそこに追い打ちをかけるかのように世界各地でモンスターや魔獣が凶暴化し様々な被害が出始めていた。
「それにしても魔王が関係してるってのは本当なのか。復活したの二十年前だろ。本当に凶暴化が魔王の仕業なら最初からやっときゃよかったのに。何で今更なんだ?」
「いや私に聞かれてもわからないわよ……けど、よく言われてるのは魔王には元々そういう能力があったけど復活したばっかりの時は本調子じゃなくて、今になってその力が戻ってきたってやつね」
「ふわっとしてんなぁ、本当かそれ……」
「さあね。あくまでよく言われてるってだけだから。まあ、凶暴化がなくても魔王軍に押されてるのは確からしいし、そのせいで『人間はもう終わりだ!』って自暴自棄になる人や、魔王軍への裏切り、果てには魔族信仰なんてのも出てきてるらしいわよ」
「なんかもうメチャクチャだな」
「そうね。案外そう遠くないうちに、本当に人類は滅亡するかもしれないわね」
なんて、さらりと恐ろしいことを言うがその声に悲壮感などはない。詰まるところ、言葉にはしたがあまり現実感がないのだろう。
「ふぅん……で、結局なんでなんだ?」
「何が?」
「何でこの森に来ない方がいいんだよ?」
「あ、あんた……」
アースの発言にこめかみを押さえながらため息をつくリン。呆れはしたが、だけどまあいつものことか、と思い直しアースに向き直る。
「いい? さっきモンスターや魔獣が凶暴化してるってったでしょ。もしこの森でもその凶暴化が起こったら、今までより敵が強くなるんだから危ないでしょってことよ」
「んー、そうか? 大丈夫だろ」
「その自信はどっから出てくんのよ……まあ、ここのモンスターが凶暴化するだけならまだしも、もっと危険な可能性だってあるんだから」
「まだなんかあるのか?」
「お母さんがね、この前村に来た行商人から聞いたらしいんだけど、ここから少し離れた南東の村で……『2《セカンド》』相当の魔獣が出たらしいわ」
「!」
「もちろんその村では今まで『2』どころか魔獣だって出なかったらしいんだけど、なぜか突然出没して村は壊滅、死傷者もたくさんいたって」
「でもそれって凶暴化とは関係ないんじゃないか?」
「確かに偶然っていう可能性もあるけど、凶暴化のせいで生態系や分布が変わってるんじゃいかって声もあるのよ」
「やけに詳しいな」
「お母さんがそういう話を結構してくるからね……とにかく分かったでしょ。凶暴化だけならともかく、今言った魔獣とか出てきたら終わりよ」
「うん……」
今の話を聞いて、流石にアースも素直に頷く、
「まあ、それでも大丈夫だろ」
わけなかった。
「だからなんでそうなるのよ! 相手は『2』よ、勝てるわけないでしょ‼︎」
「そんなんやってみなきゃわかんねぇだろ!」
「ありえないわよ! 私たちみたいな十三歳の子供に……いやそれ以前に──」
リンはアースに詰め寄って、前のめりに身を乗り出す。
「
そう言って自身の胸元を指さす。そこには魔法陣のようなものに『1』と刻まれた紋章があった。一方でアースは自分の右手の甲を見る。そこにはリンとデザインこそ違うが、同じく『1』と書かれた紋章がある。
そもそもリンが先ほどから言っていた『2』や『1』はその
星級とは、人間は生まれた時から必ず体のどこかに紋章があり、それと同時に『1』という数字が刻まれている。それはいわば強さの指標であり、紋章と同時に刻まれている数字はその者の成長と共に上がっていき、1、2、3と数字が大きければ大きいいほど強いという意味を持つ。
ただし、どうすれば数字が上がるかは解明されておらず、また生半可なことでは上がることはなく、大半の人間は星級『1』のままその一生を終えることがほとんどである。
「でもよ、自分より星級が高いやつに勝つことだってあるんだろ。だったら俺がその『2』相当の魔獣に勝つ可能性だってあるだろ!」
「そりゃそうだけど、ポジティブというか能天気というか……と、話してるうちに着いちゃったわね」
