第23章−4 異世界のお茶は苦いです(4)

 過去、オレにも特別大事にしたいと思ったヒトがいた。


 そのときはオレではなく、わたし……女性体だったが。


 いや、愛した男のために、オレは女性体になったんだった……。

 オレの全てを愛して欲しかったから。


 ただ、あまりにも昔のことすぎて、記憶がすり減っている。


 大切なヒトなのに、今では顔も声も名前も思い出せなくなってきている。


 当時の出来事としては認識しているのだが、詳細は思い出せない。そのときの感情は硬く凍りついて、麻痺している。


 オレはなんて薄情なヤツなんだろう。


 褐色のつややかな肌が、オレを優しく包んでくれた記憶は残っている。

 たわいない会話を楽しみながら、キラキラと輝く眩しい金髪に触れるのが、オレは好きだった。


 深く、吸い込まれそうな翠の瞳に見つめられると、オレはこの上なく幸せな気持ちに浸ることができた。


 彼に出会ったことで、オレは『愛』というものを知った。


 恋焦がれるということを知った。


 愛して、愛されることを知った。


 オレは『夜の世界』の頂点に立つ魔王。


 彼は『昼と夜の世界のはざま』にある某国の王太子。


 彼とオレは種族も住む世界も違ったが、そんなものはささいなことだった。

 お互い、忙しい身だったが、わずかな時間を見つけては、逢瀬を繰り返し、互いの気持ちを確かめあっていた。


 彼がオレを訪ねてくるときは、決まって、自分の国で咲いていたという、花を一輪たずさえていた。


 花を知らないオレのために贈ってくれるのだが、残念なことに花はすぐに枯れてしまう。


「すぐに枯れてしまう花が哀れだ、もう、いらない」


 とオレは言う。


「わかった。次は違うものを土産に持ってこよう……」


 と彼は優しげな微笑みを浮かべながら、オレに口づける。


 だが、次に会うときも、彼は花を持ってくる。


「花がお前に会いたいと言っているから……」


 と言いながら、彼はオレに花を渡してくれる。


 たった一輪の素朴な野の花なのに、それはどんな豪華な花よりも美しく、オレの心を満たしてくれた。


 オレはとても幸せだった。


 だが、この幸せな時間はすぐに終わりがきた。

 

 今回もオレは勇者に討伐される。


 その時期がやってきたのだ。


 皮肉なことに、オレの心がかつてないほど満たされていたので、オレが成熟するのも早かった。


 世界に魔素が充満し、今回もまた消化しきれなくなる。


 残った魔素が異臭を放ち始め、あちこちでその兆候がみられはじめた。


 魔素が瘴気となり、じわじわとオレたちの世界を侵食しはじめる。


 魔獣が凶暴になり、人心が乱れ、数多の災害が人々を襲い始めたのだ。




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