第30章−6 異世界の一番はたくさんあります(6)

 エリーさんとフレドリックくんが顔を見合わせ、ため息を吐きだす。

 ふたりは「どうしたものか」と、目と目で忙しく相談をはじめたよ。


 出発前のエリーさんの説教や、植物園の肉食花の原種事件があったから……。屋台の『おまけ』も、あれだけの数が積み重なれば、そこそこの時間になっているよね。


 そもそも、ドリアの計画自体が、無理のある時間配分だったんだろうな。

 ドリアのことだから、馬車での移動にかかる時間は考慮に入れてなかったのではないだろうか。


 困り顔のエリーさんとフレドリックくんをみかねて……いや、ふたりが視線だけで、言葉もなく相談しあっている様子をこれ以上見たくなくて、オレは口を開いた。


「エリーさん、フレドリックくん……。オレは大神殿が閉まる前までに到着したらそれでいい」


 オレの言葉に驚いたフレドリックくんは、なにかいいたそうに口を開く。

 が、その前に、ドリアがオレに飛びつき、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。


「うれしい! ありがとう! マオ! やっぱり、マオは優しいな!」


 ……いや、まあ、そんなに大喜びされても困るのだが……。


「ドリア、どこに行くのかわからないが、あと一箇所だけだぞ。それが終わったら、大神殿だ」

「わかっている。約束するよ。すぐに終わるから。すぐに用事を済ませるから。ちゃんと、大神殿にマオを連れていくからな!」

「ドリア……信じているからな」

「信じてくれて大丈夫だぞ!」


 いや、だから、ドリアの大丈夫ほど、大丈夫だったためしがないのだが……。


 エリーさんがやれやれ、と首をふる。

 オレが納得したからか、彼女はとくになにも言ってこない。「このバカップルが」という、エリーさんの声が聞こえたような気がしたが……。


「そうとなれば、善は急げです。ドリア様、急いで場所を移動しましょう。そろそろ馬車も到着する頃です」


 ドリアは「わかった」とうなずく。

 エリーさんは、広場に待機していた護衛たちに、手でなにか合図を送り始めた。

 ヒトが移動する気配が伝わってくる。


「よろしかったのですか?」


 フレドリックくんの低い声が、オレの耳元で囁かれる。


 オレの心臓が、びくりと跳ね上がった。


 内心の動揺を必死に隠しながら、オレは笑顔が満開なドリアの姿へと視線を移動させる。


「ここで、延々と、行きたい、ダメだを言い合っていても、時間の無駄だろう?」

「それもそうですが……」


 フレドリックくんは不満そうだ。


「マオ様は、もう少し、自分のことを優先されてもよいのでは?」

「…………? 十分、やっていると思うけどな」


 オレの返事に、フレドリックくんは寂しそうな笑みを口元ににじませる。


 だが、このときのオレは、愚かにもフレドリックくんの言葉の意味も、そして、その寂しそうな笑みも理解できず、深く考えようとはしなかったのだ。



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