第44章−2 異世界の謝罪は長いです(2)

 混乱しているオレに、フレドリックくんの逞しい身体が覆いかぶさる。


 フレドリックくんの結界魔法が発動するのとほぼ同時に、オレの中の押さえきれない膨大な魔力が暴発した。

 

「あ…………あっ」


 お気に入りだった枕とフカフカ布団の布地が一瞬で弾け飛び、詰め物の純白羽毛がぐるぐると渦を巻く。


 いままで不自然に抑え込まれていたモノが、出口を求めて一気にほとばしる。


 フレドリックくんの結界は、オレたちを中心としたひとりぶんを閉じ込めるための小さな圧縮タイプのものだった。


 これだけ頑丈なものなら、隣室に控えているリニー少年はもちろんのこと、オレに対するアンテナが妙に鋭いドリアにも、オレの魔力暴走はばれないだろう。


 それくらいフレドリックくんの結界は完璧で、強固なものだった。


 小さな結界に閉じ込められたオレの魔力は行き場を失い、激しい渦となって、内部で渦巻いている。


「ゆ、勇者様! 落ち着いてください。これでは、あなた自身が傷ついてしまいます!」


 魔法の加護が施されているフレドリックくんの近衛騎士の制服が、魔力の圧力に負けてビリビリと破れていく。


 圧縮された魔力は、オレ自身に向けられた怒りと悲しみだ。


 世界を破滅の危機に陥れ、幾多の無関係な生命を奪い、幾万もの可能性と未来を破壊したオレの罪の重さだ。


 それが今、明確な形となって開放されて、オレ自身を攻撃しようとしている。


「あなたが傷つく必要はありません! ですから、もう、これ以上……」


 オレへと向かうはずの魔力を、フレドリックくんが盾となって全身で庇う。

 制服の護法が破られると、皮膚が切り裂かれ、鮮血がオレの頬にかかった。


「これ以上、ご自身を責めないでください。でないと、また、あなたは壊れてしまいます!」


 慟哭するオレの上に覆いかぶさりながら、フレドリックくんは懸命にオレへと呼びかける。


「勇者様! 勇者様! ソレはもう終わったことです! 勇者様!」


(終わったこと? ……終わったことだとしても、忘れていいことじゃない)



 愛する人を奪われた悲しみ。


 愛する人を護れなかった怒り。


 オレから愛する人を理不尽に奪ったやつらを許せないが、それ以上に……。


 オレは自分自身が許せないんだよ。



 記憶を封印されないと生きていけなかった自分の弱さが許せない。



 なぜ、どうして、オレはすぐに思い出せなかったんだろう。


 ドリアに会う前に、どうしてフレドリックくんに会えなかったんだろう。


「ごめん。ごめん。シーナごめん。オレはシーナの大事なものをたくさん、たくさん、壊してしまった」

「いえ、謝るのはわたしの方です。魔王様はとても長い間、こんなに……こんなに苦しまれて……わたしが愚かでした……」


 魔力の暴走が止まらない。

 止められないんだ。

 そういう間にもフレドリックくんの全身に傷がどんどん増えていき、宙を舞っている純白の羽毛が赤く染まっていく。


 フレドリックくんの結界のおかげで、被害は最小限に抑えられているが、このままだと、あの日と同じことが起こってしまう。


 ――オレはまたシーナの世界を傷つけてしまう――


「大丈夫です。わたしがいます」


 震えているオレの手に、すり傷だらけのフレドリックくんの手が重なる。


(ああ……オレが……。オレが、こんなにも傷つけてしまった……)


「セナ……あなたなら大丈夫です。落ち着いてください」

「ああっ……」


 ――セナ――


 と呼ばれて、再びオレの目から涙が溢れだす。

 その涙をフレドリックくんの唇が吸いあげる。


 魔王であるオレのホントウの名を知る数少ないヒト。

 もう一度、会いたくて、会いたくてたまらなかったヒト。


 怒りで滾っていたオレの内部に、温かいものがじわりと拡がっていく。


「愛していますよ。セナ。あなた以上に、わたしは、ずっと、ずっと前から、あなただけを愛しています。その愛の深さと重さは、あなたのものよりもはるかにしのぎます」


 声も顔も違うが、昔と同じ響きの告白に、オレは思わずむせび泣く。


「シーナだよね? フレドリックくんはシーナだよね?」

「はい。そうです。わたしはシーナ・ジェイグドの魂と記憶を持ったまま、この世界に転生しました」

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