第44章−3 異世界の謝罪は長いです(3)
「シーナ……」
行き場を求めて暴れていたオレの中の魔力が、落ち着きを取り戻してゆっくりと消えていく。
フレドリックくんは慎重に結界を解除すると、ゆっくりとオレから離れて身を起こした。
オレも同じように起き上がり、目の前にいるフレドリックくんをまじまじと見つめる。
宙を舞っていた純白の羽毛と血に染まった羽毛が、雪のように細かく粉砕された状態で、オレたちに降り落ちてくる。
オレとフレドリックくんが座っているのは……客室にある巨大なベッドの上。
魔力の暴走で、フカフカ寝具はなくなってしまったが、ベッドの形状と威厳は辛うじて残っているという状態だ。
フレドリックくん自身はというと、近衛騎士の制服は気の毒なほどズタボロで、それが服なのか、布の切れ端なのかわからない状態にまでなっていた。
肌にもたくさんの傷があり、真っ赤な血が現在進行系で流れ落ちている。
オレはフレドリックくんに護られて無傷だというのに……。いたたまれなくなって顔を伏せる。
「よかった……。あなたに怪我がなくて、本当によかったです」
「いや……。シーナ……いや、フレドリックくんは傷だらけだ。オレのせいで」
「この程度の傷は、騎士であれば傷のうちにははいりません」
と、答えたものの、「お見苦しいところをお見せしました」とフレドリックくんは謝罪しながら、回復魔法を唱えて、自分で全身の怪我をあっさり治してしまった。
うん。そうだよね。
自分で治す方がいいよね。
本当は、話の流れ的にみても、オレがフレドリックくんの怪我を治したかったんだけどね。
でもね、魔力もそんなに残ってないし、オレの回復魔法はホント、低レベルのものだから、失敗することもあるんだよ。
回復魔法で愛するヒトを傷つけたくないからね……。
「勇者様……いえ、魔王様。申し訳ございません」
居ずまいをただすと、フレドリックくんが頭を下げる。
召喚された勇者が広めた異世界の謝罪マナー……土下座だ。
「なんで、フレドリックくんが謝るのさ? なにに謝っているんだ?」
オレの声に少しばかり不満の色が交じる。
会えないと思っていたヒトに再び会えたというのに、なんでこうなるんだ?
時間と世界を越えた感動の再会! 抱き合うつもり満々だったオレのやる気、いや、気持ちはどうなるんだ?
オレたちのどこが悪いんだ?
なぜだ?
どうして、フレドリックくんとだと、甘々な雰囲気にならないんだ?
今のオレが男性体だから、こうなのか?
女性体だったらよかったのか?
「フレドリックくんが謝りたいことって……シーナだったおまえが、一族の策略にひっかかって、処刑されたことか?」
「それもです。申し訳ございませんでした。魔王様からのご忠告がありながら、わたしに危機管理能力が欠如していたばかりに……」
うん、シーナの美徳でもあり欠点でもあったのが、だれにでも優しすぎたこと。
そして、疑うことをしなかったことだ。
シーナには若さゆえの純粋さというか、視野が狭いというか、理想に幻想を抱きすぎなところがあった。
それは、当時の『わたし』も危ない……と感じていて、何度か警告したけど、その警告は無駄だったということだ。
ただ、それもあるということは、まだ他にもあるということだよね?
「わたしが魔王様との『約束』を守れなかったために……。魔王様に……罪を負わせ、長きに渡る期間、死の苦痛と孤独、別離の恐怖をおひとりに背負わせてしまいました」
「それは……自制できずに暴走してしまったオレ自身の問題だ。シーナもフレドリックくんも関係ない」
と答えながら、胸を押さえる。
口の中に苦い味がいっぱいに広がり、胸がチリチリと痛む。
フレドリックくんの『約束』とは、簡単に言うと――勇者に討伐された後、オレが無事に復活できたら絶対にまた会おう――というものだった。
当時、五回の復活を体験していたオレもまだまだ経験不足だったし、シーナも若かったんだよね。
若気の至りとでもいうか、思い出しただけでも赤面しそうな大盛りあがりな、甘じょっぱいセリフを互いに言い合った記憶がある……。
三十五回も復活を繰り返して老成してしまったオレと、前世の手痛い記憶を所持したまま育ったフレドリックくんの間には、そういう若さゆえの暴走はない。
……なんかちょっぴりさみしい。
「いいえ。あれは、あのことは……わたしがちゃんと『約束』を守っていれば、起こらなかった悲劇でした」
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