アースの根拠のない自信に頭を悩ませるリンだったが、目的地に着いたことでそちらに意識を向ける。
「おー、今日は大量だな」
「確かにいつもより多いわね」
そう言う二人の眼前には……大量の『ガラクタ』が転がっていた。それはボロボロの本や、壊れた家具だったり、よくわからん機械であったりと種類を問わず、とにかくガラクタと呼べる物が大量にありその付近一帯を覆い尽くしていた。
そしてその異様の中で、さらに異彩を放つものがあった。それはガラクタの中心にある虹色に光る穴。
「いつみても、よくわかんねーよなこれ。何だっけ……無限のボケだっけ?」
「それはあんたのことよ。正しくは『夢幻の洞』ね」
『夢幻の洞』と呼ばれる虹色の穴。中を覗き込んでも見えるのは虹色のモヤだけで、少なくともただの自然現象では無い不可思議なもの。それこそがこの状況を作り上げている元凶であり、周りにあるガラクタは全てこの穴から湧き出たものだった。
「ほんと、どこに繋がってんだろうな。こんなに大量のものを吹き出すなんてさ。やっぱ魔法かなんかじゃないのか?」
「完全に否定はできないけど、ほぼその可能性はないと思うわよ。何十年も前から国のお偉いさんが研究してるらしいけど、原理も何もかも全く解明できなくて、今出てる結論はむしろ真逆の、魔法ですらない未知の現象って言われてるんだから。ま、研究対象が少ないってのも研究が進まない理由だろうけどね」
「少ないってこれが?」
「ええ、正式に発見されたと世間に公表されてる『夢幻の洞』はたったの三つよ」
「え、じゃあこれってそのうちの一つか⁉︎」
「んなわけないでしょ! こんな片田舎の森奥にあるものなんて誰がわかるのよ。私たちだって見つけたのは奇跡みたいもんだしね」
実際この場所を見つけたのは、森を怖がらない二人だからであり村の大人ですらこの存在は知らない。
「ほー、今まで全然気にかけなかったけど、そんなにすごいもんなんだな」
「ちょっとあんまり近づいちゃ危ないわよ。足滑らせて中に落ちでもしたら、どうなるか分かんないんだから」
「そうなのか? でも、他にも似たような物があるんだろ。だったら実はワープホール的なやつで別の所に行けるとかさ!」
「だったら面白いけどね。実際はそんなんじゃないわよ、昔何人か飛び込んだ奴らがいるらしいけど、誰一人として帰ってこなかったって話だし……。と、それより何か探すなら早くした方がいいなじゃない? いつ閉じるか分かんないんだから」
「そうだな。穴閉じたら全部消えるもんな」
そう言ってアースは穴から離れガラクタを漁り始める。
二人が言った通り『夢幻の洞』は常に開いてるわけではない。開く時間は常に決まっているが、閉じる時間はまちまちである。そして、穴が閉じると同時にそこからああふれ出たものも一緒に消えてしまうのだが、穴から一定距離を離れていればその限りではない。
と、この摩訶不思議な部分も研究が進んでない一因ではあるのだろう。アースとリンはそんな不思議な穴から湧き出たガラクタを漁っている。つまりこれが出発前にアースが言っていた『宝探し』なわけだが。
「やっぱり何度やってもこれが宝探しだなんて思えないんだけど……」
(多分一応ギリギリアースよりは)真っ当な感性を持っているリンがそうぼやく。
「どうした急に? 今までもやってきただろ」
「そうだけど、そもそもずっと気になってたのよ。何で宝探しなの? ガラクタ漁ってるだけじゃない」
それを聞いてアースは軽く息を吐き、やれやれといった手振りをする。一方でその反応を見てリンはピキりと青筋を浮かべた。
「ねぇ、なんかすごくムカつくんだけど。魔法打ち込んでいい?」
「全く、リンは何も分かってないな」
「は?」
「ガラクタに見える物の中にこそ、誰にも知られてないお宝があったりするんだよ!」
「何よそれ……」
「そうだな。たとえばこれ!」
アースがガラクタの中から拾い上げたのは、一見何の変哲もな木の枝だった。だが、アースはそれを意気揚々と凛に見せつける。
