第51章−5 異世界のホウレンソウはイマイチです(5)
「聖女様、場所をお考えください。おたわむれがすぎますよ」
「たわむれじゃないです。わたしはシンケンに、ゆうしゃサマの嫁になることを希望しております。婿希望のフレッド兄様、王太子殿下には関係ない話ですわ!」
聖女サマの爆弾発言に、大神官長とリニー少年が聞き取り不可解な悲鳴をあげる。
「勇者様! わたくしも! わたくしも、勇者様の嫁に立候補いたしますっ!」
(えええええっっ!)
ビシッとかわいらしい手を上げ、リニー少年がオレの隣に回り込む。
「リニー! なんてことを! 嫁など! お父様は許さんぞ! おまえはずっと、お父様と一緒に暮らすんだからな!」
宰相サンがものすごい勢いで立ち上がる。
はずみで紅茶がこぼれてしまったが、あまりの急展開に誰も気づかない。
「わたくしの人生はわたくしのものです。誰の指図も受けません!」
カッコいいことを宣言したリニー少年は、「勇者様、失礼します」と言って、オレの右頬にキスを……所有の印を素早くつける。
柔らかな唇が「チュッ」と頬に触れ、全身にほんわりと、暖かな気配が駆け巡った。
おこちゃまの可愛いキスにほっこりしながら、オレはリニー少年の頭をナデナデする。
リニー少年は嬉しそうにはにかんだ後、勝ち誇ったような笑みを浮かべて聖女サマを見下ろしていた。
「リニ――!」
宰相サンの悲鳴がガチだ。
「聖女様! 確認いたしますが、どなたが『ハラミバラ』……至高神アナスティミア様の寵児なのですか?」
咳払いの後、ヒョロっとした気の弱そうな大神官長さんが、聖女サマに声をかけた。
大神官長さんの整った顔には、笑みが浮かんでいるが、目は笑っていないし、こめかみがひくひくと痙攣しているよ。
「え…………?」
今まで余裕な表情を浮かべていた聖女サマが慌てだす。
「あれ? あら? もしかして……しゃべっちゃいました?」
(しゃべっちゃいました、じゃないぞ!)
聖女サマは今頃になって、ようやく自分の失態に気づいたようだ。気づくのが遅すぎるけどね。
「聖女様!」
「あ……の……その」
「聖女様が嘘をつくなど、あってはならないことですよ」
普段、虫も殺せないような無害そうなヒトが怒るとやっかいなんだよな……。
大神官長が怖い。
「その……勇者様はハラミバラだから、よろしく頼むと、女神さまがおっしゃいました……」
顔をひきつらせながら聖女サマが、うっかり失言が間違いでなかったことを、宣言する。しかも、女神様の保証付きときたものだ。
これは……撤回するなど不可能じゃないのかな。
この聖女サマ、なにかとイロイロやらかしてくれる。
ガゼボ内の雲行きが怪しくなってきたよ。
「聖女様、それと……勇者様」
「はいっ!」
「はい?」
「そういう大事なことは、報告していただかないと困ります」
いや、報告もなにも……秘密にしたかったからさ。
こういうようなことになるのが嫌だから、沈黙しようと思ったわけで。
「聖女様……。ホウ・レン・ソウが大事だといつも言っていましたよね?」
「ごめんなさい……」
大神官長に睨まれて、聖女サマが項垂れる。
(ホウ・レン・ソウも大事だが、聖女サマの監視をもっとしっかりしてくれよ!)
「それでは、勇者様、参りましょうか?」
さらりと告げられた大神官長の言葉に、ガゼボ内の空気が一変する。
「参るって……?」
オレに差し出された大神官長の手を呆然と見つめる。
「ご存知ありませんでしたか? 宰相閣下あたりからご説明があったと思うのですが? ハラミバラのスキル持ちは、女神様の寵児。神殿が責任をもって保護しなければなりません」
「いや、いや、待て。大神官長! 王太子殿下が勇者様を伴侶に望んでいらっしゃる。フレドリック様も、そして……我がラグナークス家も……不本意だが勇者様を迎え入れることができる!」
王太子殿下の『やる気の素』を手放したくない宰相サンが慌てる。
「望んでいるだけで、正式発表はされていませんよね? しかも、所有の印に勇者様は返答なさっていないご様子。となると、聖女様の庇護下に入るのが、本来の正しいカタチではありませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます