第56章−2 異世界の家出は命がけです(2)

 身を潜められるような背の高い草もなければ、森もない。岩陰すらない。


 だったら逃げるしかないよね。


(どこに逃げたらいいんだ!)


 一角獣を再召喚するには、インターバルが必要で、まだ喚べない。


 そもそも、変に魔法を使って、悪目立ちしてこちらの世界のドラゴンに、オレという異物の存在を知らせるわけにはいかない。


 とりあえず、獣たちと一緒に逃げるしかないか。

 ここは獣たちの生存本能に賭けるしかない。


 ドラゴンの古老の中には神獣に近い存在のヤツもいて、そいつらのドラゴンネットワークは侮れない。


 異なる世界を行き来できるヤツは少ないだろうが、連絡くらいはとりあえる能力がある。


 転移魔法を使って王都に戻りたいところだが、魔力の残滓に気づいたドラゴンがオレを追ってきても困るからね。


 ここは……ガチの自力で逃げるしかないよ。


 真っ赤な竜と黄金の竜が、絡まりあいながら空を飛んでいる。風圧がすごい。うっかりしたら、その風圧だけで飛ばされてしまいそうだ。


 どちらも、オレの世界では、神竜と呼ばれるレベルの強さを備えたドラゴンだ。


 二頭ともとても美しい色で、魔力に溢れている。赤いドラゴンは、黄金のドラゴンよりも倍ほど大きい。圧巻だ。


 通常であれば、黄金竜の方が格が上なのだが、あの体格差をみるに、ほぼ互角だろう。赤竜の個体能力は、ものすごく高そうだ。


「ギャルゥゥゥゥッ」

「ガウゥゥゥッ」


 咆哮が半端ない。鼓膜が破れそうだ。


 翼が動くたびに暴風が巻きあがり、小枝や小石、飛び散った草花が容赦なくオレにバチバチ当たってくる。


 地味に……痛い。


 風が強くて、目を開けているのも、立っているのも辛い。


 丘を半分降りたところで、世界が不意に暗くなる。


(ひぃぃぃぃっ)


 ドラゴンの影だ。

 ついにオレの真上にやってきた!


 オレは反射的に枕を頭上に載せて、その場にしゃがみ込む。


 が、一瞬だけ遅かった。

 オレはドラゴンの風圧に飛ばされ、ゴロゴロと斜面を転がり落ちていった。


(やば! やば! やばぃっ!)


 空と地面が交互に現れ、オレは草まみれになりながら、風にあおられ小石のように斜面を転がっていく。


「うぁぁぁぁぁっ」


 不覚にも叫び声がでてしまった。


 二頭のドラゴンの動きがピタリと止まった。


(し、しまったっ! 気づかれたか?)


「ガルルウウウッ!」


 黄金の竜が叫び、猛然とした勢いで降下を始める。 


(ひいいいいいいっっ!)


(体当たりされるぅっ!)


 あんなものが突っ込んできたら、ひとたまりもない。

 文字通りペチャンコになってしまう。


「ガウウウッ!」

「ギャインッ!」

「うわあぁぁっ!」


 さらに強い風が巻き起こり、オレはそこらで舞っている木の葉と一緒に、吹き飛ばされる。


 ドラゴンの悲鳴の後、とてつもない振動と轟音が世界を揺るがす。

 鳥が鳴き叫び、動物たちが狂ったように吠えまくる。


 赤いドラゴンが体当たりを黄金のドラゴンにあびせ、それをまともにくらった黄金のドラゴンが地面にめり込んでいた。


(た、頼むから! こ、こんなところで、喧嘩はやめてくれ!)


 ドラゴンにとっては、ただのじゃれあいなのかもしれないが、他の生物にしてみればいい迷惑だ。


 素敵な景色も台無しだ。


 大地に亀裂が走り、地面がえぐれ、砂埃がもうもうと立ち上がっている。

 一瞬で美しい風景が、終末の様相にかわってしまった。


 赤いドラゴンがゆっくりと地面に降り立つ。


 トクサツヒーローが好きだった十一代目の勇者だったら、目の前の迫力ある怪獣大戦争に狂喜乱舞しただろうが、オレにはそんな趣味はない。


 黄金のドラゴンが地面の中から顔をだし、大きく口を開けた。


 魔素が集まり、空間がぐにゃりと歪む。


(ど、ど、ドラゴンブレスだとぉっ!)

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