第38章−5 異世界の兄弟喧嘩は手加減なしです(5)
フレドリックくんは頭を下げたまま、言葉を続ける。
「大神殿でお倒れになった勇者様を、王太子殿下は城に連れ帰ろうとなさったのですが、聖女様が『女神に喚ばれた者を移動させると、魂が戻る場所を見失ってしまう』と猛反対されまして……」
聖女様、わかっているじゃないか。
神様と面会するためには、魂を切り離さないといけない。魂がなくなった肉体の方は、なるべく移動させない方がよいのだ。
でないと、肉体に戻ろうとしたときに、魂が肉体を見失ってしまって、迷子になってしまうからね。
そのルールは、こちらの世界も同じようだね。
「聖女様は、勇者様の世話は自分に任せろと主張され、我々は城に戻るよう言われました。王太子殿下は、自身も大神殿に留まると、駄々……いえ、留まるとおっしゃったのです」
フレドリックくんの説明の後を、エリーさんがひきつぐ。
公衆の面前では、聖女様のことは弟とは呼べないんだな。
「王太子殿下には政務もありますし、大神殿に長居することも許されておりません。ただ、聖女様に勇者様を預けるのは危険すぎる……と主張されまして」
あ……なんとなく、その光景が目に浮かんできたわ。
ふたりでオレの取りあいをしてたんだな。
「勇者様の護衛騎士であるわたしが、勇者様と共に大神殿に残ることになりました」
オレが意識を失っていた間、フレドリックくんは隣室でずっと控えていてくれたのか。
「まあ、その日はそれで両者納得したのですが……。翌日から意識が戻らない勇者様の様子を見に行こうと、王太子殿下が脱走を繰り返すので……」
エリーさんが、やれやれと肩をすくめる。
ああ……その光景も、なんとなく見えるね。
近衛騎士たちとドリアの攻防が、目に浮かんだよ。
みんな大変だったんだなぁ……。
「王太子殿下は、聖女の毒牙から勇者様を護らなければならないから側にいる、フレドリックひとりでは心許ない、と主張されましたので……」
だから、最強騎士の騎士団長サンが大神殿にいたのか。
ワガママな聖女様もお父さんには頭が上がらないようだし、ドリアも逃亡先に、ガツンと雷を落とせる伯父さんがいるので、脱走をあきらめたそうだ。
そんな説明をされたら、ドリアとの面会を拒否するわけにもいかないな。
今、拒否したとしても、あのドリアだ。
自分の方から、オレのところに押しかけてくるだろう。
そんなとき「マオが会いにきてくれなかった――」とメソメソされるのも、ちょっとやっかいだ。
避けて通れない道なら、もう、さっさと片付けて、さっさと終わらせるに限る。
「ふぅっ。わかったよ。フレドリックくん、ドリアのところへ案内してくれ」
「ありがとうございます。では、お疲れのところ誠に申し訳ございませんが、このまま王太子殿下のところにご案内いたします」
立ち去ろうとするオレたちに、エリーさんは小さな声で、オレたちにだけ聞こえるように囁く。
「フレッド、がんばれよ! 相手が聖女様だろうが、王太子殿下だろうが、遠慮は無用だ。おまえは、肝心なところで譲ってしまう悪いクセがあるかなら。ガンガン、ガツガツいくくらいがちょうどいい」
フレドリックくんの歩みが一瞬だけ止まるが、それだけだった。無言で立ち去る。
「面白くないな。あんな堅物のどこがいいんだか……」
エリーさんの独り言が背後で聞こえたが、オレたちの歩くスピードにかわりはなかった。
(エリーさん、オレはフレドリックくんのそういうところを、好ましいと思っているんだよ……)
オレの答えは心の中だけで、声にしてだすことはなかった。
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