第45章−2 異世界の護衛騎士は◯◯◯です(2)

 前世と比べて、確実にしたたかになった『彼』に、オレは心のなかで安堵の溜息をつく。


 今の『彼』は上手に父親に甘えることができているようだし、権力行使に一切の躊躇がみられない。兄弟仲も今回は悪くないようだ。


 よかった……。騎士団長サンは愛情深いヒトのようだな。

 今世の『彼』は家族に恵まれたようだ。


「フレドリック様、わたくしにできることはございませんか?」

「だったら……新しい寝具一式、わたしと勇者様の部屋着。そして、身を清める湯とタオルを二人分……飲水も用意してくれ。急ぎではない。昼までに用意してくれたら十分だ」


 それは……昼まではまだここで寝ているぞ邪魔するな宣言だ。


「朝食はいかがいたしましょうか?」


 こんなときでも平然と食事の心配をするリニー少年って、すごすぎるよ。

 異世界の小姓って、怖いよね。


「昼食と兼用だ」

「承知いたしました」

「洗い桶の始末も後ででいい」


 足元に転がっている洗い桶を拾おうとしたリニー少年を、フレドリックくんが止める。


「まだ、大人の時間が続いている。子どもはとっととでていけ」

「しょ……承知いたしました」


 なぜか、リニー少年は、頬をぽっと赤らめ、瞳をウルウルさせている。


 寝室の扉が閉まる前に「勇者様、あとヒト押しです! あとヒト押しで、フレドリック様は陥落します。ファイトです!」というリニー少年の呟きが聞こえた。


 ****


「はあ――っ」


 疲れたような溜息を吐き出しながら、フレドリックくんがどさりと勢いをつけてオレの横に寝転ぶ。


 マットレスがなくなったベッドは痛いぞ。なにかに身体を打ちつける音が聞こえた。


 部屋の空気が動き、羽毛がふわふわと舞い上がった。


「埃っぽいな……。先に、掃除をさせた方がよかったか」

「コレ、けっこう、おもしろいから、もう少しこのままでいいよ」


 宙を舞っている白い物体をつかもうと、オレは手を伸ばす。


「また、そのようなことをおっしゃって……。翌日から部屋が羽毛だらけになっても、わたしは知りませんよ」

「それは、鳥が気の毒だ」


 オレはクスクスと笑いながら、ふわふわとたよりなく漂っている羽毛をつかみとろうと、手を動かす。


 ひとつの形のよい羽毛に狙いを定め、手を伸ばしたところを、フレドリックくんの大きな手に邪魔され、そのまま羽毛ごととらわれてしまった。

 

 オレとフレドリックくんの指と指が戯れるように動き、離れまいとからみあう。


 フレドリックくんはオレの手を自分の口元へと引き寄せると、甲へキスを落とした。


 その瞬間、オレの身体の奥底に火が灯ったような気がした。

 突然わきあがった多幸感に、オレの口から甘い呻きがもれる。


 フレドリックくんの存在を、もっと側で、もっとはっきりと感じたくて、コレ以上は無理というくらいに身体を密着させる。


「いつから……いつから、わたしが、シーナだと?」

「いつだろう?」


 どのように答えるのが、ふたりにとって一番よい答えになるのかな。


「記憶の封印にほころびが生じ始めたのは、あの本を読んで、添い寝がはじまった頃かな?」

「……密着しましたからね」


 フレドリックくんの声は苦々しいい。

 色々な意味でオレに『不可思議怪奇奇譚』を読ませたのを後悔しているようだ。


「もしかして……いや、まちがいないと思ったのは、昨日、聖女様の寝室にフレドリックくんが助けに入ってきてくれたとき……だな」


 勇者が魔王城に到着する前日、オレを助けようと必死だったシーナの表情と、部屋に入ってきたフレドリックくんの表情が、ぴたりと重なったときだ。


 オレは自分の感情を悟られまいと、フレドリックくんの胸に顔をうずめる。


 あのときの別れは……辛くて、悲しくて……オレだけでなく、シーナも深い傷を負った。互いが深く傷ついた。


 あの日のことには触れたくない。フレドリックくんにも触れてほしくはなかった。


「オレがすぐに思い出さなかったから……怒っているのか?」


 ドリアと寝たことをフレドリックくんは怒っているのだろうか。


「いいえ」


 羽毛まみれのオレをフレドリックくんが抱き寄せる。

 オレはわざと羽毛をかき混ぜながら、フレドリックくんの身体にぴたりと身を寄せた。

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