第19章−6 異世界の示談は難しいです(6)

(今ならいける! いや、今しかない!)


 オレの様子の変化に、フレドリックくんとリニー少年が反応する。


 フレドリックくんのアイコンタクトに、近衛騎士、および、騎士団長がなにやら頷き合う。

 コッソリお互いに指でサインを送り合っている。役割分担を再確認し終えたのか、騎士たちは何食わぬ顔で直立不動を保ちながら、不測の事態に、いつでも動けるよう体勢を整えていた。


 ちょっと空気がピリピリしているが、まあ、臨戦態勢モードの壁は無視しておこう……。


「ドリアに来てもらったのは、コレを返したかったんだ」


 そう言うと、オレはアイテムボックスから黄金の鍵をとりだした。


 オレのアイテムボックスに入れた初めての異世界の品が、ピンクな禁書庫に入るための鍵とは……とても微妙な気持ちになってしまう。


「こ、これは……わたしの『愛の証』ではないか!」


 デレデレだった王太子の顔が一変する。


「いや、禁書庫の入庫証だろ?」

「違う! これは、わたしがマオに贈った『愛の証』だ」

「いや、あえて言うなら『誠意の証』……だ……ろ?」


 しばらくすると、王太子の深く、吸い込まれそうな翠の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ち始めた。


 室内が微妙な空気に包まれる。


 あ――あ、泣いちゃった……。


 という気まずい雰囲気が、そこかしこに漂っている。


(な、なぜ、鍵を返されただけで泣くんだ!)


 慌てて宰相の方を見るが、なんと、宰相は後ろを向いていて、目どころか顔も合わせようとしない。


 宰相の息子であるリニー少年は、部屋の隅で大きなため息をついている。

 フレドリックくんとその父親は、額に手をやり渋い顔をしていた。さすが、親子、仕草がそっくりだ。


 他の近衛騎士たちは……虚ろな目で「わたしは壁」を貫いている。


「禁書庫の本は全部読んだんだ。これはもう必要ないから、返すよ」


 宰相は後ろを向いているのでわからないが、騎士団長は「え? 全部、本当に読んじゃったの?」という表情を浮かべている。


「な、なぜだ! 返す必要はないだろ!」

「大事なものだから、返す」


 呪われそうだから……とは流石に言えないよね。


 オレはドリア王太子の手をとり、そこに黄金の鍵を握らせた。


「わ、わたしの……『愛の証』が……」


 さらに涙の量が増える。

 もう、とめどなく滝のように、だばだばと流れている。




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