第9章−5 異世界の書庫は凄いです(5)

「実は、この作者は……機密事項なのですが……」

「きみつじこう?」


(なんだか、大衆小説でえらく難しい単語がでてきたぞ)


 フレドリックくんがオレのそばにそっと近づき、身をかがめて耳打ちをする。


「この作者は、宰相閣下のお嬢様です」

「…………!」


 驚いた。


「……才女なんだな」


 とだけなんとか言う。

 まさか、大衆小説をつかって、思想コントロールとかしてないだろうな……と、オレは急に心配になる。


「勇者様? お顔の色がすぐれないようですが?」

「いや、気のせいだろう。光の加減でそう見えるだけさ」


 と、オレは乾いた笑みを口元に浮かべる。


「大衆小説まで収蔵されているのには驚いたが、王城の書庫にない本もいっぱいあるのか?」

「……一応、出版物は、王城の書庫に納める決まりになっています。ので、ここには全ての本が揃っていることにはなっています」

「あーなるほど。個人的に作成した本とか、闇本とかは収蔵されてないってわけか?」


 オレの言葉に、フレドリックくんはうなずく。


「まあ……そうなります。血族のみに書き残された本なども、王城の書庫にはありませんね」

「ここ以外にも本が収蔵されている場所はあるのか?」

「……? ええ……。王都には、王立図書館があります。大神殿にも、アカデミー内にも図書館はあります。大貴族の本邸は、かなり立派な書庫がありますよ」


 魔法関連の本は、アカデミーの方が多いのかもしれない。学生や教授たちの論文とかありそうだしな。


「フレドリックくんの本邸にも書庫があるのか?」

「ありますよ。軍事関連の蔵書は、王家よりも充実しております」

「ん?」

「軍略、戦略戦術の本です。著名、無名に関わらず兵法書はひととおりそろえています。学生であっても、優れた内容のものであれば、その論文の写しも保管しています。指揮官の指南書。攻城の手引き。効率的な兵の訓練の仕方や、筋肉のつけ方など、他家にはないものが多数ありますね」

「……そ、そうか。凄そうな書庫だな」


 流石、騎士団長を輩出するだけの家門である。聞いているだけで、本のラインナップが簡単に想像できる。


 若干、引き気味になりながらも、オレは相槌を打つ。


 それだけ職務に忠実な家門なのだろう。

 フレドリックくんはなんだか、お家自慢ができて嬉しそうだ。


 まあ、こんな調子で、オレはまったりと、和やかにフレドリックくんと昼食をとり、お茶の時間を楽しみ、読書に没頭する……という異世界ライフを送っていた。


 速読のスキルを持つオレは、あっという間に本を読み終わる。

 オレの読書スピードに、最初の頃はみな唖然としていたが、特に指摘されることもなく、オレは読書を続けた。


 もう一度読み直したい本や、時間をかけて読みたい本もあったが、今は情報を集めるのが優先なので、ハイペースモードだ。


 自分の欲している情報が載っていないと感じたら、先は読まずに、次の本へと手を伸ばす。


 そういう取捨選択もあったが、オレは書庫のほとんどの本に目を通すことに成功した。


 予想はしていたが、異世界召喚に関する情報はなかった。

 

 基本的な魔法に関する書物は沢山あったが、中級レベルまでのものだ。

 上級以上の魔法に関する書物が、簡単に人の目に触れられる場所にあるのは、逆に大問題だろう。


 オレは書庫の奥にある大きな扉をじっと見る。


 やはり、ここは、禁書庫に入る権限を手に入れなければならないようだ。




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