第56章−5 異世界の家出は命がけです(5)

 その紙にはオレの字で


 ――しばらく、■出ます。捜さないで――


 と書いてあった。


「家出って書いて……ないか?」


 ペンがひっかかってできた黒い染み部分を『家出』と勘違いしたようである。


「いや、これは……書き損じた方だ。ゴミ箱に入っていただろ?」


 オレの言葉に三人の顔が呆ける。


「いえ、このメモは、床の上に転がっていました」

「え…………?」


 どうやら、ゴミ箱に投げ入れたつもりだったが、コントロールを誤ってしまったようだ。


 だとしても……。


「メモはベッドのサイドテーブルの上に置いておいたはずだが……」


 三人はゆっくりと首を振る。


「え? おかしいな?」


 なんか嫌な予感がしたので、アイテムボックスから紙の束をとりだしてみる。


 一番上の紙には


 ――気分転換してきます。捜さないで――


 と、書かれていた。


「…………………」


 全員が口を閉じ、紙に書かれた文字を見つめる。


「ご、ごめんなさい!」


 この騒ぎの原因を理解したオレは慌てて頭を下げる。


「マオ! 家出したわけじゃないんだな?」


 ドリアがオレの両肩を掴んで、自分の方に身体を向ける。


「そんなつもりは……なかった」

「戻ってくるつもりだったんだな?」


 ゆっさゆっさと、身体を揺さぶられる 


「う、うん。ごめんなさい。悪かった。いつものクセで、黙って抜け出してしまった……」

「いや……その、コッソリ抜け出したい気持ちはよくわかるから……。マオが戻ってきてくれるのなら、わたしはそれでいい」


 きゅっと抱きしめられ、軽く頬にキスされる。

 脱走の常習犯らしいセリフに、ちょっぴりオレの表情が緩む。


 ドリアの抱擁が終わると、オレは反対方向へと向き直る。


 フレドリックくんはまだ泣いていた。珍しく泣きじゃくっている。


「ごめん、心配させてしまった」


 素直に自分の迂闊さを詫びる。


「ゆ、勇者様!」


 フレドリックくんに抱き寄せられる。今度は、手加減ありの優しさ溢れる抱擁だった。


「よかった。よかった……。また、どこかに行ってしまわれたかと……。また、わたしは間違ってしまったかと……」


 フレドリックくんの震えが伝わってくる。


 ああ……。


 すまない。


 キミは、オレが目の前から消えてしまうことをとても怖れていたんだね……。


「フレドリックくん……ごめん。ごめんなさい……。オレが悪かった」

「許せません」

「…………」


 フレドリックくんの強いコトバがオレの心臓に突き刺さる。


「もう、黙って消えることはしないから……」

「消えるときは、わたしも一緒に連れて行ってください。もう、残されるのは……嫌です」


 オレの耳元で囁かれた微かなコトバ。


 フレドリックくんの……そして、オレが愛したシーナの切なる『願い』。


 ドリアやリニー少年に聞かれないよう、オレの心にだけに届くよう、魔力が込められた特別なコトバだ。


 そのコトバにオレはそっと頷く。


 フレドリックくんを抱きしめ、ドリアに背後から再び抱きしめられる。


 少し距離を置いたところで、リニー少年がほっとしたような表情を浮かべていた。


 オレはリニー少年に微笑みかけると、唇だけを動かして「ごめんね、心配させてしまったね」と想いを伝える。


 可憐な小姓は涙を拭うと、ふるふると首を横に振って、オレにとびっきりの笑顔を向けてくれた……。



 きれいにまとまったところで、物語はこれで終わり。




 ……というわけにはいかなかった。

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