第15章−1 異世界の本は強烈です(1)

 一時間後……。


 借りていた『不可思議怪奇奇譚』の三十冊目を読み終えたオレは、卓上にあったベルを鳴らし、隣室で控えていたリニー少年を呼び出した。


「なにか御用でしょうか? 勇者さ……まぁ?」

 クッションを胸にしっかと抱きしめ、膝を抱えて椅子の上にちょこんと座り込んでいるオレを、リニー少年は怪訝そうな顔で見る。


「……どうされましたか?」

「い、いや、あ……の、そ……の……フレドリックくん……」

「フレドリックがどうかしましたか?」

「……は、もう、帰っちゃったりしたかな?」


 オレの質問に、リニー少年は顎に手をやりしばし考え込む。


「今の時刻ですと、まだ、近衛の詰め所にいるかとおもいますが……。呼び戻しましょうか?」


 クッションをギュッと握りしめ、オレは大きく頷いた。


「うん。うん。ぜひ。ぜひ、呼んでくれ!」

「…………」


 優秀な小姓であるリニー少年は、クッションを抱きしめながらガタガタ震えているオレと、テーブルの上に積み上げられている『不可思議怪奇奇譚』の三十冊を見比べる。


「勇者様、呼ぶのは王太子殿下ではなく……」

「フレドリックくんにしてくれ! ドリアが来たら、夜がもっと悲惨になるじゃないかあぁっ!」

「ああ。そうですね。三十巻目は、よばい……」

「ソレ以上言うな! 言わないでくれ!」


 オレは目に涙をためながら、半狂乱状態になって叫んでいた。


 ****


 オレは目を閉じ、クッションを力いっぱい抱きしめて、長椅子のすみっコの方でカタカタと震えていた。


 怖くて、怖くてたまらないよ。


 しかも、よく考えたらね……考えたくなかったんだけどね、リニー少年はフレドリックくんを呼びに席を外しているんだよ!


 この部屋には、今、オレひとりしかない……。


 こういうときは、羊の数を数えるとよかったっけ? と、カタカタ震えながら「羊が一匹、羊が二匹」と、カウントしてみる。

 羊が七匹になったところで、そういえば、羊毛ではなく、生皮を剥がれた七匹の羊が、羊飼いに復讐する……という、七巻目に書かれていた話を思い出し、オレは半泣きになった。


 どれくらいの時間、オレは震えていただろうか……。


 しばらくすると、ふわり、と温かな気配がオレを包み込んでいた。


「勇者様」


 低い男性の声に、オレはゆっくりと目を開けた。

 鮮やかな赤色の目と髪が、オレの視界にはいってくる。


「ふ、フレドリックくん……」


 ガチガチに緊張していた躰から、ふっと力が抜ける。

 安堵したせいか、涙がポロポロとこぼれ落ちてきて、オレはあわてて涙を拭った。

 幼子をあやすようにポンポンと、フレドリックくんに軽く背中を叩かれる。



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