第44章−1 異世界の謝罪は長いです(1)
ムードとか、心の準備とか、そんなのんびりなことをしていたら、この生真面目な騎士はするりとオレの中から逃げてしまうだろうね。
フレドリックくんがなにか言いかけたが、その言葉ごと、オレの唇が奪いとってしまう。
しばらくするとオレの背中と腰に逞しい腕が添えられ、フレドリックくんの胸の中へぐいと抱き寄せられる。
この感覚……身体は覚えているよ。
でも忘れてしまったんだ。
壊れてしまったオレが、もうこれ以上壊れてしまわないように……と、聖なる女神ミスティアナがオレに施した慈愛の封印。
優しさに溢れた神罰。
だとしても、オレは思い出さないといけないよね。
でないと、オレは……。
また後悔してしまうから。
思い出すんだ。
フレドリックくんがこの部屋からでていく前に、思い出すんだ!
「…………」
互いの存在を確かめ合うようなキスを何度も繰り返した後、フレドリックくんはゆっくりとオレから離れていく。
「勇者様。これより先は……お許しください。ご自身はお気づきではないようですが、本当に、勇者様はお疲れです。おやすみくださ……勇者さ、ま?」
オレの両目から、涙がはらはらとこぼれ落ちる。
涙は次から次へと溢れ出て、止まることがない。
「勇者様、どこか痛むのですか?」
狼狽しているフレドリックくんの顔が、涙で霞む。そして、思い出すことができない彼の姿と重なる。
『夜の世界』でもキラキラと輝く眩しい金髪。深く、深く、吸い込まれそうな翠の瞳。笑顔がとても優しくて、オレを大事に、それは大事に愛してくれた……褐色の肌色のダークエルフ。
オレが壊してしまった『昼と夜の世界のはざま』に存在した某国の……最初からいなかったことにされた悲劇の王太子。
『彼』には、オレの全てを愛して欲しかったから、『彼』に愛されるためにオレは女性体になった。
彼に出会ったことで、オレは……わたしは……『愛』というものを知り、恋焦がれるということを知ったんだ。
愛して、愛されることを知った。
フレドリックくんは『彼』だ。
姿は全く違うが、フレドリックくんは間違いなく『彼』の魂を引き継ぎ、記憶も持っている。
飢える者をひとりでも減らそうと、コメを研究し、特産物を作って国を富まそうとショーユやミソをつくりあげた。
オレにオニギリをくれた『彼』だ。
「おやすみ……」
オレの口から言葉がこぼれる。
女神の封印が、カチリと音をたてて壊れる気配がした。
「おやすみ。わたしの愛しい……」
オレが紡ぎだす呪文のようなコトバに、『彼』は呼吸を止め、その目を大きく見開いた。
フレドリックくんの全身が小刻みに震えだし、イヤイヤをするかのように首を左右に振る。
「……シーナ。……シーナ大好きだよ。愛している。次に会うのは夢の中だ」
発せられたコトバと同時に、オレの中にあったモノが一気に爆発する。
――おやすみ。わたしの愛しい……シーナ。シーナ大好きだよ。愛している。次に会うのは夢の中だ――
ずっと、ずっと昔。
この言葉は、『彼』とのつかの間の時間を愉しんだ後、別れのときに何度もオレ、いや、女性体の『わたし』が『彼』に囁いていた言葉だ。
愛するシーナを想っていた日々。
シーナと会って言葉を交わし、愛を確かめあった時間。
悲しい別離。
彼がいない世界。
身が引き裂かれそうな怒りと絶望。
そして、狂気とも呼べる憎悪。
愛するヒトを奪われて壊れてしまったオレは、世界を憎み、滅ぼす存在へとなってしまった。
「あああ…………っ」
一気に蘇った記憶を処理しきれずに、オレの口から悲鳴が漏れる。
「シーナ! シーナ! オレは、ただ、シーナといたかっただけなんだ! ずっと、ずっと。それ以上はいらない! なにもいらないんだ!」
「勇者様! 落ち着いてください!」
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