第53章−5 異世界の蜂蜜は複雑です(5)
初老の医師は、傷口の治療を拒むフレドリックくんを一喝すると、助手が持っていたカバンの中から回復薬をとりだし、それを傷口へとぶちまける。
「フレドリック様、失った血と魔力は、これを飲んで回復してください」
「いえ、下手に体力が回復すると、自制できなくなります」
「なにを、バカなことをおっしゃっているのですか! 全身へ血を運ぶ大事な血管をズバッと寸分の狂いもなく切断されたのですぞ! 普通なら、死んでおります!」
「加減は心得ている。現にわたしは生きている」
「なにをおっしゃっているのですかっ!」
頑として薬瓶を受け取ろうとしないフレドリックくんに、医師が怒りをぶつける。
呑気に言い争っている場合ではないだろう。オレは医師から薬瓶をとりあげると、一気飲みして、そのまま口の中に溜まった薬を口移しでフレドリックくんの口に注ぎ込む。
ひとくちで済ますには量が少しばかり多く、口から溢れ出てしまったが、なんとかフレドリックくんに回復薬を飲ませることには成功する。
オレの行動を咎めるやつは誰もいない……といいたいところだったが、フレドリックくんに恨めしそうな目で睨まれてしまった。
オレから離れようとフレドリックくんはもがくが、力が入らないようで、オレの腕を振り切れないでいる。
逃げようとするフレドリックくんの態度が面白くて、オレはクスクスと喉の奥で笑い声をあげた。
愉しくてたまらない。
「うわっ。ま、マオが! 色っぽいことをやっている!」
「勇者様! お気を確かに!」
「いや、これは、肉食花の蜜によるものなら、抵抗など無理じゃろう……このまま流された方が、精神的によろしいでしょうな」
テッドからひととおりの説明を聞いた老医師は、溜息と一緒に匙を投げる。
「おい! それでも王室専属医か! おまえに医者としてのプライドはないのか!」
「王太子殿下。肉食花の蜜に特効薬などございません。ついでに、医者の出る幕もありません」
「おい! 開き直るな! そんな無責任な発言はないだろう!」
「王太子殿下、わたくしは、事実を端的に述べたまでのことでございます。診たところ蜜を浴びたよりも、症状は軽症のようですなぁ」
「こ、これの、どこが軽症というのだ! あの、奥ゆかしいマオが、こんなに大胆になっているのだぞ! 重症だ!」
思わず悲鳴をあげるドリアを、マルクトさんが必死になだめる。
「王太子殿下、勘違いをなさっているようですな。勇者様の方が軽症ですぞ。フレドリック様の方が、より強く、影響を受けているかと思われます。いやはや……意志のお強い御方ですな」
老医師の淡々とした声に、ドリアは困惑の表情を浮かべる。
「どういうことだ? マオの方が、蜂蜜の摂取量は多かったぞ?」
「おそらく……勇者様は、一度、肉食花の蜜を浴びられたご経験があるゆえ、耐性があるのかと……」
なるほど……っていうか、耐性があるオレでもこんなに苦しいっていうのに、フレドリックくんはどうなるんだよ!
「ど、どうするのだ!」
「どうするも……昔から、肉食化の蜜にやられた場合の対処法はひとつに決まっておりますわい。あれしかないでしょう。それが一番、安全で、本人たちにとって一番よい方法です……」
「……あれ……。わ、わかった。その場合、避妊薬が……必要だな」
急にみんな黙りこくると、オレたちへと視線を落とす。
そのときのオレは……なぜか、服が半分ほどはだけ、嫌がるフレドリックくんに襲いかかろうとしていたらしいよ。よく覚えていないんだけどね。
蜂蜜効果すごいよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます