第57章−6 異世界の出会いは不意打ちです(6)

 勇者レイナが雷に打たれたように目を大きく開く。


「真生……透子オバサンのコト……自分の母親のことも忘れちゃったのか? オマエ、あんなにお母さんのこと大事にしてたのに?」


 オカアサンってなんだ?


 オレの母親は……と考えたところで、目眩がした。

 勇者レイナはオレが動揺している様子に、ナニカを感じ取ったようである。


「透子オバサンだよ? 透子オバサン。ひとりでオマエのこと、一生懸命に育ててたじゃないか? オマエだって、家事とか手伝ってたし……。その……透子オバサンが再婚するみたいって、お母さんにやっと好きな人ができたみたいだって、すげー喜んでたじゃないか」


 オレの脳裏に勇者レイナの言葉が反響する。


 わからない。


 わからない。


 わかりたくない……。


「マオ、三十六番目の勇者だが……排除してやろうか?」


 怒りに燃えた目で勇者レイナを睨みつけながら、ドリアが冷たい声で言い放つ。


「それはダメだ」

「マオは優しすぎる……」


 ドリアが長いため息を吐きだす。

 そんなことはない。

 オレは臆病なんだろう。

 ヒトが……オレのせいでヒトが傷つくのは見たくないんだ。


「そうだ! 透子オバサンの相手は、確か……瀬名川ってッ」


 そこまで言いかけたとき、いきなりフレドリックくんが勇者レイナに殴りかかっていた。


「え…………」

「フレドリック!」


 フレドリックくんの右の拳が深々と勇者レイナの頬にめり込む。

 嫌な音とともに、勇者レイナははるか遠くに弾け飛び、地面の中にめり込んでいた。


「…………ちょ! フレドリックくん! な、なにをしているんだ!」

「害虫駆除です」


 害虫駆除って……。


 フレドリックくんは涼しい顔で、地面に突き刺していた剣を引き抜くと、鞘にしまう。


 剣での攻撃じゃなかっただけ、まだ……マシなのか?

 あれはあれでものすごく痛そうだ。

 さっきのグーパンは、手加減……していたようには全く見えない。


「よくやった! フレドリック!」

「フレドリック様! カッコいいです!」


 いや、ドリアもリニー少年もフレドリックくんのことを褒めちゃダメだ。


「フレドリックくん! 勇者相手になにをやっているんだよ! 勇者だよ! 勇者!」

「そうですね。殴り殺すつもりで、思いっきり殴ったのですが、気絶させるのが精一杯でした。さすが勇者です」


 怖い……。

 フレドリックくんが怖い。

 そして、フレドリックくんの一撃に対して、無邪気に喜んでいるドリアとリニー少年がもっと怖い。


「害虫と話す必要などございません。勇者様のお耳をこれ以上、汚すわけにはまいりません」

「そうだ。そうだ! フレドリックの言う通りだ! あんな無礼なヤツの言葉など聞くだけ無駄だ。わたしのことをファミレスメニューミタイナヤロウと言うようなヤツなど、相手にするな!」


 ドッカーン。


 と、派手な爆発音が勇者レイナのめり込んでいた付近で炸裂する。


「リニーくん、なにをやっているのかな?」

「勇者様! 大丈夫です。使うつもりだった攻撃呪文を発動させただけですから」

「いや、大丈夫じゃないでしょ? 危ないじゃないか! 勇者レイナが怪我するじゃないか!」

「大丈夫です! 勇者であるのなら、あの程度では死にません! 暫く眠って欲しいだけです」


 ホントウは、永久に眠って欲しかったんですが、さすが異世界の勇者ですね……って、リニー少年が恐ろしいことを言っている。


「リニーくん! ダメだよ! フレドリックくんも、ドリアも、攻撃魔法の詠唱をやめろ! もう、これ以上の追撃はやめろ! 死なないだろうけど、怪我はするぞ!」

「勇者様を不愉快にさせた不届き者です。当然の報いです! 生かされているだけ、感謝して欲しいです」


 困った。会話内容がなんかヘンだ。


「さあ、害虫が大人しい間に、城に戻りましょう。リニー、転移魔法の準備を」

「フレドリック様、わかりました!」


 リニー少年が詠唱を始める。


「マオ、リニーの方にもっと近づくんだ」


 腰に腕をまわされ、ドリアの方に引き寄せられる。


「いや、勇者レイナをあのままにしておくわけには……」

「害虫はしぶとく生き残るからこそ害虫なのです」

「いや……ちょっと」


 フレドリックくんがオレの隣に並び立つ。その横顔はとても険しく、すごくピリピリしていて、オレはそれ以上、なにも言えなくなってしまった。


 できる子リニー少年の転移魔法は問題なく発動し、オレたちは、一瞬で王城の……オレが滞在している客室へと戻ったのである。


 勇者レイナがその後どうなったのかは……オレは知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る