第48章−6 異世界の面会はドキドキです(6)

 少し……少しだけ……ドリアに会いに来たのを後悔してしまった。


 今ならフレドリックくんの提案を受け入れて、部屋からでていくことも可能だろう。


 だけど、それはちょっとドリアが哀れでならない。


 少しくらいなら……ドリアの元気……かどうかも怪しいが、ドリアの元気そうな顔を確認して、言葉を交わして、スマートに執務室をでていきたい。


 そう、スマートに。エレガントに。


 ちょっとだけドリアの顔を見て、ちょっとだけ言葉を交わして、ちょっとだけ抱きしめられて、ちょっとだけキスを……。


 ……って、オレはなにを考えているんだ!


 これっぽっちもスマートでもエレガントでもないぞ!


 危険な妄想をぷるぷる振り払うと、オレはドリアがいそうな方向に向かって声をかける。


「ドリア……。相変わらず忙しそうだな」

「え? マオ? マオの声だ!」


 書類の山からぴょこんと、ドリアが顔をだす。


「マオがいる! まるで夢のようだ。いや、これはもしかして夢なのか!」


 書類の隙間からドリアの顔が見えた。

 泣いていたのか、瞼は腫れぼったく、目の下にはクマができている。


「ドリアがおかしい……」

「いつものことです」


 フレドリックくんは容赦がないな。


「宰相には……仕事が溜まったままの状態でマオに会いに行くのは、カッコ悪い男だ。そんな調子だからフレドリックにマオを寝取られたのだ、と言われたが……」


(おい、宰相サン、なんてことを言ってくれるんだ!)


「でも、わたしがマオに会いにいったのではなく、マオがわたしに会いに来てくれたのだ。これは、セーフだよな? ノーカウントだよな……」


 ドリアが明後日の方向を睨みながら、なにやらわけのわからないことをブツブツ言っている。


 ふと、ドリアと目があった……。


「マオだ――!」


 ドリアは少しの躊躇もなく机の上に立ち上がる。勢いをつけてそのまま飛び降りると、入り口で呆然としているオレめがけて、猛烈スピードで突っ込んでくる。


 執務机を迂回してではなく、今回もまた最短距離をドリアは選択した。


 書記官たちの悲鳴も前回と同じだ。

 いや、人数が増えている分、声は大きく、悲痛さの度合が増している。 


(ドリア! オマエの学習機能はどうなっている――!)


 大量の書類を蹴散らしながら、ドリアはオレめがけてまっしぐらに突っ込んでくる。

 その姿は、おやつめがけて突進してくる犬のようであった。


 執務机の上で決済を待っていた未処理の書類が宙を舞う。


「マオ――っ!」

「ぐはあっ!」


 鈍くて重い痛みと、ギリギリと締め上げられる苦しみがオレを襲う。


 おおうっ。


 これは……竜帝とやりあったときと同等のダメージだ。


 やばいぞ。


 人間なら即死……というか、ぐっちゃぐっちゃの粉微塵になってしまうレベルだ。


 入室前にステータス五倍がけの魔法をかけていたのに、この衝撃はなんだ!


 ひっくり返りそうになるところを、フレドリックくんが身体を張って支えてくれる。


 フレドリックくんの口からも呻き声というか、罵っている声が漏れる。


 異世界のハグって、どうなっているんだ!


 怖い! 怖い! 怖すぎる!


 顔を思いっきりしかめながら、フレドリックくんが自分自身にハイクラスの回復魔法をかけてるぞ。


 口からちょびっと血がでてたし……。


 そうだよな。


 竜帝クラスの突進に、身体強化したオレの加速荷重が加わったから、相当なダメージがあったんだろう。


 防護魔法ばっちりの近衛騎士の制服を着ててよかったね。じゃなかったら、肋骨が数本粉微塵になってたよ。


 オレも、これからは部屋着にも正装なみの防護魔法を仕込んでおくとしよう。

 今のままじゃ、まずすぎる。


 それにしても、ドリアのオレに対する思慕の情がすごすぎる。


 オレは魔王だけどさ。


 魔王はみんなから忌み嫌われるものだけどさ。勇者に討伐されたら、みんな万歳って喜ぶよ。それくらい嫌われているよ。


 でもさ、嫌われるよりも、慕われている方が嬉しいよ。


 ただ、コレを喜んでいいものなのかちょっと悩むけどね。


(オレの考えが甘かった。つ、次は……念には念を入れて、十倍がけでいくぞ)


 と、オレは密かに誓った。

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