第56章−1 異世界の家出は命がけです(1)

 こうして簡単に自分の世界に戻ることができる一角獣が羨ましいな。


 まあ、羨んでもどうしようもないから、自分ができることを考えないといけない。


 オレは膝を抱え、色彩豊かな景色を眺める。


 美しく、穏やかな景色だ。


 一角獣もいなくなり、だだっ広い世界にぽつんとひとり取り残される。


(ひとりぼっちだ……)


 オレはブルリと身を震わせ、膝を抱えなおした。


 寂しくなって、アイテムボックスの中から、偶然にも紛れ込んでいた枕を取り出し、それを胸に抱きかかえる。


(ドリア……フレドリックくん……)


 フカフカ枕に顔をくっつける。

 ほどよい大きさと、柔らかさ……そして、ふたりの匂いに心が少しだけ和らぐ。


 ふたりがいないと、こんなに寂しいなんて思いもしなかった。


 ひとりになったらなにか閃くかと思ったが、全然、ダメだ。

 困った。ふたりのことばかり考えてしまうよ。


 どれくらいの時間、丘の上に座っていただろうか。

 日差しも穏やかで、枕の抱き心地がよくて、うっかりうつらうつらしてしまった。

 ここ数日の疲労もあったんだろう。


 のどかな時間はいきなり終わった。

 突然、空気を震わせる咆哮が聞こえた。


 巨大な獣、魔獣のような叫びに、オレの心臓が飛び跳ねる。

 一気に目が覚めてしまった。


「な、な、なんだっ!」


 驚いたオレは、枕をぎゅっと抱きしめ、立ち上がる。咆哮が聞こえた方角を振り返る。


「げ…………っ!」


 上空に浮かぶ黒いふたつの点が恐ろしい速さでこちらに向かっているのが見えた。


 謎の物体はこちらに向かってぐんぐん近づいており、それと同時に、空気がビリビリと振動しはじめる。


 驚いたのはオレだけではない。


 怯えてパニック状態になった獣や魔獣たちが草原を一目散に駆け抜け、鳥が慌てて空に飛び立っていく。


 のどかだった景色が、一気に騒然としたものに変わった。


 獣の怯える鳴き声、魔獣の狂ったような叫び、せわしない鳥の羽音。


(やばいぞ。やばいぞ)


 嫌な汗が滝のように流れ落ちる。


 二頭のドラゴンが空中で争いながら、こちらに向かって飛んできている。


(上位種じゃないか! しかも、二頭だとっ!)


 あの距離で、あの大きさ。

 とてつもない威圧感。


 ただのドラゴンではない。

 この世界でも最上位種になるだろう。


 その二頭の喧嘩に巻き込まれたら、大変なことになる。


 ドラゴンはオレが最も苦手とする種族だ。


 勇者がオレを討伐できる存在なら、ドラゴンはオレに致命傷を負わせることができる種族だ。


 ドラゴンと魔王は水と油のような関係だ。友好関係ではなく、敵対関係にあった。


 シーナの件でブチギレてしまったオレを止めようとしたドラゴンたちを、逆にオレが惨殺してしまってからは、関係がさらに拗れてしまった。


 なので元の世界では、オレはドラゴンに出会えば必ず襲われてしまう。

 あいつらはねちっこくて、執着心が強い。昔のことを未だに根に持ち、しつこくオレを攻撃してくるから嫌なんだ。


 まあ……当時の記憶がはっきり蘇った今だからこそ言えるが、あれだけのコトをドラゴンにやってしまったのだから、恨まれても仕方がないよな。


(やばい。逃げなきゃ。隠れなきゃ!)


 ドラゴンを見つけたら逃げ腰になる……のは、もう条件反射のようなものだ。


 とんだ遠乗りだ。


 枕を抱きしめながら、どこか隠れる場所はないかと周囲を見渡す。地面の高低差はあるが、ここは一面の草原だ。

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