第57章−5 異世界の出会いは不意打ちです(5)

 オレがなにも言い返せないでいると、三十六番目の勇者があせったかのように言葉を重ねる。

 もっとオレに近づきたいようなのだが、フレドリックくんの牽制にあって、これ以上、オレに近づけないようだ。


「俺だよ、俺! レイナだよ。希崎怜那。真生とは、保育園の頃からずっと一緒だったじゃないか?」

「ほいくえん?」

「そうだよ。保育園も、小学校も中学校も……。高校だって、同じところを受験したじゃないか。だけど……離婚したオヤジさんとトラブったとか、透子オバサンが再婚したとかで、なにも言わずに転校しやがって……。携帯に電話しても通じないし、SNSも全部辞めてしまって……」


 わからない。

 三十六番目の勇者がなにを言っているのか、よくわからない。


 いや、オレは今までの歴代勇者の記憶を覗き見ていたから、単語はわかる。

 だけど、三十六番目の勇者が誰のことを言っているのかがわからない。

 三十六番目の勇者と真生という人物は……勇者たちのバイブル……ラノベとかいう世界で定義されている『幼馴染』の関係だったのだろう。


「申し訳ないが、勇者レイナ。オレは魔王で、残念ながらオマエのいう『真生』ではない。おそらく、オレはその『真生』という者のソックリサンなのだろう」

「そんなことあるか! 俺が真生を間違えるはずがない! 風呂にだって一緒に入ったし、透子オバサンが夜勤のときは、俺の家に泊まりに来て、一緒に寝てたじゃないか!」


 これは……この世界に召喚されたときの「あなたは勇者です」「いや、オレは魔王だから」という押し問答と同じ展開だ。


「なに! マオと一緒に風呂に入っていただと! そして寝たのか!」


 いや、ドリア、なんでそこで風呂に反応するかな?

 っていうか、オレのコトじゃないってさっきから主張しているんだし……。

 勇者レイナとは知り合いだが、魔王城での勇者対魔王のほんの一瞬だけしか会っていない。

 戦いらしい戦いもせずに、すぐにこっちの世界に召喚されてしまったからね。


 言いようによっては、歴代勇者の中では、最も縁が薄い勇者ともいえるだろうね。


「マオ! 風呂だ! 帰ったら、すぐに風呂に入ろう!」

「そうですね。それがよいでしょう。泥だらけですもんね」


 ちょっと……ドリア、今のこの状況を理解してのセリフなのか?


 リニー少年も! あれは……入浴剤をなににしようか考えている顔だよ!


 フレドリックくんだけがまとも……じゃない。すごく怖い顔になってるよ!


 なんか、ヤバい。

 カオスだ!

 みんな変だ!


「おい! そこのパツキンニヤケ野郎! さっきから真生にベタベタとくっついていて、ムカつくんだよ! いいかげん離れろ! 汚い手で真生にさわるな!」

「なっ! パツキンニヤケヤロウとはよくわからないが、悪口を言われているのはわかるぞ! 無礼な! それに、マオはわたしのモノだ! マオを討伐しようとする輩などに渡すものか!」


 ドリアが怒りの咆哮をあげる。怒気が一気に立ち昇り、地面が揺れ、空気がビリビリと振動する。


「ちょ、ちょ、ドリア! 落ち着け! 落ち着いてくれ!」


 せっかく、キレイに蘇った大地がまたボロボロになってしまったら大変だ!


「ドリア? なんだ、その名前? ファミレスメニューみたいな野郎だな?」

「ファミレスメニューミタイナヤロウとは、よくわからんが、三十六番目はまたわたしの悪口を言ったな!」

「俺は三十六番目じゃねえっ!」


 ……困った。

 すごく低レベルな争いが始まってしまったぞ。

 あまりのレベルの低さに、リニー少年がドン引き状態になっている。


 ただし、口喧嘩であるのなら低レベルな諍いなのだが、実際は、勇者対最上位種のドラゴンという、勇者対魔王に匹敵する対戦カードだ。


 ふたりの闘気に反応して、周囲に不穏な空気が漂い始める。


 また獣たちの怯えたような咆哮が聞こえてきた。

 獣たちも今日は厄日だな。気の毒に……。


「勇者レイナ。本当に、申し訳ないのだが、オレは、その……勇者レイナが想っている『真生』ではない」


 今にも飛びかかるというか、ドラゴンになりそうなドリアを抑え込みながら、オレは勇者レイナに語りかける。


 オレとドリアがいちゃついているように見えるのか、勇者レイナの顔が不機嫌に歪む。


「いやいや。オマエは真生だよ。こんな場所にいるから、忘れてしまったんだろ? 日本に戻って、透子オバサンに会ったら、全部思い出すって」

「その……トオコオバサンとは?」

「……え?」

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