第18章−4 異世界のお姫様抱っこはほわほわです(4)

 フレドリックくんの懸念は、わからなくもない。


 王太子のご機嫌取りに、近衛騎士たちがどれだけ苦労しているか……。


 近衛騎士たちは、ベテランひとり、体力自慢の若手四人という、五人体制で常にドリア王太子にはりついている。


 ドリア王太子がオレにくっついて離れなくなったときは、四人がかりでひっぺはがして、ずりずりとひきずりながら連れ戻す……という光景は今や日常と化している。


 そういう同僚たちの涙ぐましい苦労を見ているゆえの、懸念事項なのだろう。


「でもなあ……。『不可思議怪奇奇譚』の十三巻の内容を覚えているか?」


 オレの言葉に、フレドリックくんとリニー少年の顔が固まる。必死に十三巻の内容を思い出しているのだろう。


 巻数を言うだけで、その話を思い出せるのだから、こいつらもある意味すごいやつらだ。


「あ……そうですね。勇者様、殿下に遠慮する必要なんて、これっぽっちもありません! あんな趣味の悪い鍵、さっさと返却しちゃいましょう!」

「確かに。鍵の一個や二個で、萎える王太子殿下ではありませんね……」


 十三巻の内容を思い出したふたりは、手のひらを返したかのように、鍵の返却を勧めてきた。


 三人の意見がめでたくまとまった瞬間だった。


 読んでから一週間が過ぎようというのに、騎士の胆力査定にも使用されている『不可思議怪奇奇譚』は、いまだにオレを震撼させつづけている。


 その十三巻目には、一方的に恋慕の情を募らせた男が、死の間際に、想い人の男に自分の家の鍵を贈りつける……という話が記載されている。

 鍵を贈った直後、男は叶わなかった恋に血の涙を流し、嘆き悲しみ、悶えながら燃え盛る炎の中に身を投じて死んだ。


 それだけでも、なんだかなぁ……という内容なのだが、その後の展開が『不可思議怪奇奇譚』らしいものとなっているんだよ。


 男の強すぎる恋慕の情は、この世に留まり、怨念となって鍵に乗り移って、懸想した男にまとわりついていろいろ恐ろしいことがあって、男の周囲の人間を……という、かなりドンびくエログロな展開の長編だった。


 あれはかなりヤバい話だったよ……。


 思い出しただけで、胃の辺りが重くなるんだよ。

 今でも怖くて……オレはドアノブと鍵穴を直視できない。

 もちろん、トイレにもひとりで行けない状態だ。


「鍵は返却した方がよいに決まっているが……勇者様と王太子殿下をふたりっきりにするのは危険すぎる」

「同感です!」


(うん。オレもその意見に賛成だ!)


「……王太子殿下には、勇者様が、夜のお茶の席で、わたしを交えて三人で話をしたい、とおっしゃっている……と伝えるのはどうだろうか?」

「そうですね。あのヘタレ殿下には、鍵の返却は、直前まで黙っていた方がよいでしょうね。事前に伝えて錯乱しても、扱いに困ります」

「とりあえず、宰相閣下には前もって伝え、内密に時間を調整してもらおう。王太子殿下には、直前にお伝えすれば十分だ。というか、伝えずとも、近衛騎士が隙をみせたら、勝手にココにやって来る……」




***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る