第48章−5 異世界の面会はドキドキです(5)

「勇者様……」

「なんだ?」


 フレドリックくんが「やりましょう」って言ってくれたら、オレはいつでも、どこでもオッケーだぞ?


 という気持ちを込めてオレは目を開け、フレドリックくんを見つめる。


「その……もうじきお茶の時間になりますが、王太子殿下に会いにいきませんか?」

「…………へ?」


 予想していたのと全く違うフレドリックくんの言葉に、オレは一瞬呆然としてしまい、邪なことしか考えていなかった自分に激しい自己嫌悪を覚える。


「でも、ドリアは執務中だろう? 邪魔しちゃ悪い……」


 溜まった仕事を片付けてから、マオとゆっくりするんだ! ……と、宣言してがんばっているドリアの決意を尊重したい。


 『ハラミバラ』スキル所持者はなんでもやってオッケーみたいな風潮は、倫理的によろしくないだろう。


「会いたいのでしょう?」

「え?」


 フレドリックくんの指摘にドキリとする。


 目を見開いて驚いているオレの頬に、フレドリックくんの大きな手が優しく触れてくる。


「王太子殿下は、勇者様にお会いできなくて、とてもお辛いはずです」

「そうだろうか?」

「はい。勇者様にカッコいいところを見せたいと痩我慢されているようです。シクシク泣きながら仕事をしていらっしゃるようで、仕事はあまりはかどっていないそうですよ?」


 フレドリックくんはとても優しい。

 哀しいまでに優しい……。


「勇者様は王太子殿下にお会いしたくはないのですか?」


 フレドリックくんの甘い囁きが、オレの心のなかにじわりと染み込んでいく。

 その試されているような魅惑的な誘惑に、オレは逆らうことができない。


 フレドリックくんはわかって言っているのだろうか。

 今のオレがドリアに会ったら、オレがどうなってしまうのか……わかっているのだろうか。


 オレもフレドリックくんも、また選択を間違ってしまうのだろうか。

 フレドリックくんの穏やかな眼差しから逃げるように顔を背けると、オレは小さな声で答える。


「………………………すごく、会いたいデス」


 ****


 ほどなくして、オレはドリアの執務室前に立っていた。


 以前、来たときとは違う近衛騎士が扉の左右に立っている。


 ふたりとも見覚えのある顔だよ。


 ドリアを鬼気迫る表情で一生懸命に追いかけ回していた近衛騎士たちだ。


 だからその、頼むから、救世主を見るような目でオレを見ないでほしい……。


 近衛騎士がオレたちの来訪を取りついでくれている間、おとなしく扉の前で待つ。


 久しぶりの面会に、妙にドキドキするぞ。


 とりあえず、歴代勇者たちがやっていたように、部屋に入る前に、ステータス倍増の魔法を忘れずに発動させておく。


 フレドリックくんの「なにをやっているんだ」という訝しげな視線が少々気になるが、気にしちゃだめだ。


 事前に通達していたので、近衛騎士は嬉しそうに一礼しながらすぐに扉を開けて中に通してくれた。


「うわぁ……なんだ、この書類の山は……」

「ここまで溜めているとは……」


 オレとフレドリックくんは同時に溜息をつく。


 目に入るのは書類の山。


 執務机の周囲は特にひどく、書類に隠れてしまって、どこに執務机があるのかすらわからない状態になっていた。


 こんな惨状になっているのなら、もっと早く来るべきだった……と、ちょっぴり後悔する。


 ドリアは……書類に埋もれていて、入り口からだと全く見えない。


「……ああ。ヤバい。まじでやばいぞ。マオの声が聞こえた。マオの匂いがする。マオの気配を感じる」


 書類の中からそんな声が聞こえた。

 声の主は相当疲れているのか、変質者みたいなセリフだね。


「これは……重症……だな」

「重症……ですね。出直しますか?」

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