「どう思う?」
「どうって……どっからどう見てもただの木の枝じゃない」
「想像力が足りねぇな」
「さっきから本当ムカつくわね。もう魔法とかいいから一発殴らせてくれない?」
「やだ」
「チッ……で、想像力が足りないって何よ」
「ちょっとした可能性を考えれば、これがお宝の可能性だって出てくるだろ」
「はあ? どうまかり間違ったら木の枝がお宝になるのよ」
「決まってるだろ。これが……世界樹の木の枝って可能性だ‼︎」
「……………」
バカ(※アース)の発言に流石の腹黒少女も呆れるどころか、もはやドン引きするような顔を浮かべていた。
「どうしたリン、ポカンと口を開けて。アホみたいな顔してるぞ」
「っ⁉︎ あ、あんたねぇ……もう! 何言っていいかすらわからないわ」
「何だよ、可能性ぐらいあるだろ」
「ない」
「ある」
「ない!」
「ある!」
「ないわよ!」
「あるよ!」
と、そんな理論もへったくれもない言い合いは二分ほど続き……。
「何だよ! ないないって……よし、もう決めた。これは世界樹だ! 世界樹じゃなくても世界樹だ! 俺が今そう決めた、何ならこれを家宝にする!」
「何よそれもう滅茶苦茶じゃない! ていうか家宝って、むしろそれでいいのあんた……ただの木の枝よ」
「意地でも認めないな」
「認めないっていうか、伝説的にあり得な……」
不意に言葉を止め、何かを思案するリン。少ししてからまさか……というような顔をしながらアースに質問を投げかける。
「ねぇ、アース。そもそも世界樹ってどういうものか分かってる?」
「ん? あれだろ、なんかすげぇ木だろ」
「…………はあ、やっぱり。その程度の認識だったなのね。道理であんなトンチンカンなことを……」
「?」
「あのねぇ、世界樹ってのはこの世界のどこにかあると言われながら、何故かいまだに見つからない伝説の木なのよ!」
「それぐらいは知ってるよ」
「黙って聞きなさい! 重要なのは世界樹自身の性質よ。世界樹はどんな事があろうとも『折れない、斬れない、燃えない、腐らない、おまけに自浄作用で汚れも勝手に消える』っていう伝説があるのよ!」
「へぇ、そりゃすげぇな」
「すげぇな、じゃないわよ! いい? 決して折れない、斬れないっていうなら……その木の枝なんかあるわけないでしょ‼︎」
「む……」
リンの熱弁と確かな理由に押し黙り、持っている木の枝を見るアース。
「はぁ……なんか今日アースに説明してばっかりね」
「そうよ。全く、少しは知識でもつけたらどう?」
「知識って言われてもなぁ……」
「ほら、たまには本読んでみるとかさ」
そう言ってリンは近くに落ちていたボロボロの本を何となく拾い上げアースに見せる。それは本当に何となくだったが、本を見たアースの表情は少し険しくなる。
「アース?」
「その本は読みたくない」
「え? あっ……!」
アースの発言に困惑するリンだったが、本に書かれてる題名を見てかすかに声をあげる。本には『勇者伝説』と掠れた文字で書いてあった。内容は文字通り、世界中で有名な勇者の伝説を記したものだ。
「アース、これは──」
「俺あっちの方探してくる」
「あ……うん」
珍しく気を落とし、引き止めることもしないリン。そして、アースが離れ見えなくなったところで頭に手をやり重いため息をつく。
「ミスった。何やってんのよ、私……」
♢♢♢♢♢
「よっと、ん? これってベッドか、こんなのまで湧き出てきたのか」
リンと少し離れたところでガラクタを漁り、そこでボロボロのベッドを見つける。アースはそのベッドを触り具合を確かめる。
「なんだ見た目ボロいけど案外使えそうじゃん」
そう言って躊躇なくベッドに寝転がる。
「ふあ〜ぁ」
そういや眠かったんだ、と思いながら少しずつ瞼が落ちていく。そんな中、さっきリンが持っていた本を思い出す。
「勇者、か……」
そんな呟きの後、アースは完全に眠りに落ちていった。
♢♢♢♢♢
