第13章−6 異世界の誠意は謎です(6)

 王太子のぐいぐい引っ張る強引なエスコートと違い、フレドリックくんのそれは、とても自然で、気がついたら目的地に着いているから驚きだ。


「おそらく、今日も殿下に邪魔されることなく、夜をすごせるかと思います」


 フレドリックくんの言葉に、オレは軽く頷いてみせた。

 全くもってオレも同意見だ。反論の余地はない。

 きっと、王太子の頭の中は、禁書庫のことでぱつんぱつんになっているだろう。


 オレたちが椅子に座ると同時に、リニー少年が用意したティーカップが卓上に並べられた。

 カップからは湯気が立ち上り、とてもよい香りがする。


 初日があんなことになったので、オレはどんなに勧められても――庭師が同伴するから安全だと言われても――温室内には決して入らなかった。

 肉食花に喰われるのは嫌だし、蜜を頭から被るのも二度と体験したくないからね。


 とはいえ、肉食ではない、ただの花はじっくり見たいという矛盾はあった。


 儚くありながらも美しく、凛と咲いている花々にオレは魅了されてしまったといってもいい。

 オレがいた『夜の世界』では決して、見ることができなかったものだ。


 オレの微妙な葛藤を察知したリニー少年は、温室が見える室内窓の側にテーブルを移動してくれた。


 それと同時に、切り花を活けた花瓶や、鉢植えの花が室内に増えた。ざくっと見積もって、三十倍増だね。

 しかも、日を追うごとに、それはどんどん増えていく。


 オレが寝泊まりする客室は花だらけになった。いや、どんだけ、花が栽培されているのだろうか、って驚いたのなんの……。


 リニー少年が一日で新しい花に替えようとしたので、もっと眺めていたいとお願いしたから、どんどん溜まってしまっている……という状態なんだけどね。

 だって、賓客の部屋を一日だけ飾った花は、役目を終えてすぐに捨てられる……って、なんだか悲しすぎるじゃないか。


 花の管理をしている庭師たちの負担を増やしてしまったのではって、心配したけど、逆に、庭師たちは、花を愛でる賓客に感激して……こんな花だらけな部屋なってしまったというわけだ。


 温室が見える窓際の席で、ガラス越しに花を鑑賞しながらお茶をするのが、オレの一番のお気に入りだ。

 鑑賞するなら、安全圏からするのに限るね。


 ****


「……まあ、百聞は一見にしかずです」

「は?」


 甘い香りがする紅茶を半分ほど飲んだとき、フレドリックくんがぽそりと呟いた。 どういう意味なんだろう、とオレは首をコテっと傾ける。


「……本がお好きな勇者様の、本に対する想いは承知しております。勇者様がどのような本をお求めなのかも、あえて申しません」

「う……ん?」


 もしかして……オレの魂胆、フレドリックくんにはバレちゃってますか?


「……なので、禁書庫への立ち入りを止めるような野暮なことはいたしません。ご自身の目でしっかりとお確かめください」

「どういうこと?」


 フレドリックくんは包容力が駄々洩れの笑みを浮かべながら、再び紅茶を飲み始める。


 そういう笑みの不意打ちはいけないな。

 心臓がもたないぞ。

 オレはバクバクいっている心臓をなだめながら、紅茶を口にする。


 フレドリックくんは……そして、リニー少年も、禁書庫について、詳しいことは教えてくれそうにもなかった。

 自分の目で、しっかりと確かめろということなのか……。


 オレはバクバクが止まらない心臓にイライラしながら、リニー少年が淹れてくれた紅茶を一気に飲み干した。



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お読みいただきありがとうございます。

魔王様に恋の予感? 頑張れ! 王太子殿下! 護衛騎士は手強いぞ!

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