第52章−3 異世界の求愛はタイヘンです(3)
「帰ってしまうのか? マオは自分の世界に戻ってしまうのか?」
長い、長い沈黙の後、ドリアが恐る恐るオレに問いかける。
「今すぐには戻れない……。戻る方法がわからない。でも、戻る方法が見つかれば、戻るつもりだ。だから……」
「だったら、戻る方法が見つかるまでの間だけでもいい! わたしのことも好きになってくれないか?」
ああ……ダメだ。
そんな燃えるような目でオレを見ないでくれよ。
オレに都合のいい言葉でオレの心を乱さないでくれ。
もう、ずっと前から、オレはドリアのことが好きになっていたんだ。
この一直線なところ。
自分の気持を偽らない正直なところ。
キラキラと輝いているところ。
ちょっぴり残念なところ。
「でも……」
オレは目を閉じる。
言葉がでてこない。
わからない。
あと一歩。
あと少しの勇気。
それがオレには足りない。
なのに、差し出されるドリアの手を振り払うことができない。
オレはどうしたらよいのか、どう答えたらよいのか、わからないよ。
なのに、どうしようもないくらい、ドリアが恋しいんだよ。
オレはシーナが、フレドリックくんが好きなのに……それなのに……。
貪欲なオレの心はとてつもなく飢えていた。
今すぐ、この飢えた心を満たしてくれる存在を渇望している。
誰でもいいわけではないのだが、フレドリックくんじゃなくてもいいんだ。
そんなことを考えてしまう自分が哀しい。
「マオ。実はだな……」
オレは目を閉じたまま、ドリアの声を聞く。
「溜まっていた仕事がついになくなったんだ」
「…………!」
はずんだ声に、オレは思わず目を開ける。
ドリアのアップ顔が視界に入ってきた。
(うわっ。びっくりした)
うそだろ?
どんなにがんばっても、あと数日はかかる量だったぞ。
「マオが大変な目にあった、と宰相から報告があってな。マオが……ハラミバラ……だということも教えてもらった。フレドリックも負傷して護衛ができないと言われ、女神の寵児であるマオを護れる者は、わたししかいないと気づいたのだ!」
だから、ドリアは一生懸命がんばって仕事を片づけたそうだ。
「書記官たちもだな、わたしが一刻も早くマオの側にいけるよう、仕事をたくさん手伝ってくれたのだ!」
あ……。それはきっと、宰相サンの命令だね。
本当にドリアがあの量の書類を処理したのか、こっそり仕事を引き下げたのかはわからないけど……あのハラミバラコンビにオレが奪われるのを宰相サンは警戒しているのだろう。
宰相サンの警戒もわかるよ。
あの大神官長サンは只者じゃないからね。
宰相サンと同類だよ。
いや、女神様がバックについているぶん、宰相サンよりも厄介だろうね。
本気になったら手段を選ばないヒト。
そんな匂いがプンプンするんだ。
ただ、今はドリアだ。ちゃんと褒めてあげたい。
「ドリアはがんばったんだな」
「うん。わたしは、マオのためにすごくがんばったぞ」
そこは、嘘でも、王国のためとか、民のため、とか言うべきだろう。
ドリア節は絶好調のようだ。
「……仕事が片付いてよかったな。これで懲りただろう? もう、仕事は溜めるなよ」
「わかっている。仕事はちゃんとする。約束する」
至近距離の会話にドキドキしてしまう。
破裂しそうなほどに高鳴っているオレの心臓の音、ドリアに聞かれていないだろうか?
「わたしはものすごくがんばった。宰相も褒めてくれた。だから、マオにご褒美をもらいに来た」
「ご褒美?」
確かに、なにか、そんな約束をしていたような……。
だが、具体的な内容が思い出せない。
視線を彷徨わせ、記憶をたどる。
ドリアはオレの手を離すと、掛け布団を乱暴に払い除ける。
そして、自身は勢いをつけてベッドへと飛び乗り、オレの上にまたがる体勢をとった。
「え…………」
疲労が体内に残っていたため、オレの反応が遅れる。
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