五年前のことである。つまり魔王が復活してから十五年。この時点で魔王軍の力は増しており人間側は劣勢になり始めていた。
それを如実に表すかのように、各地で魔族による被害も相次いでいた。特段狙いがあるわけではく、無差別に被害が出る中で……王都から離れた片田舎のある村が襲われた。
突如襲われ混乱に陥る村、そんな状況の中で襲ってきた魔族に対抗する存在がいた。それは当時村で一番強いとされていた夫婦だった。夫も妻も相当の剣の腕を持っており、ある大会でも優勝した事がある実力者だった。
だが、魔族の力は圧倒的で二人も善戦はしていたが、途中で大きな傷を負ってしまう。魔族は勝ちを確信していたが、逆にその傲慢さの隙をつかれ自分自身も深傷を負うこととなった。
結果的に魔族は撤退し、大きな被害こそあったものの死人が出ることはなかった……魔族と戦った夫婦を除いてだが。何とか魔族を追い払ったものの、やはり受けた傷は深く必死の治療も虚しく二人の命の灯は消えた。一人の息子……『アース』という少年を残して。
それから少し時が経ち、村の復興も終わった頃、アースは村の端にある草原でぼうっとしていた。何をするわけでもなく、ただ座って空を見ていた。
「っ……ぁ、アース!」
そこへ、ある少女が来て名前を呼ぶ。
「ん、よう」
「……こんなところで何してるの?」
その少女は、少し緊張したような顔をしながらもアースに近づき、その横に腰を下ろす。
「別に、何となくやる気が出ないから空見てた」
「そう……じゃ、じゃあさ一緒に遊ばない?」
「んー……」
「村の復興も終わってだいぶ落ち着いてきたからさ。今日はみんな遊ぼうて言ってて、それこそ勇者ごっことか──」
「それはやだ」
「え? ど、どうして?」
「……勇者の伝説にさ、『助けを求める者がいればきっと救ってくれるだろう』っていうのあるだろ?」
それは有名な勇者伝説に書かれている一節。普段は本を読まないアースも、勇者伝説は読んだ事がありそれを覚えいえていた。
「うん、確かにあるけど……それがどうしたの?」
「だっておかしいだろ。助けを求めれば必ず救ってくれる? じゃあさ……何で父さんと母さんを助けてくれなかったんだ?」
「‼︎ そ、それは……」
それは一種の逆恨みのような場違いな怒りだった。だが、両親を失いその虚しさを、その怒りをどこにぶつけていいかもわからなかった少年は、自分がよく知っていた伝説の存在にその思いをぶつけるしかなかった。
その後、時が経ちアースは段々と本来の明るい性格を取り戻していくが、勇者の伝説に対する感情は変わらなかった。
……馬鹿馬鹿しい話だ、と。
世界各地で魔族による被害が出始めている。それでもみんな望んでいる、欲している。
それを打ち倒してくれると『居もしない勇者』に望んでいる。
いつかきっと助けてくれると『一向に現れない勇者』を欲している。
やっぱり、……馬鹿馬鹿しい話だ。
あぁ本当に、
素晴らしい程に、馬鹿馬鹿しい話だ────と。
♢♢♢♢♢
「んん……ふあぁ。よく寝たなぁ」
不意に目が覚め、体を起こし伸びをする。
「本当、よく寝れるわね、こんなボロボロのベッドで」
そんな声をかけられ、見ればそのボロボロのベッドに腰をかけているリンがいた。
「おう、おはようリン」
「はいはい、おはようございます」
そう適当に返事をして、ぴょんとベッドから降りるリン。
「全く、いくら眠いとはいえこんな時間まで寝るとはね」
「ん? げ、もう日が暮れ始めてるじゃん!」
「もう少ししたら無理やり起こそうと思ってたわよ。じゃないと、森を抜ける前に夜になっちゃうだろうから。ほら、もう今日は帰るわよ」
「ああ、よいしょっと」
リンの言葉に従い、ベッドを降りるアース。と、そこで何かに気づいたような顔をして周りをキョロキョロと見渡す。
「そういや、今日まだ消えてないんだな『夢幻の洞』」
『夢幻の洞』が消えると、同時にそこから湧き出たものも消えるはずだが、周りにはまだガラクタが残っていた。何よりアースが寝てたベッドも消えていない。
