第49章−5 異世界の書類は間違いだらけです(5)
「勇者様も巻き込まれてしまいますよ? その……それでよろしいのですか?」
「かまわないよ。ドリアが仕事を片付けるまで待っていたら、干からびてしまいそうだからね」
冗談のつもりで口にしたのだが、ありえそうなことなのでちょっと怖い。
フレドリックくんもオレの笑えない冗談に、微妙な表情を浮かべている。
「魔王退治よりも、書類と格闘している方がオレは好きだし、ね?」
オレはフレドリックくんにトドメをさすべく「ね?」という部分に、思いっきり、力を込める。
フレドリックくんの顔が真っ赤に染まり、ドリアの頬が不満げにぷくっと膨れた。
「わかりました……。今回だけですよ」
「うん。うん」
とりあえず、今のことだけ考えよう。
次は次で柔軟に対応すればいいだけのことだ。
「宰相閣下を喜ばすことに抵抗はありますが、勇者様を干物にさせるわけにはまいりません」
降参だ、といわんばかりにフレドリックくんは肩をすくめる。
「勇者様といっしょに王太子殿下のお手伝いをいたします」
****
お茶の時間が終わっても、オレとフレドリックくんは執務室に残った。
そして、ドリアと一緒に仲良く三人で、書類の処理をはじめる。
応接机があっという間に書類だらけになってしまった。
しばらくすると、なかなか戻ってこないオレを探しに、リニー少年が執務室にやってきて、書類処理をする人数が四人になった。
「父上にも困ったものです。このような不備だらけの書類のチェックなど、下級書記官の仕事ではないですか!」
オレの隣に座ったリニー少年が、ぷりぷり怒りながら書類をよりわけていく。
まずは、リニー少年でも簡単にわかる誤字脱字、文書としては不完全な書類がはじかれていく。
書類チェックにリニー少年が加わったことで、書記官たちの緊張度が増した。
自分たちがなにか失敗して、それが宰相サンの耳に入ったら……と怯えているようだ。
さすがは、宰相サンの息子さんだ。
存在自体が恐怖の対象らしい。
だけど、リニー少年は『口をだしていい』ヒトのリストにはなかったと思うのだが……。
それを指摘すると、リニー少年はにっこりと笑って「わたしは宰相の息子ですからご心配なく」という答えが返ってきた。
いや、その言葉、その笑顔……すごく怖くて、ものすごく心配になっちゃうよ。小さいうちから変なことを覚えちゃだめだよ。
リニー少年のチェックを終えた書類は、次にオレのところに来る。
内容を読んで吟味するが、やはり国が違うので、内容が正しいものなのかはわからない。
それよりも、この国はこういうことをやっているんだな、ということがわかっておもしろい。
だが、書類の中だけに限った矛盾点はわかる。
「フレドリックくん、なんか、この数字、おかしくないか?」
「ああ、そうですね」
フレドリックくんはオレが渡した書類に目を通すと、問題の数字の行に赤線を引き、以下の行にざくっと赤でナナメの線を引く。
なかなかに思い切りがよい。
向かい側の席に座っていたドリアなど、驚いて声も出ないみたいだ。
「王太子殿下、こちらの書類ですが、この部分で計算が間違っています」
書類とにらめっこしていたドリアは顔をあげ、フレドリックくんが差し出した書類に目を落とす。
見ているフリではなく、ちゃんと読んでいるのは偉い。……とオレが褒めたら、ちゃんと読むようになった。
チョロい……。あまりにもチョロすぎて、見ているこちらが心配になってくる。
「……ホントウだ。間違っているな」
「そういう場合は」
「そういう場合はどうするのだ?」
ドリアが質問する。
「もう、これ以上、目を通す必要もありません。計算し直す必要もありません。即刻突き返してください」
「返却してよいのか?」
「よいのか、ではなく、しなければなりません。でないと、また同じ間違った書類が上がってきますよ……」
と言いながら、フレドリックくんは近づいてきた書記官に朱入りの書類を押しつける。
「計算ミスだ。返却。再提出の要請」
「承知いたしました」
「それから、提出前に再チェックの勧告を。ミスの多い書類をあげている部署のリストアップもするように」
「承知いたしました」
……フレドリックくんが本気モードだ。
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