第54章−1 異世界の……(1)

 オレに充てがわれている客間に到着すると、フレドリックくんを抱えたドリアは迷わず、寝室へと向かっていく。


 フレドリックくんのマントを掴んで離そうとしないオレも、マルクトさんによって運ばれる。


 見事な連携。マルクトさんが他人にあわせるのが上手いみたいだ。

 自ら苦労を背負い込むタイプのヒトだね。


 マルクトさんがオレを寝台の上に降ろす。オレをとても丁寧に、大事に扱ってくれているのが、さりげない一挙一動から伝わってくる。


 寝室はいつもどおりキレイに整えられているのだが、いつもとは少しばかり違っていた。

 サイドテーブルの上には青とピンクの瓶がぎっしりと並べられ、ちょっと異様な雰囲気をかもしだしている。

 反対側には洒落たデザインのワゴンが置かれていて、飲み物やら日持ちのする食料などが準備されていた。手でつまむことができて、一口サイズのものばかりだ。


 部屋の窓は分厚い遮光カーテンがしっかりと閉められ、午後の柔らかな光の侵入を阻んでいた。


 薄暗い部屋の隅には、人がひとり余裕で座れるくらいの大きなタライが置かれていたり、その側のワゴンには、タオルや石鹸、バスローブらしきモノがたくさんつみあげられていた。


 ひと目見てわかった。

 これは臨戦態勢というか、長期戦を想定した準備だよ。

 あいかわらずリニー少年はすごい。


「やはり……わたしは……」


 部屋の状態に怖れをなしたのか、ベッドに腰掛けたフレドリックくんが、情けない顔でマルクトさんを見上げる。


「フレッド。勇者様を信じていないのかな?」


 マルクトさんは片膝をつくと、フレドリックくんと目線を合わせる。

 懐からハンカチをとりだして、マルクトさんはフレドリックくんの顔についている返り血を丁寧にぬぐい始めた。

お兄ちゃんが怖がる弟を勇気づけている図だ。


「いえ……そういうわけでは……」

「フレッドの大切な人は、フレッドが思っているほど、弱い人ではないよ。むしろ、だれよりも懐が深く、強靭な御方だ。それは、フレッドが一番よく知っているのではないかい?」


 いや、マルクトさん、そんなにオレをヨイショしないでよ。

 過大評価しすぎだってば!

 ちょっと恥ずかし……くすぐったいよ。


「勇者様を信じなさい。それに、万が一の場合は、王太子殿下が、身を挺してフレッドを止めてくれるそうだ」


 ですよね、とマルクトさんに言われ、話を振られたドリアが慌てて頷く。


「そ、そうだとも! わ、わたしに任せろ! ふたりのことは、わたしが面倒をみるから、だ、ダイジョブだ」


 なんか、最後の方、舌を噛んでなかったか?


 少しばかり不安は残るけど、今日のドリアはちょっとカッコいいかもしれない。


 オレとフレドリックくんのために、ドリアは色々とがんばってくれているんだ。


「王太子殿下、わたくしの大事な弟と勇者様をよろしくお願いします」


 とマルクトさんはさりげなくドリアにプレッシャーを与えてから、優雅に一礼して寝室をでていった。


 部屋の中には三人が残された。


 もう一度、確認する。


 部屋の中には三人。


 もう一度、確認してみる。


 部屋の中には三人……。


「と、とりあえず、まずは、避妊薬だな。……この場合、ふたりとも、両方を服用しておいた方がよいだろう」


 ドリアは「たぶんだけど」と、小さな声でぽそりと呟いた後、オレとフレドリックくんの手に、封を開けた青とピンクの小瓶を握らせる。

 ハラミバラという、わけのわからないスキル持ちのオレを考えてのことだろう。

 ドリアが差し出したピンクの小瓶は、従来の服用するタイプだ。


「マオ、フレドリック……飲めるよな? 薬を飲む理性は、まだ残っているだろうな?」


 瓶を握ったまま動こうとしないオレとフレドリックくんをドリアは訝しげに見つめる。


「早く、飲むんだ」


 再度、ドリアに促され、オレとフレドリックくんは、手にしていた青とピンクの瓶を空にする。


 味は……これから夜の営みを行おうとするヒトが飲むためのものであるからして、気持ちが萎えてしまうような激マズではない。甘い酒のような味がした。


 酒としてだされても、疑うことなく飲んでしまいそうな代物だ。


 それはそれで、別の用途としての使い道がありそうで怖い飲み物だ。


 ドリアは空になった瓶をオレたちから回収すると、部屋の隅にあるゴミ箱へと捨てる。

 こういうところはマメなのが、なんとも微笑ましい。


 その後は、フレドリックくんのマントや鞘を外し、軍靴を脱がせたり、オレの服をくつろがせたりと、忙しく動き回っている。


「ドリア……」

「ん? マオ、どうした?」


 フレドリックくんが脱いだ上着を椅子の背もたれに置きながら、ドリアがオレの声に返事をする。


「ドリアは飲まないのか?」

「なにをだ?」

「避妊薬」

「へ? わたしは、介添だから、飲む必要はない……が……?」


 ドリアの顔がものの見事に固まった。

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