第11章−5 異世界の嫉妬は過激です(5)※

 床の上で悶絶しているオレにリニー少年が駆け寄ってきた。今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 いや、すでに涙が滲んでいる。


「やはり、い、医者を」

「大丈夫、大丈夫。怪我はないから」


 いつもはドリアがお姫様抱っこで浴室に運んでくれていたから気づかなかったのだが、こんな状態になっているとは、知らなかったよ。


「フレドリック様! フレドリック様! 大変です! 勇者様が!」

「いかがなされた!」


 開いたままになっていた寝室の扉から、近衛騎士の制服をまとったフレドリックくんが、飛び込むように入ってくる。


 夜番は別の者が担当している……と聞いていたのだが、さっきの『落雷騒ぎ』で、急遽、フレドリックくんがオレの護衛についたようだ。


 フレドリックくんは、まず、一糸まとわぬ姿で床の上にへたり込んでいるオレを見て硬直する。

 その後、寝台の様子を見て、表情を曇らせた。


「すぐに医者を」


 リニー少年と同じことを言われ、オレは同じように、医者ではなく、風呂に入りたいと伝える。


「わかりました。失礼いたします」


 フレドリックくんは、小さく頷くと、制服付属の腰までの外套を外し、オレの身体を外套で優しく包む。

 そのままオレを静かに抱きかかえると、フレドリックくんは浴室に向かって歩き始めた。


 リニー少年がフレドリックくんの横をすりぬけ、浴室の扉を開ける。


「勇者様、大丈……」


 と言いかけて、フレドリックくんは口を閉ざす。


 オレの目からポロポロと涙がこぼれだしていた。

 なんで、涙がでるのかわからない。


「お体をお流ししましょうか?」


 先に浴室の中に入っていたリニー少年が、穏やかな声で尋ねてくる。


「簡単でいい。早く湯に浸かりたい」

「わかりました」


 フレドリックくんがゆっくりと、丁寧にオレを椅子の上に座らせてくれた。


「…………」


 声にはださなかったが、表情までは誤魔化せず、オレが痛みと戦っているのがふたりにばれる。

 護衛騎士と小姓は軽く眉根を寄せる。


「痛むのですか? 後で、痛み止めを処方してもらいます」

「勇者様、申し訳ございませんが、ここにて控えさせていただきます」


 オレは小さく頷いて、ふたりの申し出を受け入れた。


 リニー少年に優しく身体を洗ってもらい、フレドリックくんの手助けを借りて、ようやく湯に浸かることができた。


 早く、元の世界に帰りたい……。


 よい香りのする湯の中に身を委ねながら、オレはぼんやりと考える。


 こんなのは嫌だ。

 こんな暮らしはオレらしくないよ。

 早く、元の世界に帰って、魔王として、オレの勇者に討伐してもらおう……。


 また、魂だけの存在になって、イチからやり直すんだ。

 それがいい。

 そうするべきなんだ。





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