第51章−4 異世界のホウレンソウはイマイチです(4)
宰相サンの追求は厳しい。
視線はもっと厳しい。
オレなんか、もう少しで心臓が止まるかと思ったよ。
だけど自称『オレの聖女サマ』は、悠然と茶をすすっている。
っていうか、オレに謝罪する気持ちがあるのなら、お茶なんか飲んでないで、さっさと謝罪しろ。
亡くなった前の大神官長の弔いも終了し、新しい大神官長の就任式も完了したので、聖女様も時間に余裕ができたらしい。
……なので、オレに会いたくなったそうだ。
「軽々しく出歩かれては困ります」
宰相サンの声に抑揚がなくなった。怒りというよりは、いらだちを抑えているようだね。
一方、背後にいる騎士団長サンの顔色は悪い。めちゃくちゃ悪いよ。
マルクトさんは眉根を寄せて、末の弟のワガママぶりにうんざりしているようだね。
エリーさんはにやにや笑っている。
そうですよね。部外者なら、楽しそうに見えますもんね……。
「今回、女神様のお言葉が間違って伝わってしまったのは、他人を介在したのが原因でしたのに、宰相様は、他人にことづてろとおっしゃるのですか?」
「手紙でお伝えすれば解決することでございます」
「いやです! 同じハラミバラ同士、交流を深めたいではありませんか!」
ガゼボ内の空気が一瞬で凍りつく。
おいおいおいおいおい!
せいじょさま――っっ!
なにぺろっと、オレの秘密をバラしてくれちゃってるのさっ!
宰相サンの目がくわっと見開かれ、ものすごい勢いで後ろを向いて、背後の騎士団長サンを凝視する。
再教育はどうなったんだ、と言いたいのだろうね。オレもとことん追求した気分だよ。
騎士団長サンは両手で顔を覆っている。
泣きたくなる気持ち……なんとなくわかるよ。
「はぁ? えっ? ハラミバラ?」
「え……ハラミバラ……?」
「ハラミバラ同士?」
「勇者様がハラミバラ?」
なんてことだ! オレがハラミバラのスキル持ちだと知る者が、新たに四人も増えちゃったじゃないか――。
結界を張っていなかったら、一気に三十人以上増えるところだったよ。
危ない、危ない。
「そんなことよりも、どうして、わたしがつけた『所有の印』が跡形もなく消え去っているのよ!」
「あんなばっちい印をつけてたら、勇者様の品位が損なわれるだろ。キレイさっぱり消し去ってやったゾ」
「なんですって!」
おいコラ、聖女様! オレの秘密をバラしたことを『そんなこと』で片づけないで!
「まあ、消えてしまったものは、つけ直せばよいだけですしね?」
妖艶な笑みを浮かべた聖女様の顔がだんだんとオレに近づいてきて……あっという間にオレの唇が奪われる。
リニー少年の悲鳴が聞こえ、フレドリックくんがなにやら叫んでいるが、そんなことはどうでもよくなってくる。
ただただ、唇がふれているところが熱くて、気持ちよくて、このまま……。
ふらりとなりかけたところ、フレドリックくんがオレの肩を掴む。
「やば……い」
呆然と呟く。
ぼんやりとした焦点が定まってくると、聖女サマがキラキラした目でオレを見つめているのが見えた。
(かわいいなあ……)
その視線を独り占めしたくて、手を伸ばしかけたところ、肩に鈍い痛みが走って、我に返る。
うわっ、すごくやばかった。
聖女様の所有の印がとてつもなくヤバい。
ついでにフレドリックくんの握力もヤバい。肩の骨が砕けるかと思ったよ。
もうちょっとで、ドリアとフレドリックくんの印がかき消されるところだった。
後でつけなおしてもらった方がいいだろうね。
まあ、あのふたりなら、オレが頼むよりも先に印をつけてしまいそうだけど。
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