第44章−5 異世界の謝罪は長いです(5)※

 フレドリックくんから答えを聞かなくても、彼が願いそうなことは、なんとなく予想がついたけどね。


 それでも確認は必要だよ。


「魔王様……わたしの願いは『わたしのことなど忘れて、魔王様が幸せになること』です」

「やっぱり…………」


 フレドリックくんのこと、シーナのことを忘れて、オレが幸せになる?


「それは無理だ」

「魔王様……」

「フレドリックくんのこと、シーナのことを忘れたらオレは幸せにはなれない……」

「でも……」


 フレドリックくんの口にキスを落とす。


「大丈夫だよ。オレは魔王だ。自分の世界に帰る方法くらい、自分でみつけてみせるさ」

「あなたらしいですね……」


 フレドリックくんの言葉にオレは喉の奥で「クククっ」と嗤う。


「フレドリックくんは、オレのことが好きか?」

「はい。愛しています。あなた以上に、わたしは、ずっと、ずっと前から、あなただけを愛しています。その愛の深さと重さは、あなたのものよりもはるかにしのぎます。それは、今でもかわりません」

「だったら……」


 オレは艶然とした笑みを浮かべながら、夜着の紐をほどいていく。

 魔力の消耗が激しくて、魔素を補充したいんだ……と、もっともらしい理由をつけて、シーナの魂と記憶を持つ、フレドリックくんを誘惑する。


 仰向けで寝転がると、ミシっと音がしてベッドらしきものが軋んだ。

 壊れそうで壊れない。

 なかなか頑丈なベッドだ。


「セナ……。会いたかったです。会いたかった。我慢できませんでした。……傷つけてしまって申し訳ございません」

「もう謝るな。どういう形であれ、もう一度、シーナのことを思い出すことができて、シーナの魂に会えた。フレドリックくん、オレを喚んでくれてありがとう」

「ですが、封印されていた記憶まで呼び起こしてしまいました……」


 フレドリックくんの声は震え、顔は苦悶で歪んだままだ。


 それは嫌だ。


 無理な注文だとはわかっているけど、彼には昔のシーナのように微笑んでいてほしい。


「あの記憶は辛い。平気と言えるほど、オレは強くない。でも、フレドリックくんが側にいてくれたら、フレドリックくんが幸せなら大丈夫だ。シーナが消えていないとわかれば、オレは大丈夫だ」

「セナ……」

「フレドリックくん、シーナに会わせてくれてありがとう。後悔はしてない。今日までのこれまでは、シーナに会うための対価だと思えば、安いものだ」


 フレドリックくんの逞しい身体がオレの上に被さり、飛び散った羽毛が驚いたかのように宙に舞い上がった。


 今までの空白の時間を埋めるかのように、オレたちは相手を強く求めて、その存在が確かなものであるかを確認する。


 時間の軸と異なる世界を超えて、オレはようやく、会いたかったヒトに再び会うことができた。


 これが、至高神アナスティミアが用意した『サプライズ』だと気づくのはもう少し後のことだ。


 そして、その『サプライズ』はアナスティミアの世界にオレを繋ぎ止める、呪いじみた枷でもあったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る