第52章−6 異世界の求愛はタイヘンです(6)

 それにしても……魔王をやっていたときよりも、厳重警備ってどうなのさ。


 勇者が魔王城にやってきたときでも、ここまで警戒はしていなかったぞ。


 とまあ、事情を知っているごく一部のひとたちはとてもピリピリしていたけどね、それ以外はいたって平穏だったよ。


 いつにも増して穏やかな天候が続いている。


 空を見上げれば、雲の隙間からキラキラ輝く光の柱が地上に降り注ぎ、虹がずっとでている。

 なんか、世界がものすごくキラキラしており、メルヘンチックな光景になっていた。


 それだけではなく、各地から瑞兆の知らせが続々と報告されているらしい。


 オレの護衛をしながら、マルクトさんが楽しそうにその内容を教えてくれた。


 魚が大量に採れたとか、伝説の食材が手に入ったとか、巨大な水晶が採掘されたとか、濁っていた泉が清らかになったとか、滝から流れ落ちる水が酒になったとか、温泉がでたとか、枯れていた木に花が咲いた、一晩で実がたわわに成ったとか……実に、多種多様な『小さな奇跡』が起こっているらしい。


「こういうことって、よくあることなのか?」


 これのどこが瑞兆なんだ? というような内容もあったが、奇跡と呼ぶしかないものもたくさんある。

 勇者たちの世界でいうところの、出血大サービス、ばーげんせーる、とかいうものだろう。

 アカフダの大放出だ。

 たいむせーるだ。


「いえいえ。瑞兆とは、めったに起こらぬことゆえ、瑞兆と呼ばれるのですよ。さらに、ここまで大量に発生することは、まずありません」

「そうなのか?」

「はい。王が即位した時であったり、女神様から祝福された婚儀や、賢王の誕生を知らせるときなど……ですかね」

「そうか……なにがめでたいのかオレにはよくわからないけど。まあ、悪いニュースを聞くよりも、良いニュースの方がいいよな」

「そうですね。今年はかつてないほどの豊作となるでしょう。喜ばしいことです」


 マルクトさんは、なにかとふさぎこみがちなオレを気遣って、少しでも明るくなれる話をしてくれたのだろう。


 さすがは、長男の副騎士団長。

 周囲への気遣いはばっちりだね。


 また、リニー少年の方も、ご家庭の事情――宰相サンとなにやら揉め事――があったらしく、この五日間、オレの身の回りの世話係から外れていたが、フレドリックくんと一緒にめでたく復帰した。


 ゴットハンド再臨だ。

 これでオレのバスタイムが充実したものになる。


 うん、やはり、このふたりの顔を見ると、日常が戻ってきたみたいで、とても安心できる。

 そこにドリアが加われば、もう言うことはない。


 マルクトさんもエリーさんもオレのことを大切に扱ってくれるのだけど、頼りになるお兄さんと、ちょっとクセの強いお兄さんが増えたような、そういう感じだ。


 ふたりともそれは承知しているようで、オレへの接し方は、あくまでもマイルドで控え目だった。


 所有の印とやらをつけられてしまったから、どうなることかちょっと心配していたけど、特になにごともなく、オレはほっとしていた。


 だけど、こういうのを勇者の世界では「嵐の前の静けさ」っていうんだよね……。

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