第49章−3 異世界の書類は間違いだらけです(3)

 フレドリックくんは額に手をやり、もう一度、大きく息を吐きだす。


「わかった。では、おまえたちの代わりに、わたしが口をださせてもらう」

「承りましょう」

「同じ内容の上奏書類を即刻、集めて選り分けろ。要件が同じものであれば、日付が最新のものだけを残して、古いものは破棄だ。書類の有効期限が迫っているものから順次、こちらにまわせ」

「承知いたしました」

「こちらに上げるものは、緊急を要するものから順次だぞ。他に影響が少ないものは、後回しでかまわん」

「はっ」


 書記官たちは一斉に頷くと、素早く行動を開始する。


 いままでのろのろと書類をまとめていた書記官たちが、別人のようにきびきびと動きはじめ、書類をものすごい勢いで抜きだしていく。


 オレに暦を差し出した年配の書記官は自分の机に戻り、集まった書類の表紙に次々と、破棄の判子を押していく。


 破棄の書類がある程度にまとまると、若い書記官が書類を抱えて部屋からでていく。


 彼らの動きには、迷いも無駄もなく、こうなることを待っていたふしがある。


 彼らの頭の中には、どこに、どの書類があって、どの書類が再上奏されたものなのかすべて入っているようであった。


 水を得た魚のように、生き生きと執務室の中を動き回っている。


 書記官たちは疲れて元気がないと思っていたのだが、どうやら、仕事ができなくて腐っていたようだ。


「フレドリック? これは、一体、どういうことなのだ?」


 わかっていないのはドリアだけだった。


 部屋からどんどん書類が運ばれていく。

 ものすごいスピードで書類の山が消えていく。


 ってか、こんなにも、再上奏の書類が紛れ込んでいたのかよ!


 この国の書類の有効期限……短すぎるんじゃないのか!


 普通紙とはいえ、もったいないぞ!

 オレの世界では紙は貴重だ!

 もっと大事に使え!


「勇者様、あの紙は特殊工程を経た後、真新しい紙として生まれ変わりますので、ご心配なく」


 ドリアに見つからないように注意しながら、フレドリックくんがそっとオレに耳打ちする。


 そうなのか?


 勇者の世界でいうところの、りさいくるというやつだな。

 えこ……とかいうやつだ。


 異世界って、すごいな。


「わたしがなにもしていないのに書類が勝手に減っていく。なぜだ?」


 呆然とした顔で、ドリアが呟いている。

 そうだね、理由が理解できてなかったら、すごく不思議な現象だよね。


 フレドリックくんは硬い表情のまま、部屋の中に残っている書類を睨んでいる。

 心ここにあらずという風で、ドリアの質問に答える気配はない。

 それとも、フレドリックくんはオレに答えさせたいのだろうか。


「ドリア、ここをよく見るんだ」

「え? どこだ? どこ?」


 オレは応接テーブルの上に放置されたままになっている例の書類を手に取ると、ドリアに向かって数字がかかれている行を指さす。


「日付?」

「そうだ。この日付の前にはなんて書いてある?」

「ゆうこうぎげん……あっ」


 ドリアもようやく気づいたようだ。


「ドリア……こちらの世界ではどうかはわからないが、オレの国では、有効期限の切れた書類にサインしても、その書類に効力はないぞ。というか、ただのゴミだ」

「そ、そうだな。我が国でもそうだ。わたしは、ゴミにせっせとサインしていたのか……」

「サインしても無効だから、同じ内容の書類がまた上奏される。そして、有効期限が短い書類は、有効期限が切れた時期に、再上奏されているのではないか?」

「うう……。なんということだ」


 気の毒なくらいドリアが落ち込んでしまった。


 通常なら、そういう書類は書記官たちが処理してくれる。

 そのための書記官だ。


 ……ちょっと不安になったので、そのこともドリアに教えてやると、なんと「そうだったのか!」と目をまんまるにして驚く始末である。

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