第53章−8 異世界の蜂蜜は複雑です(8)
「フレドリック……くん……オレを……オレを、置いていかない……で」
掠れる声で懇願する。
「大丈夫だ。フレドリック、お前が暴走して、マオを傷つけそうになったら、わたしが身を挺して、お前の暴走を止めてやる。だからこれ以上、マオを悲しませることは言うな」
ドリアもフレドリックくんに向かって言い聞かせる。
「…………」
「返事は?」
「しょうち……いた……しました」
フレドリックくんは、観念したかのように目を閉じる。
その言葉を聞いても、オレはフレドリックくんから離れることができない。
「……仕方がない。副騎士団長が、マオを部屋まで運んでやってくれ。兄弟の方が匂いも近いだろうし、マオも安心できるだろう。フレドリックはわたしが運ぼう」
「わかりました。やってみましょう」
マルクトさんの気配が近づき、オレは身を硬くする。
「勇者様、大丈夫ですよ。フレドリックと離れるのは、心配ですよね? 弟はいつもひとりでなにかを抱え込んで、ひとりで勝手に決めてしまいますから……。心配なら、フレドリックのマントをしっかり握っているとよいですよ」
オレはマルクトさんが差し出したマントの裾を掴むと、フレドリックくんから離れ、マルクトさんに抱きかかえられる。
ドリアがフレドリックくんを抱き上げたのが視界に入った。
マルクトさんの温もりに身を委ねながら、オレは掴んでいたマントの端を必死に手繰り寄せる。
オレの意図を察知したマルクトさんが、さりげなく、フレドリックくんに近づいてくれる。
防音と目眩ましの結界が解かれ、結界の外にいたひとたちの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「リニー、先に向かって、寝室の用意を。三日くらいはでられないかもしれない」
「かしこまりました」
リニー少年と、薬瓶を抱えたドリアの侍従が足早に立ち去る。
「庭師団長は養蜂の担当者たちと、急ぎ肉食花の蜂蜜の解毒方法を研究しろ。王室医師団も蜂蜜の解析に協力しろ。あと、後遺症もだ。緊急事態に備えて、医師を一名、隣室に控えさせておけ」
「承知いたしました」
「承知いたしました」
老医師と灰色のツナギを着たひとたちが頭を下げる。
「庭師団長」
「はい」
「今回の件は、後日、改めて問い直す。なので、決して、早まった真似はするなよ?」
「ははっ」
灰色のツナギの集団の中で、ひとり頭を下げたのが、庭師団長なのだろう。
壮年の立派な体格の男性だった。
植物園の園長さんの若かりし頃バージョンといってもさしつかえない。
オレはフレドリックくんのマントを鼻にあてて匂いをくんくんしながら、ドリアのやりとりを見守る。
「いいか、担当者を処分とか、肉食花や蜜蜂を処分などするなよ」
「は……い」
「そんなことをしたら、マオが悲しむからな。絶対に、絶対に、誰も、なにも、処分するんじゃないぞ」
「……お任せくださいませ。責任をもって、対処いたします」
他、宰相サンや騎士団長サンへの報告を指示したりした後、ドリアとマルクトさんはざわついている庭園を後にした。
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