「確かに今日は長いわね。もしかしたら夜まで残るかもね」
「そうか、良かった良かった」
「良かったって何が?」
「だって俺が寝てる間に閉じたら……この木の枝も消えちゃっただろうからな」
そう言って嬉しそうに木の枝を握り笑うアース。
基本的に『夢幻の洞』から湧き出でたガラクタがある範囲より離れなければ、穴が閉じる時に湧き出たものは消えてしまう。アースが寝てたベッドは穴から湧き出たものなので、確かにそこで穴が閉じれば木の枝も消えただろうが……。
「それ、世界樹じゃないって説明したと思うんだけど……まさか寝て忘れたとか言わないわよね」
「ああ、覚えてるよ」
「じゃあ何でよ?」
「俺も言っただろ。世界樹じゃなくても世界樹に決めたって、だからいいんだ!」
「えぇ……」
「それになんか気に入ったからな。やっぱり家宝にするよこれ」
「家宝って、それ本気だったの⁉︎ はあ、まあいいわ。それより早く行きましょ、このままじゃ本当に森を抜ける前に夜になっちゃう」
「ああ、そうだな」
そう言ってアースとリンは『夢幻の洞』を離れ元きた道を帰っていく。
他愛のない話をしながら、しばらく歩き続ける二人。そして、村まで後半分ぐらいのことろで。
「そういえばさ、凶暴化の件があるからしばらく森に行くの控えたほうがいいかもって言ったじゃない」
「あー、そういえばそんなこと言ってたな」
「あれ、結構真面目に考えた方がいいと思うのよね」
「えぇ、別にいいと思うけど……」
「何か起こってからじゃ遅いでしょ。まあ、仮に何かあったら私はアースを囮にして逃げるけどね」
「ははは、お前はたまにとんでもないこと言うなぁ……」
「あらぁ、とんでも発言ならアースさんだけには言われたくないですわぁ。きゃ」
こんなもん端から見ればどっちも同じだが、互いに相手の方がヤバいと信じて疑わないのがこの二人の悪いところでもあり、いいとこ……悪いところだろう。
「ま、とにかく念の為にしばらく様子を見ましょうっていう話よ。何も起こらないならそれでいいんだし」
「心配しすぎな気もするけどなぁ。むしろここら辺のやつは逆に大人しくなってるんじゃないか。今日なんてモンスターに会うどころか、見かけすらしなかったぞ」
「それはそう……だけど……」
と、なぜか急に言葉が止まりそれと同時に足も止めるリン。そして、どこか神妙な面持ちで辺りを見る。
「確かに今日は会ってもないし、見かけてもない……何ならそれっぽい痕跡だって何一つも……」
リンの疑念はいつもとの違いにあった。
普段ならモンスターに会うことはなくても、遠くに見かけ隠れてやり過ごしたり、痕跡を見つけ危険を回避したりすることもあった。だが、今日に限ってはそれが何一つなかったのだ、それこそ……不自然なほどに。
「どうしたリン? 早く帰るんだろ」
「え、ええそうね。早く帰りましょう。なんか嫌な予感が──」
何故だろうか?
これだけ近くにいるのに。
もう腕を振り上げているのに。
何故気付かなかったのだろうか。
リンのすぐ横、そこに……二メートルを優に超える『熊のような化け物』がいる事に。
「…………え?」
気づいたところでもう遅かった。その鋭い爪を持った腕はリンに振り下ろされる。
「リンっ‼︎‼︎」
だがそれよりも早く、跳ねるよう動いたアースはリンを抱きしめ、倒れるように前方に転がる。そしてその一瞬後に、先ほどまでリンのいた場所が大気ごと鋭い爪で切り裂かれる。
「ぐっ……!」
「な、何⁉︎」
地面を転がった二人はすぐに体勢を直し、攻撃を仕掛けてきた相手に視線を向ける。
のそりと、まるで二人を正面から相手取るようにその姿を現す化け物。二メートルを越す熊のような外見、煮えたぎるような赤い体毛、その鋭い爪は確実に命を刈るためにあり、何より相手を怯ませるほどの恐ろしい『三つ』の眼光が確かに二人を貫いていた……。
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