第23章−6 異世界のお茶は苦いです(6)

 その様子は、暗黒時代と『昼の世界』の歴史書に記されたくらいである。


 その回は、オレが成熟するのを待たずに、異世界から勇者が五人も召喚され、早々にオレは討伐されてしまった。

 

 五人の勇者のうち、三人が瀕死の重傷を負い、二人は死亡直前で女神に救われ、勇者のサポートとして同行していた者たちは全滅……という、大惨事となった。


 女神ミスティアナは、魂のひとかけらに戻ったオレに向かって、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにさせながら、


「ごめんなさい」


 と、オレに何度も謝ってきた。


 最初、なぜ、女神がオレに謝罪するのかよくわからなかった。


 世界をめちゃくちゃにしてしまったのはオレなのに……。


 異世界から召喚された勇者を半殺し……じゃなくて、ほぼ殺しかけたのに……。


「魔王ちゃん、魔王ちゃんばっかりに、辛い想いをさせてごめんなさい。魔王をやるのが嫌なら、もう辞めてもいいのよ」


 優しい女神の言葉が、オレの魂に響く。


「辞めたら、世界はどうなる?」

「新しい魔王を探してくるから安心して」


 いやいや、それって……。


 結局、誰かが苦しむことになるってことだよね。


 誰かが無理やり魔王の役をやらなければならないということだよ。


 なんて……。


 なんて……。


 女神は残酷なんだろうね。


 誰かの犠牲のうえで、成り立つ世界。


 それは、女神の意思なのか、女神にもどうすることができない世界の決まりごとなのか。


 ただ、これだけは、魂のひとかけらとなってしまっても、はっきりとした意思として存在した。


 オレのような苦しみを、他のヤツには味あわせたくない。


 幸いにも、オレは何度も復活することができるスキルを持っている。

 この想いを戒めとして、今回犯した過ちの贖罪として、オレは魔王でありつづけることを選んだのだ……。


 ****


 フレドリックくんの瞳にかすかな潤みがみられる。


 だが、彼はなにも言わなかった。

 

 沈黙したまま、リニー少年が用意してくれた紅茶を飲み込む。


「オレは元の世界に戻らないといけないんだ……」


 オレの言葉に、フレドリックくんは悲しげに視線を伏せる。


「心配するな。王太子殿下には、そのうちふさわしい人物が現れるさ……」

「勇者様……」


 フレドリックくんがなにか呟いたが、オレの耳には届かなかった。


「特別なヒトは、オレにはいらない」


 自分自身に言い聞かせると、オレは紅茶を口にする。


 蜂蜜を入れ忘れた異世界のお茶は……とても苦かった。




***********

お読みいただきありがとうございます。

本日のお茶はとても苦かったようです。

三十六回も魔王をやっていたら、色々とありますね。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけると幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る