第15章−2 異世界の本は強烈です(2)

「勇者様……もしかして……借りた『不可思議怪奇奇譚』三十冊、全部読まれたのですか?」

「……借りた以上は、読まないと……」


 オレの言葉に、フレドリックくんとリニー少年は少し驚いたような……いや、呆れたような顔になる。


「二十巻辺りで、騎士の半数以上が脱落するのですが……」


 は、半数……。

 愕然となる。

 納得の数字である。

 読んでしまうオレもオレなんだが……よく、こんな強烈な本を出版したものだ。


 異世界の出版業界って怖い。


「勇者様のご要望とはいえ、一度に三十巻まで借りるのはお止めした方がよかったですね。申し訳ございません」


 フレドリックくんの謝罪にオレは首を振る。

 謝罪して欲しくて、フレドリックくんを呼んでもらったわけじゃない。


「ホットミルクを用意いたしましょうか?」

「いや、トイレに行きたくなるからいらない……」

「…………」


 リニー少年の申し出を、オレは小さな声で断る。

 ひとりで夜のトイレもだめだし、暗い場所にも行きたくない。


「……読んでしまわれたのは、どうしようもありませんよね。忘れたくても、なかなか忘れられない内容ですし……」

「そうだな。宰相家の著作は、読み始めたら止まらない名著が多いからなぁ……」


 どうしたものか、と困惑しているふたりの気配が伝わってくる。


「勇者様、読む本もなくなったようですし、もう、寝台でお休みになられた方がよいと思います」

「リニーの言う通りです」

「……う……ん」


 そうなんだよ。

 もう、寝た方がいいに決まっているんだよ。

 オレだってそうしたいんだよ。

 だけど……。

 だけど……ね。


「失礼します」


 フレドリックくんの声と共に、オレはクッションを胸に抱え込んだまま、ひょいと抱き上げられていた。


「寝室までお運びいたしますね」


 必要以上のことは語らないフレドリックくんの優しい声に、オレは思わず涙目になりながら頷く。


 あまりの恐怖内容に、オレは腰が抜けて、立ち上がることができなかったのだ。


 花の次は本……。


 異世界って、本当に、凶悪すぎる。

 

 リニー少年に寝床を整えてもらって、オレは寝台に横になった。


 フカフカお布団に潜り込んでも、オレの震えは止まらなかった。カチカチと歯が鳴っている。


「気休めでしかないでしょうが……」


 といって、リニー少年が心が落ち着き、安眠を促す効力があるというお香を焚いてくれたが、言葉のとおり、気休めでしかなかった……。


 ちっとも心が安らかにならないよ。


「勇者様がお休みになるまで、このまま隣室にて控えさせていただきますね」


 一礼し、退出しようとするフレドリックくんの裾をオレは慌ててつかむ。


「勇者様?」



***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る