第51章−7 異世界のホウレンソウはイマイチです(7)
「すでにお気づきかとは思いますが、わたくしは、第四位であり、ハラミバラでもあります。わたくしは勇者様の夫として立候補いたします。妻候補の聖女様と共に、神殿ですこやかにお過ごしください」
「…………」
これがハラミバラのスキルなのだろう。
大神官長サンの声が心地よく、オレの心のなかにするりと滑り込んできて、全ての思考をひとつの色に塗りつぶそうとする。
支配されたい。支配したい。という欲望が、身体の奥底を刺激する。
オレの手がゆっくりと動き、大神官長さんの手と重なろうとした瞬間。
「お待ち下さい」
マルクトさんの凛とした力のこもった声が、オレの動きを止めた。
「副騎士団長、邪魔をしないでいただきたい」
「大神官長、ご無礼をお詫びいたします。ですが、この場に独身者はまだふたり残っております」
大神官長さんは片方の眉を吊り上げ、マルクトさんを睨みつける。
が、なにも言わずに、オレから少し距離をとる。
身体がまだムズムズするが、大神官長さんの気配が遠のいたら、呼吸が少し楽になったよ。
「えええ? マルクト兄上、わたしも頭数に入っているのですか!」
エリーさんが驚いた声をあげる。
「当然だ。なにを驚いている? エリーが先だ。さっさとしろ。わたしは最後でいい」
「わたしの印なんて、この方々と比べたら、足元にも及びませんよ」
「ないよりはマシだ」
「ひどいなぁ……」
マルクトさんの言葉に、エリーさんは少しだけ困ったような顔をしたが、すぐに、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「じゃ、とっておきのをして、勇者様をびっくりさせちゃおうかな。勇者様、失礼しますねっ」
そういうと、エリーさんは……オレの鼻の頭に「チュっ」と音をたてて、キスを落とす。
「ひやあっ!」
予想していなかった場所へのキスに、オレは驚きの声を発する。
「第十二位だけど……考えが変わりました。本来の順位になるようがんばりますから、そのときは、よろしくね」
オレの頭をポンポン、と軽く撫でると、エリーさんは自分の持ち場に戻る。
「お待たせいたしました。マルクト兄上」
エリーさんが「さあどうぞ」と芝居がかった一礼をする。
マルクトさんはオレの側に寄ると、目を眇めて少し思案した後、ゆっくりとかがみ込む。
「後でフレッドに半殺しにされそうですね。失礼いたします」
オレの耳元でくすりと笑うと、大神官長サンがつけたものとは反対側の首筋へと、唇をつける。
「ふっ。あっ……っ」
痺れるような快感が全身を走り抜ける。
意識を保っているが苦しい。
次から次へと、快楽の渦が、オレを翻弄していく。
それは決して不快な感情ではなく、気持ち良すぎて……おかしくなってしまいそうだよ。
(もう、やだ……)
はっきり言って、今日は厄日でしかない。
王国が自信を持ってオススメするハイスペック独身男性によってかかってチュッチュと所有の印とやらをつけられて、オレはもうくらくらだ。
椅子に座っているからばれていないだろうが、もう、オレの足腰はガクガクと震えており、おそらくは立つことなどできないだろう。
出産と豊穣、婚儀と情欲の女神が管理する異世界の慣習に……全くついていけてないよ。
異世界の求愛行動って、過激だ。
「第六位となりますが、勇者様の夫として立候補いたします。誠心誠意、勇者様にお仕えいたします」
オレの目を真正面から覗き込んで、マルクトさんが宣言する。
「お、おまえら……オレを……」
なんだと思っているんだ!
と言いたかったのだが、オレはそのまま気を失ってしまった。
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