第49章−4 異世界の書類は間違いだらけです(4)

「そういうことか。ちゃんと目を通しておいてよかったぁ」

「そうだな。よく内容を覚えていたな」


 オレがちょびっと褒めると、ドリアのしょぼんとしていた顔に輝きが戻る。


「書類には読み方のコツというものがあるんだけど……」


 と説明しながら、オレは難しい顔で考え込んでいるフレドリックくんを見上げる。


「ねぇ。フレドリックくん?」


 無意識のうちに甘えた声がでてしまった。


「ずるいぞ! フレドリック! わたしも、マオにそういう蕩けるような顔で、食べたいくらいに甘い声で名前を呼ばれたい!」

「わかった、わかった。この書類が片付いたら、何度でも呼んでやるよ」

「ホントウだな? 間違いないな? 約束だぞ!」

「ああ。だからちょっと静かにしてくれないか?」


 ドリアが大騒ぎしていても、フレドリックくんの目は書類から動かない。


「ねぇ。フレドリックくん?」

「あ……はい! 勇者様、どうかなされましたか?」


 三度目にして、ようやくフレドリックくんは、オレの声に気づいてくれた。


 じとっとしたドリアの目線が気になるが、頼むから今は口を挟まないでくれ。ドリアが口を挟むと、まとまる話も混乱してしまうからな。


「フレドリックくんと、オレは口をだしていいんだよな?」

「そう……らしいですね」


 ずいぶんと控え目な返事だ。


「たぶん、宰相サンは、オレたちに口をだして欲しいんだと思うよ?」


 であるならば、フレドリックくんに現実を突きつけるまでだ。


「……宰相閣下はそういう御方です」

「今のドリアはひとりにできないよ? このままじゃあ、ダメだよ? わかるよね?」

「……わかっております。わかっておりますが……」


 フレドリックくんはガシガシと髪の毛を掻きむしる。


 ごめんね、フレドリックくん。


 わかっているよ。フレドリックくんは、政務から離れた場所にいたいんだろうね。


 ひっそりと、気配を殺して、壁になって……目立つことなく、一介の近衛騎士として生きていたいんだろうね。


 もう二度と、継承争いに巻き込まれたくないんだろうね。


 オレがシーナの国を滅ぼしたけど、シーナが罠にはまって王太子位と己の生命を奪われたとき、シーナの大切な人たちもいっしょにたくさん殺されたって聞いている。


 フレドリックくんは、そんなことはもう二度と体験したくないんだよね。


 フレドリックくんは、自分が王位を狙っているって、みんなから思われたくないんだろう。


 だから権力と政務には無関心であるという姿勢を貫き、慎重に生きてきたにちがいない。


 シーナはまだ王太子だった頃、ものすごくがんばって、貧しかった自分の国を豊かにした。

 積極的に王政にかかわっていた。


 他人に頭を下げるのをきらっている誇り高いダークエルフが、オレの国との国交を求めてきたときも、シーナがその中心にいた。


 誰も跪こうとしないなか、シーナだけがオレに向かって深々と頭を垂れた。


 オレはシーナの王としての器に期待していたし、それをこよなく愛していた。


 ドリアが王太子になり、フレドリックくんの継承権の順位が下がったのは、フレドリックくんが国王の実子でなかったからだ。


 ただ、こちらの世界の王太子教育も受けて、シーナの記憶もあるフレドリックくんが文官ではなく、武官の道を選んでいたのには驚いた。


 国王の補佐として、宰相であったり、副宰相になってもおかしくない。というか、普通ならそうなるのだろうけど……。


 そうなっていないのは、フレドリックくんがそうなることを望んだからだろう。

 前世から引き継いだその才能がみんなに知られたら、フレドリックくんを次の王様に……って思うひとたちがでてくるのを恐れているんだろう。


 そんなこと、フレドリックくんは全く望んでいないのにね……。


 でもね……ドリアがこのままダメダメ王太子だったら、この国はどうなってしまうんだろうね?


 乱れた国で、ひっそりと、気配を殺して、壁になって……。

 目立つことなく、一介の近衛騎士として生きていけると思うかい?


 そんな想いを込めて、オレはフレドリックくんをじっと見つめる。


 この部屋には警護の近衛騎士もいれば、宰相サンの手配した書記官が出入りしている。そして、ドリアもいる。


 そのような中で、そんなことは口にだして言えないってことはわかっているよ。


 それこそ大変なことになってしまうからね。

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