第45章−1 異世界の護衛騎士は◯◯◯です(1)

 翌日。

 オレが異世界に召喚されて三十四日目。


 夜明け直前まで抱き合っていたオレとフレドリックくんは、リニー少年の甲高い悲鳴で目覚めた。


 爽やかとは程遠い、騒々しい一日の幕開けである。


 リニー少年の手から、大きな音をたてて、ほうろうの洗い桶が床の上に落ち、お湯が派手に絨毯を濡らす。


 豪快に跳ね返った湯は、リニー少年の足元もびちょびちょに濡らしたが、本人は全く気づいていないみたいだね。


「な、な、なにごとですか!」


 リニー少年は目を大きく見開き、寝室の『惨状』を目の当たりにする。


 まぁ、驚くのも無理はないだろうね。


 見事な彫刻がほどこされた豪奢な寝台は見る影もなくボロボロで、フカフカ寝具も見当たらない。

 そして、床の上には、羽毛やら、布の切れ端が散乱して雪のようにうっすらと積もっている。


 寝台としてなんとか体裁を保っているモノの上では、羽毛にまみれた裸の男ふたりが仲良く抱き合って眠っているのだ。


 この光景を目の当たりにして、驚かない方がおかしいよね。


 ベテランの侍従なんかだったら、無の絶対境地を極め、鉄の仮面をかぶって無言で朝の支度をするだろうが、幼い小姓にそんな反応をされたら、逆に嫌すぎるよ。


「い、い、い、いったい、おふたりの間で、なにがあったんですか! いきなり喧嘩ですか! それとも、おふたりはそういうご趣味なのですか! どれだけ激しいコトをやったら、部屋がこうなるんですか!」

「うるさいなぁ……。勇者様はまだお休み中なんだ。静かにしろ」


 乱れた髪の毛を乱暴にかき上げながら、フレドリックくんは緩慢な動作で身を起こす。


 眠そうにしながら、さりげなく身体をずらして、リニー少年の視線からオレを隠してくれる。


 そういう気遣いは流石だね。


 オレの方はというと……恥ずかしいので、寝たふり。リニー少年へのもろもろの対応はフレドリックくんに任せよう。

 羽毛の山の中に潜り込んで、このままボロボロな羽毛と一緒に姿を消してしまいたいくらいだよ。


 オレの下手くそな狸寝入りを見て、フレドリックくんが笑った……気配が伝わってきたが、ここは寝たふり決定だからね。


 フレドリックくんに髪をさわさと撫でられてくすぐったいが、オレはぐっと我慢する。


「いや、ですが、フレドリック様。この部屋は……」

「少し、散らかってしまったようだな」


 威厳に満ちたフレドリックくんの声が、なんとも心地よい。


 護衛騎士ではなく、王太子教育を受けた者が発する声と威圧をまともに浴びてしまい、リニー少年は急に大人しくなる。


 この声で、昨晩は何度も何度もオレへの愛を囁いてくれたのだ。

 そのときの感激を思い出すと、自然と頬がゆるんできた。


 指先でちょんちょんと口元をつつかれて、もう少しで声をだしそうになってしまう。


「少し……ですか?」

「ああ。少しだ」

「少し……なんですか?」


 これのどこが『少し』なんだ、とリニー少年は言いたいのだろうが、フレドリックくんの全身から放出される静かな圧を前にすると、反抗心というものが消し飛ぶようだね。


 フレドリックくんは、自分が上位の存在であることをことさら強く誇示している。

 この場は黙って従うしかないんだろうね。


「あの……羽毛に血痕が……」

「大丈夫だ。それは、わたしの血であって、勇者様のものではない。勇者様はご無事だ。勇者様の玉のように美しい肌には、一筋たりとも傷はついていない」

「この血は……フレドリック様の? フレドリック様が、こんなにも血をお流しになったのですか!」

「大事無い。ただのかすり傷だ」

「…………」


 血に染まった羽毛の量からして、かすり傷ではないことぐらいすぐにわかる。


 だが、賢いリニー少年は口を閉ざし、それ以上はなにも言わなかった。


 リニー少年もまた、王族に仕えるための教育をしっかりと受けているということだ。


「修復にかかった金は、フレディア・ラーカス宛にしておいてくれ」

「わかりました」


 フレドリックくんは、しれっと父親の名前をだす。


 請求書を見て、頭を抱える騎士団長サンの姿が簡単に想像できたよ。

 騎士団長サンも色々と大変だね。

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