第53章−6 異世界の蜂蜜は複雑です(6)

「ゴホン。避妊薬なら……そうですなぁ。この症状ですと、五日、いや、三日くらいやりきれば、きれいさっぱりな状態になるでしょう。とりあえず、六日分、処方しておきますから、二十四時間ごとに一本服用していただければ、相手を妊娠させることもありますまい」


 老医師はそう言いながら、カバンの中をガサゴソと漁り、青い小瓶を十二本とりだした。

 リニー少年と、護衛で控えていた近衛騎士が小瓶を大事そうに受け取る。


 ただのカバンではなく、収納魔法の機能が組み込まれた便利なカバンのようだ。


「あ――。そ、そのだな……。万全を期して、受け入れる側……あ、あ、相手の方にも……飲ませた方がよいと思うのだが?」

「ああ……非受胎薬でございますな?」


 ドリアの言葉に、老医師はコクコクと頷く。

 

 受け入れる側……つまり、ハラミバラスキル持ちのオレへの処方薬だろう。


 今度は、ピンク色の瓶が……大量にでてきた。


「こちらは、つい最近、使用の開始が認められましためちゃくちゃ効果バッチリな非受胎薬でございまして……経口摂取ではなく、よく擦り込んで、なじませてお使いください。潤い効果もございます」

「……そ、そうか。で、その新薬はどれくらい効くのか?」

「なんともこればっかりは……。個人差がありますからのぅ」

「個人差? ど、どういう意味だ?」


 老医師はのんびりひげをしごきながらドリアの質問に答える。


「そのままの意味でございます。男性側のがんばりによっては、一時間も保たぬ場合もあれば、三日間不要だという場合もあります」

「そ、それのどこがめちゃくちゃ効果バッチリなのだっ! 従来のものをだせ! 従来のもので十分だ!」


 老医師は残念そうにしながらも、カバンの中からピンク色の違う形状の瓶をとりだす。


「こちらは、一日一回を目安にですじゃ。大量に摂取したからといって、効果が倍増するものではありませんから、ご注意を」

「わかっている!」

「念のため、こちらの新薬の方もお渡ししておきますので、ご使用感などお聞かせ願いますかな?」


 なんともマイペースなお医者様だ。


 患者が致死量の毒に侵されているわけでないから落ち着いているのだろうが、もう少し、真摯な姿勢でオレたちに向き合って欲しい。


「発情中は受胎率が高まりますからなぁ。ですが、そのようなものを服用する必要がない者同士とヤるのが一番よいと思うのですが……。フレドリック様も年貢の納め時……いえ、よい機会でございます。長男からとか面倒くさいことなどおっしゃらずに、ここらで観念して身を固め、お世継ぎを……」

「失礼。老師はまだ死にたくはありませんよね? 天寿を全うしたければ、無駄口はお慎みください。沈黙が長寿の秘訣ですよ」


 マルクトさんが「今日はとってもいい天気ですね」というような穏やかな口調で、老医師の言葉をピシャリと遮る。


「……王太子殿下、医師の診断も終了したようです。いつまでもこの場に留まるのはよろしくないでしょう」

「そ、そうだな。副騎士団長の言うとおりだ。とりあえず……ここからだと、マオの部屋が一番近いな。そこへ運ぼう」

「では、フレドリックはわたくしが運びます」


 視界がぼやけ、意識が朦朧としていたが、みんなの会話は聞こえていた。


「マオ、もうすこしの辛抱だ。じきに楽にしてやる。だから……フレドリックを離してはくれないだろうか?」


 ドリアがオレを抱き上げようと屈んだが、オレはフレドリックくんにしがみついたまま、激しく首を横に振る。

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